第二話 勝手にさらってきておいて、生活費まで請求してくるとか。魔王ってばがめつすぎない?


「ええっと、気を取り直して……まず、魔族領には娯楽が少ない。特に、子供が楽しめるようなものがな。だから、お前の物語はいい商品になると俺は判断した」


 しばらくして、魔王が無理矢理話を戻した。私も多少は頭が冷えていたので、ひとまず静かに相手の話を聞くことにした。


「許可をとらなかったのは悪かった。そこまで頭が回らなかったのだ。だが、ここからはお前にとっても得な話だぞ」

「得?」

「うむ。お前が作った物語なのだ。ゆえに、売り上げの三割をお前に渡す」


 言いながら、魔王が手のひらにすっぽり収まる程の巾着袋を私に渡した。大きさの割に、ずっしりと妙に重い。

 思わず、その場で中身を確認してしまう。礼儀がなってないとかお互い様なので、誰からも咎められることはなかった。


「えっと、一万ユピー金貨が一、ニ、三……三十万ユピー。え、うそ! こんなに!?」

「うむ。千冊作って、一冊千ユピーで売った。完売したから、お前の取り分は三十万ユピーだ」


 ユピーというのは、この世界の通貨単位である。紙幣は無く、銅貨、銀貨、金貨で構成されている。

 一万ユピー金貨は、硬貨の中では一番価値が高い。それが二十枚。一国の姫にとっては、夜会のドレスを一着仕立てられるかどうか微妙な金額である。

 でも、私は涙を堪えるので必死だった。


 無許可で売り出されたとはいえ、私の物語を買ってくれた人が千人も居たのだ。


「さて姫よ、これでわかっただろう? お前の物語は金になる。現に、本を買った者達からの評判もいい。もっと読みたい、という声が絶たない」

「そっか、そうなんだ……え、そうなの?」

「そうなのだ。だから、お前に一室を貸し与える。俺の妹が使っていた部屋だ。牢屋とは比べ物にならないくらいに快適だぞ。そこで好きなだけ物語を書くがいい」


 だが、と魔王が強調する。


「今月は免除してやるが、来月からは部屋代と食事代諸々を含め、毎月五万ユピーを請求する」

「はあ!? お金とるの!?」

「王族の部屋を貸すのだ、これでも格安だぞ。支払わない場合は牢屋に逆戻りだからな。ああ、お前はキナコの手作りお菓子を気に入ったらしいな? あれも今後はその都度料金を請求するよう、キナコには言っておいたからな」

「ちょ、ちょっと待って! 整理させて!」


 つまり部屋は貸して貰えるが、来月からは自分の生活費は自分で稼いで支払わなければならないらしい。払えなかったら、再び牢屋行き。

 正直なところ、牢屋自体はもう慣れてしまったし特に不便もなかったのでいい。

 でも、キナコちゃんのスイーツが、チョコレートケーキが食べられないのは地獄でしょ!


