第四話 悪夢は血の色をしていた
※
その夜、私は夢を見た。
「ミシェル、お誕生日おめでとう」
「おめでとう、ミシェル。これはわたし達からのプレゼントですよ」
「わあ! ありがとうございます、おとうさま、おかあさま!」
小さな女の子が、両親からプレゼントを受け取る。今日は彼女、ミシェルの誕生日だ。母親と同じピンクの髪を赤いリボンで結び、レースがふんだんに使われたドレスで着飾る彼女は、誰が見ても可愛らしいお姫様だ。
そして前魔王であるエドガルドと、妃であるリーセ。魔族の長であるゆえに威厳があるが、今の二人はどこにでも居るような両親だった。
我が子の成長を喜ぶ、父親と母親だ。
「開けてもいいですか?」
「ええ、いいわよ」
「えーっと……あ、かわいいウサギさん!」
プレゼントはウサギのぬいぐるみだった。ミシェルが片腕で抱えるのに丁度いい大きさだ。
よほど嬉しいのか、ぎゅうっとウサギを抱き締めるミシェル。そんな愛娘を微笑ましく見守る二人。
すると、今度は別の誰かがミシェルを呼んだ。十代半ばくらいだろうか、幼さが残るものの背が高く男らしい体格。容姿も父親似で、豪胆そうな青年だ。
「ミシェル、誕生日おめでとう。兄様からもプレゼントをやるぞ」
「えー」
「えー、とは何だ! えー、とは!」
「だって、アルフィオにいさまってばプレゼントのセンスがないんだもの」
ぷくっと頬を膨らませるミシェルに、アルフィオがうっ! と胸を押さえた。何か心当たりでもあるのだろう。
たとえセンスがなくとも、彼なりに考えて選んだのだろうに。子供は無慈悲で残酷である。
「こ、今度は大丈夫だ。とにかく受け取れ」
「……なんですか、これ」
「ペガサスの羽根で作られた髪飾りだぞ。この前新しい髪飾りが欲しいと言っていただろう?」
ふはは、と得意げにアルフィオが笑う。流石は王族。ペガサスは魔物の中でも上位種で、その羽根は美しく高価だ。
ただ、物凄く派手というか……なんかちょっと、サンバっぽいというか。
「……いりません」
「なぜだ!?」
子供は残酷である。
「髪飾りならジェラルドにいさまに頂きました。見てくださいませ! この赤いリボン、ジェラルドにいさまからのプレゼントなのです!」
「あら、そういえば初めて見るリボンね」
「どれどれ……ほほう、この糸はジェラルドの魔力で出来ておるのか。最近コソコソと何をしているのかと思えば、本当に器用な子よ」
「え、まさかこのリボンの刺繍もジェラルドが!? てっきり仕立て屋で注文したものかと」
順番にミシェルのリボンを眺める両親と兄。よく見ると、リボンには繊細な刺繍が施されている。光の当たり方によって、刺繍がまるで宝石のようにキラキラと煌めいた。
これくらいの女の子は、お化粧とかアクセサリーとか、大人のオシャレに興味を持つ年頃だ。このリボンならば子供らしいツインテールでも、大人っぽく編み込んでも映える。確かにセンスがいい。
よほど嬉しいのだろう、ミシェルはリボンを褒められて花のような笑顔を満開にさせている。
「……ところでミシェル、ジェラルドはどうしたの?」
「ジェラルドにいさまなら、朝一番にお部屋に来てくださって……あれ?」
ミシェルがくるっと後ろを振り向くも、不思議そうに首を傾げる。リボンは大絶賛されたというのに、それを作った本人が居ないのはなぜか。
やれやれ、と力無く肩を落としたのはエドガルドだ。
「どうせいつものアレだろう。どれ、迎えに行ってやるか」
「そうですわね。皆で行きましょう」
そう言って、四人揃って移動する。向かった先は、私でも知っている部屋だ。
先頭のエドガルドがドアをノックし、中へと入る。
「ふははっ、やはりここに居たかジェラルド」
