第七話 魔王の相棒と空中散歩へ!
魔王に連れて来られたのは
「わあ! 凄い、魔族領って本当に魔物を飼育しているのね。撫でても大丈夫?」
「少しなら構わんが……お前は生き物が好きなのだな」
グリフォンのモフモフな羽毛を堪能させて頂く。人族領の家畜といえば馬や牛などが一般的だが、魔族領では魔物の方が多い。
理由は単純、動物よりも魔物の方が圧倒的に数が多いからだ。魔族領に存在する豊富な魔力や魔石の影響だと言われている。
ちなみに騎士達が騎乗する魔物を、纏めて
「あ、もしかして魔王専用の騎獣も居るの?」
「居るぞ。姫のことをずっと気にしていてな。話をしてやってくれ」
「もちろんよ、存分にモフらせて……って、気にしてるの? 私を?」
魔王が一番奥にある小屋へと向かい、扉を開ける。一般的な厩舎に比べれば、魔王城の厩舎は全体的には大きい。だが、その小屋は他のどれよりも大きくて頑丈そうな作りをしている。
話をする、という言い回しが一瞬可愛いなって思った自分にビンタしたい。
「おはよう、ライカ。こら、また朝ごはんを食べたあとに二度寝か?」
「ふわぁ……おはよう、ジェラルド。だってぇ、起きててもヒマなんだもん」
「……え、えっと。ねえ、魔王……小屋の中に、誰か居るの?」
基本的に、この世界で人語を操れる種族は全部で三つだ。人族、魔族。そして残りの一つは、本来であれば魔王城であったとしても、こんな小屋の中に居る筈のない種族。
「むむ? 聞いたことのない女の人の声……ジェラルド、その人だれ?」
「誰って、ネモフィラ姫だぞ。お前、ずっと話がしたいって言ってたから連れてきた――ぶべらっ!?」
「え、本当!?」
大はしゃぎする子供の声が聞こえてきた次の瞬間、魔王がアクセル全開のダンプカーに衝突されたかのように吹っ飛ばされた。
何事!? 私の頭上をすっぽりと覆うような影に、思考が停止した。
「ネモフィラ姫! わあ、わああ! 久しぶりぃ、元気だったかい?」
「りゅ、竜!?」
逃げようにも、私を閉じ込めるようにぐるんと囲う長い尻尾が行く手を阻む。ダンプカーくらいの黒い巨体に、大きな翼。大きくてきらきらと輝く空色の双眸が、私をじっと見つめている。
竜だ。でも、おかしい。竜は王竜の眷属。彼らは自分の生息地から出てくることは滅多にない。
そもそも彼らは知能が高く、長命であることから、人族・魔族のどちらにも相容れず常に中立の立場を保っている筈なのに。
「いたた……お、落ち着けライカ。姫が怖がっているし、今の激突は俺じゃなかったら大怪我していたぞ」
「えへへー、ごめんごめん」
「ななな、なんで竜がこんなところに……って、きゃあ!」
「あ、危ない!」
反射的に後退ると、竜の尻尾に足を取られてしまった。でも、無様に尻餅をつくことは免れた。
竜が自分の尻尾を私の腰に回して、身体を支えてくれたのだ。やだ、紳士。
「ネモフィラ姫、大丈夫? ケガしてない?」
「え、ええ……身体は何ともないわ、心臓はバクバクだけど」
「姫、ライカは俺の友人であり専属の騎獣……いや、
「え、魔王って王竜から卵が貰えるの?」
王竜から何かを貰うだなんて話は聞いたことがない。ううん、と答えたのはライカだった。
「ジェラルドだけは特別。王竜に気に入られたからね。だから、ボクがここに居るのはジェラルドが死ぬまでなんだ」
「そ、そうなんだ」
「だから、ジェラルドが生きてる今の内にいーっぱい楽しんでおかないとね! ネモフィラ姫とお話したいのも、楽しみの一つなんだ」
大きな身体とは裏腹に、その性格は無邪気な子供のようだ。いや、卵から孵った時期から考えると子供であることに間違いないのか。
それにしても、王竜に気に入られるとは。思いっきり吹っ飛ばされた割にはケロッと戻ってきた魔王に目を向ける。服は多少汚れたようだが、無傷で済んだらしい。頑丈だなぁ。
「えーっと……ライカ、くん?」
「ライカでいいよ」
「そ、そう。それじゃあ、ライカ。私と話がしたいって、何か用事でもあるの?」
初対面なのに、竜が一体何の用があるというのか。警戒しながらたずねると、ライカがにっこりと笑った。
「うん! だって、ジェラルドが言ってたもん。あの物語の本を作ったのは、姫なんでしょう?」
「げっ!?」
「ボクも読んだんだ。すっごく面白かったよ!」
私がもう一度魔王を睨むと、ドヤ顔で胸を張ってきやがった。まさか竜にまで読ませるとはマジでこいつ!