「ひどい! 勝手に魔族領に拉致しておいて、お金までとるなんて鬼畜だわ!」

「何を言う、人質から身分を昇格させてやろうという俺の温情だぞ?」


 そこで魔王が口を噤み、周りを見回してからいくらか声量を抑えて話を続ける。


「……ここだけの話だがな姫、お前の立場は少々危うい」

「危ういって、どういう意味?」

「魔族の中には、人族をよく思っていない者も居る。リュシオンとシェレグに護衛をさせたところで、このままの状況でお前を護りきれる保証は出来ない」


 どくん、と心臓が震えた。冷ややかな恐怖が、私を揺さぶるようだ。

 キナコちゃんやハトリさん、今まで私に関わってくれた魔族の皆は優しかったから、考える必要がなかった。

 でも、改めて考えるとここは敵陣の中心。もしも人族の城に魔族が居たら、どういう状況になるか。

 そう……今すぐ殺されても、おかしくはないのだ。


 でも、どうしてだろう。不思議と、怖いとは思えない。


「魔王……あなたはなぜ、私をさらったの?」


 自分がどれだけ危険な立場に置かれているのかは理解出来る。でも、魔王がここに連れてきた理由がまだわからない。


「……言っただろう? お前は人質だ。人族と交渉するための材料だ」


 魔王の視線が宙を彷徨う。それはまるで言い訳を探すような、どうやって誤魔化そうかを考えている子供だ。

 間違いない。魔王は私に何か隠している。それが何かを問い正そうと口を開きかけるも、先に切り出したのは魔王だった。


「お前は牢屋でごろごろ食っちゃ寝していたから知らんかもしれんが、魔族領は基本的に資源が貧しい。特に食料に関しては危機的状況だ」


 彼の話によると、魔族領では食料を確保する術が少ない。海は波が荒々しく、山には強力な魔物が多く住み着いているからだ。

 ゆえに自給自足には限りがあり、領内でも食料を巡った争いが絶えないのだとか。


「だが、代わりに魔族領には魔石がたんまりある」

「そうなの!?」

「ここに居る全員どころか、キナコのような使用人達も普通に使っているぞ。なんなら、道端に落ちている石も魔石だぞ」


 魔王が指差すと、ハトリさん達がそれぞれ身につけている魔石を見せびらかしてきた。人族にとって魔石は、領内ではほとんど採掘不可能な代物である。だから、魔石はとても高価な代物なのだ。

 私は無意識に、スカートのポケットに入れたままのお守りを握り締める。慣れ親しんだ丸い感触に、ほんの少しだけ心が落ち着く。


「わかっただろう、姫よ。我々の領地には足りないものと余っているものがある。それらを上手く交換すれば、お互いが助かると思わないか」

「つまり、あんたは私たち人族と貿易がしたいわけね?」

「そうだ。そしてお前がこちらに居れば、人族も俺の話を聞くしかないだろう?」


 悪くない考えだ。いや、いつまでも争っているよりもずっといい。私はこの一ヶ月、魔王城で過ごしてよくわかった。

 確執はある。それでも、魔族と人族はわかりあえる。


「だが、先程も言ったようにお前のことをよく思っていない者が居ることも確かだ。そして、俺の理想に嫌悪する者もな。だから人族は愚かな敵ではなく、有能な交渉相手だという印象を強めることから始めるしかない」

「あんたの企みはわかったけど、だからって私からお金を巻き上げる理由は?」

「まず、お前はタダ飯食らいではなく、金を稼ぐ能力があるということを見せつける。そして、お前の贅沢には対価を払ってもらっているということで周りの反感を弱める。さらに、お前の物語は娯楽であると同時に、字の読み方を覚えられる教材になる。これが広がれば、魔族全体の教育水準の底上げになり、新たな資源の発掘や文明の発達に繋がるだろう。そして何より、俺はもっとお前の物語が読みたい!」

「さ、最後に恥ずかしいこと言わないでよ!」


 くそう、完全に遊ばれている。でも次々に挙げられる利点に、私は完全に論破された気分になってしまった。でまかせの言い訳だとは到底思えない。

 彼は魔王として、ずっと魔族のことを考えているのだ。皆がどうすれば、飢えに苦しまずに済まないように出来るかを。

 彼は若く、何かと勝手に突っ走るところはあるが、噂に聞いていたような横暴な王ではない。

 ……でも、私は素直に頷くことが出来なかった。自分の物語を世に送り出すことへの抵抗感、というものもあるけれど。


 それ以前に、私は人族の姫。魔王にいいように使われてもいいのかという迷いが、今はどうしても振り払えないのだ。


「まあ、しばらくは新しい部屋で存分にくつろぐといい。俺は色々と忙しいからな。リュシオン、シェレグ、あとは頼んだぞ」


 私の迷いを知ってか知らずか。そう言い残すと、魔王はハトリさんと一緒に謁見の間を出て行った。

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