「父上? 母上に、兄上、ミシェルまで。どうしたのですか?」
「わああ! そういえばわたくし、おもちゃやお人形をそのままにしていましたわ! ジェラルドにいさま、ごめんなさい!!」
自分の部屋まで来てようやく思い出したのか、ミシェルが顔を真っ青にして中に居たもう一人の兄へと飛びついた。
まだ十歳くらいであろうその兄は、使用人を呼ぶことなく、一人で妹の部屋を片付けていたらしい。
抱きついてきた妹を受け止めつつ、片付けの仕上げと言わんばかりに色鉛筆の箱を机の引き出しにしまった。
この手際の良さ、今日だけの気まぐれというわけではなさそうだ。
「まったく……ジェラルドよ、可愛い妹の誕生日なのだぞ。片付けなど使用人の誰かに任せればよいではないか」
「でも、皆忙しそうで……ぼくは手が空いていたので、ぼくが片付けるのが一番早いと思ったんです」
呆れるエドガルドに、ジェラルドがマイペースに答える。使用人の仕事を奪ってしまっているだとか、王族の威厳だとか色々と問題はあるが。本人に悪気がないので説得のしようがない。
うーん……夢だからかな。十歳のジェラルドは、魔王となった今とはまるで別人みたい。
マイペースなところは変わらないが、子供の頃はどちらかというと大人しい性格だったのだろうか。
「ひゃうぅ……! ジェラルドにいさまは本当にお優しいのです。決めました。ミシェルは大きくなったら、ジェラルドにいさまと結婚します!」
「お、落ち着けミシェル。それは流石に無理があるぞ」
「いいえ、ジェラルドにいさまはミシェルのお婿さんです! 幸せになりましょうね、にいさま! 大丈夫です、ミシェルは魔族で一番の美人になりますので!」
ぎゅーっ! とウサギのぬいぐるみを巻き込みつつ、ミシェルがジェラルドを抱き締めた。
幼いゆえの熱烈な告白に、ジェラルドが困り果てたように兄と両親を見上げる。最初に助け舟を出したのは、アルフィオだった。
「ふっ、残念だったなミシェル。ジェラルドは魔王となる俺の補佐官にするのだ。お前にはやらん」
「なんですって! それなら、ミシェルが魔王になってアルフィオにいさまを補佐官にして、ジェラルドにいさまと一緒にすり切れるまでこき使ってさしあげますわ!」
「落ち着いて、二人とも。母にはこの喧嘩の論点がどこにあるのかわからないわ」
「ミシェル、父とは結婚してくれぬのか?」
「えー、お父さまはおヒゲがジョリジョリで痛いのでいやです」
「誰かおらぬか! ワシは今すぐヒゲを剃るぞ!!」
王族らしからぬ騒がしさ。しかし、そこには確かに愛情が満ち溢れていた。
幸せな空間。見ているだけで心がポカポカしてくる光景に胸を押さえていると視界が暗転し、場面が変わった。
「父上! 今、少しお時間よろしいでしょうか?」
「どうした、ジェラルドよ。愛しいお前のためならば、仕事なんて放り出して何時間でも付き合うぞ」
「いえ、五分で済みますので、お仕事はしっかり終わらせてください」
「そ、そうか」
「はい。こちらをお渡ししたいだけなので」
親子二人だけの時間。ジェラルドは布に包んでいた何かをエドガルドに差し出した。
「これは……ブレスレットか?」
「はい。先日父上から『お守り』を頂きましたので、お返しにジェラルドも父上のためにお守りを作ったのです。その……まだまだ魔力の扱いには不慣れなので、お見苦しいものかもしれませんが」
ジェラルドは手首にはめられたブレスレットを、エドガルドに見せる。照れ臭いのか、はにかむ姿にエドガルドが轢き殺さん勢いで息子に駆け寄った。
「いや、いいや! 素晴らしいぞジェラルド! 魔石の質もさることながら、魔法回路の構築は見事だ。貴族御用達の職人でも、ここまでのものは作れまい。うおおお! 父は嬉しいぞ!」