「ねえ姫、あの物語には名前ってないの?」
「え、名前?」
「うん! 姫はこれから物語をたくさん書くんでしょう? それなら、それぞれの物語にも名前がないと、どれがどれかわからなくなるじゃん」
「言われてみれば、確かに……物語に名前をつけるという概念を失念していたな」
そういえば、渡された本の表紙には何か足りないなと思っていたけれど、名前がなかったのか。いや、そもそも売られるなんて思ってなかったわけだから、あの物語に名前をつけてなくても私に否はない。ていうか、無題のままで本にして売り飛ばす魔王も魔王だけど。
名前、つまりタイトルか……もう広まってしまった以上は開き直るしかないが、せめてタイトルくらいはつけたいな。
「ねえ、魔王。あの物語の表紙にあとで題名をつけることって可能なの?」
「ふむ……本を売った相手は貴族が大部分だったからな。買い手の名前や売った冊数は控えてあるが、修正するとなると一旦回収せねばならん」
ガシガシと髪を掻きながら、魔王が難しい顔をした。魔法が存在する世界とはいえ、流石に電子書籍のように一斉に直すってことは難しいらしい。
『名前のない物語』と言ってしまえば、それはそれで格好はつくけど。
「まあ、すぐには思いつかないから今はいいわ」
「ねーねー、次の物語はいつ読めるのー? 早く読みたいよぉ」
ライカが伏せをして、上目遣いで聞いてくる。
う、可愛い。最初はちょっと怖かったけど、無垢な性格とくるくる変わる表情は人の子供と同じだ。
どうしよう、この子のためだけに書きたくなっちゃう。作家という生き物は自分の作品を褒めてくれる人には一瞬で懐くのだ。
「ライカ、あまりワガママを言うんじゃない。物語を作るのは大変なんだぞ。まずはネタを探さねばならんのだ」
「……私、受け売りをこんなに堂々と言ってのける人を初めて見たわ」
「ネタ? ネタってなに?」
先ほど魔王に説教したことを、今度はライカに話す。子供だと思ったけれど、ふんふんと頷きながら話を聞く様子から理解力は高いようだ。
「なるほどー。じゃあ、姫はネタを探すためにジェラルドとお散歩してたんだね? いいなぁ、ボクもお散歩したいよー! うわーん!」
「うわ、落ち着けライカ。行儀が悪いぞ」
「ゲホゲホ! ちょっと魔王。今日はこの子と遊んだ方がいいんじゃないの?」
ライカが伏せたまま尻尾をバタバタさせたせいで、土埃が舞い上がって二人とも噎せてしまった。口元を押さえ、目を擦りながらライカに目を向ける。
人だろうが竜だろうが、子供という生き物はエネルギーで溢れているものだ。それなのに、よりにもよってこんないい天気の日に小屋に閉じ込めておくのはかわいそうだ。
「む……確かに三日間ほど構えてないな。だが、ライカと遊ぶとなると――」
「遊んでくれるの!? やったぁ! 姫も一緒に遊ぼう、さあ乗って!」
「へ? 乗るって」
翼をバタバタさせるのをぴたりと止めて、じっと期待するように私たちをみつめるライカ。
その行動の意味が理解できないでいると、魔王が諦めたと言わんばかりに肩を落とした。
「こうなったライカはもう梃子でも動かないんだ。仕方ない、行くぞ姫」
「は? 行くって何? どこへ行くって言うの、ちょっ、ちょっと! なんでライカに跨がるの! 私、スカートなんだけど!?」
「ならば裾をしっかり押さえていろ。大人しくしていれば、落ちたりしない」
「落ちるって何⁉」
「二人とも乗ったね? じゃあ行くよー!」
「まっ――」
待って、とすら言えなかった。私と魔王が背に乗るなり、ライカがすくっと立ち上がり左右の翼を大きく広げた。
そして、力強い羽ばたきで地面が大きく離れてしまう。
これ、もう戻れないやつでは!
「と、ととと飛んでる!? 私、飛んでるー!!」
「行っくよー! いざ、空中へお散歩だー! あはははー!」
スカートが広がらないように押さえている間に、地面がどんどん遠ざかっていく。あっという間に巨大な魔王城が一望出来て、すぐにジオラマのように小さくなってしまった。
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