「う、うわぁ!? 父上、ぼくを振り回さないでください! 落ちてしまいます!」
よほど嬉しいのか、ジェラルドを肩車したエドガルドがぐるぐると回る。父親と息子のコミュニケーションは微笑ましくも激しい。
しばらく眺めていると、不意にエドガルドが真剣な表情でジェラルドに語りかけた。
「ジェラルド、お前は聡い子だ。広い視野を持ち、感情や身分に惑わされずに他者を労ることが出来る。知恵や魔力も、王族の中でもずば抜けている。アルフィオどころか、この父でさえ超える逸材だ」
「父上?」
「お前ならば魔族や人族という枠組みに囚われず、この世界をまるごと変えられるかもしれぬ」
魔王の玉座を前で言葉を交わす二人。親子でありながらも、今のエドガルドは王としてジェラルドと向き合っていた。
「お前が玉座を望むなら、父はお前を跡継ぎにしようと思うのだが。それでも、魔王になることを望まないのか?」
「はい、父上。ぼくは魔王にはなりません」
父親の言葉に、ジェラルドははっきりと宣言した。その表情には十歳の子供とは思えない、強固な意志があった。
「お褒め頂き光栄です。しかし父上、今の魔族領は食糧難で争いが絶えず、皆が疲弊しています。他にも治水や、経済など。一刻も早く解決しなければならなければならない問題が山積みなのに、王族が後継者争いをしている場合ではありません」
子供とは思えない見解に、私だけではなくエドガルドも驚いた。王の後継者争いとは、時に肉親の間でも血が流れる程に壮絶なものなのだ。
それを、ジェラルドは一蹴した。
「ぼくの魔族を思う気持ちはアルフィオ兄様にも、父上にも、誰にも負けるつもりはありません。だからこそ、ぼくは自分に出来ることで魔族の皆を護りたいんです。それに、アルフィオ兄様には皆を惹きつけ、引っ張る力がある。王には必要不可欠な力であり、ぼくにはそれがありません」
「ふむ……ではジェラルド、お前は将来何がしたいんだ?」
「アルフィオ兄様の補佐官となり、魔族の皆を幸せにしたいです! そうだ父上、聞いてください。ぼく、魔族の皆に何が出来るかを色々と考えたのです――」
再び、場面が変わる。呆然とするしかなかったが、不意に鼻をかすめる鉄錆の臭いに思わず手で口元を覆った。
それでも、血生臭く生温い空気が否応なく肺を侵す。気持ち悪い。思わず咳き込んで、こみ上げてくる苦い唾をなんとか飲み込んだ。
一体何が……私が周りを見回した、次の瞬間だった。
「なんで、皆……」
いくつかの黒い塊に囲われるようにして、力無く座り込むジェラルド。小さな背中が、弱々しく震えている。
でも、無意識に伸ばした手が彼に触れることはなかった。
ジェラルドの周りに転がる四つの塊が、何であるかに気づいてしまったから。
「父上……母上……兄上……ミシェル……どうして、こんなことに……」
愛する者たちの名前を呼びながら、ゆっくりと顔を上げるジェラルド。そして何かを探すようにして振り向くと、彼が私を見た。
絶望に濡れる金の瞳。真っ直ぐに射抜かれ、息が吸えなくなる。
「お前か……」
違う。叫びたいのに、訴えたいのに、声が出ない。
怖い。逃げたいのに、逃げられない。私に出来たのは、いつもの癖でポケットの中のお守りを握り締めることだけ。
聞きたくない。それでも彼は、血の海からどす黒い杖を持ち上げて、血を吐くように叫んだ。
「お前が、ぼくの大切な人たちを殺したのか!!」
泡が弾けるように、悪夢から解放される――
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