二章
どうして小説家になりたいんだっけ?
第一話 ててーん! 残念美形エルフと真面目人狼が仲間になった!
魔王城でぐうたら生活……ではなく、監禁されてから一ヶ月近く経った。私は初めて、牢屋周辺以外の景色を拝むことが出来た。
暗くておどろおどろしい雰囲気をイメージしていたのだけれど。意外にも魔王城内は明るく、洗練された品性と清潔感がある。
人族領のお城……つまり私の実家であるストラーダ城は、人族領の裕福さと栄光の象徴も兼ねているので、結構装飾に拘ってきらびやかなお城なのだが。
魔王城はどちらかというと、戦いを想定した拠点という印象だ。
……で、こんないい感じのお城の主というのが。
「ふははは! よくぞここまでたどり着いたな勇者よ。だが、貴様らの旅もここまでだ」
「陛下、それは昨日練習していた勇者へのセリフです。あそこに居るのはネモフィラ姫です」
「……おっと、間違えた」
こほん、と咳払いを一つ。魔王が動く度に彼の頭でひょこひょこ動くものが見えるが、騙されてはいけない。
あれは、髪だ。本人は角だと言い張っているが、どう見ても髪の毛だ。もしくは猫耳だ。
……ていうか、勇者が来た時のためにセリフ練習してるの? アドリブじゃないのそういうのって。
「久しぶりだな姫よ。どうだ、この城には慣れたか?」
「私の小説を返せ」
「おっと、まだ諦めていなかったのか」
玉座にふんぞり返る魔王へ、出来るだけの恨みを込めて睨む。諦められるわけがない、あの物語は私が楽しむだけのものだもの。
今すぐ掴みかかりたいものの、相手は魔王。しかも彼の後ろにはハトリさんが控えている。何かしようものなら、すぐに取り押さえられてしまう。
そして私の両脇にも、見覚えのない男性が二人。鎧を着て剣を携えているところを見るに、騎士のようだ。
「プッ、ギャッハハハ! 魔王陛下の前でこの態度か。これはこれは、確かに豪気なお姫さまじゃねぇか」
私から見て右側に居るエルフ族の人が、耐えられんとばかりに吹き出した。
エルフは老若男女問わず美しい見た目をしているというのが定番だが、この人もかなり綺麗だ。一つに纏められた藍色の髪に、美貌を引き立てる灰色の瞳。この場に居る男性達の中では一番背が低いが、私よりは高い。
ただ、その品性のない笑い方と口調でだいぶ残念だ。残念美形だ。
「リュシオン……笑いすぎだぞ」
「おっと、これは失礼」
今度は左の人が、溜め息混じりにエルフ男を睨んだ。こちらは人狼族だろうか、大きな身体に真っ白でフッカフカな毛並み。エルフ男とは違って真面目な性格のようだ。
キナコちゃんに負けず劣らず、尻尾がモフモフ……モフりたい。猫ちゃん大好きだけど、わんこも好きよ私。
「失礼ついでに、自己紹介でもしたらどうです? リュシオンもシェレグも、お姫さまにお会いするのは初めてでしょう?」
「りょーかいです、ハトリさま。オレはリュシオン・ハーヴァー。ヨロシクな、お姫さま」
「……シェレグ・ラヴィーニと申します。リュシオンが無礼を働いたら、すぐに自分に言ってください。わからせますので」
「怖いぜ相棒!」
「は、はあ。よろしくお願いします」
エルフ男がリュシオン、人狼男がシェレグ。二人を見比べていると、魔王が口を開いた。
「その二人は口と素行に多少の難があるが、魔王城では指折りの実力を誇る騎士だ。今後はこいつらを護衛につけてやる。歓喜に噎び泣いてもよいぞ」
「護衛って?」
「うむ。お前には今日をもって、あの牢屋から出てもらう。いつまでも牢屋暮らしでは退屈だろう? だから、代わりの部屋を用意した。今、キナコに準備させている」
そう言えば、牢屋から出される前にハトリさんがキナコちゃんに何か指示していたような。だから一緒に来てくれなかったのか。
「それから、お前に渡すものがある。ハトリ、盆ごと渡せ」
「え、お盆ごとって……ちょっと陛下!」
ハトリさんが持ち上げたお盆をひったくる魔王。何をしてるんだろう、って眺めているとおもむろに魔王が玉座から立ち上がって私の前に駆け寄ってきたではないか。反射的に私の方が後退ってしまう。
「ちょ、なんであんたが直接来るのよ!? 魔王でしょ!?」
「うむ。だが、ややこしいことは面倒だからな。俺が直接渡す方が早いだろう」
「あーあ、このお坊っちゃんの悪癖はいつまで経っても治らねぇな」
「魔王としての自覚が薄い……」
呆れたと言わんばかりに肩を落とすリュシオンとシェレグ。後ろに居るハトリさんも頭を抱えている。ペストマスク越しでも、日頃から苦労しているのが伝わってきた。
通常……ていうか、私の父である人族の王様は、謁見の際に自分から動いたりしない。この場合はハトリさんが私に何かを渡すべきだ。三人の様子を見ても、こういう場での立ち振る舞いは人族と大差ないみたいなのに。
まあ、非力な私じゃ魔王がこれだけ近くに来ても何も出来ないけど。
「では姫、望み通りにこれを返すぞ」
「へ? い、いいの?」
最初に渡されたのは、魔王に奪われていた小説だ。左上に穴が空けられ、紐で纏められている以外は特に変わったところはない。
「うむ。もう俺には必要ない。ちゃんと魔石に書き写したから、いつでも量産は可能だしな」
「そ、そう。それならいいんだけど……待って、書き写したって何?」
「それから、これもやる。本来ならば金銭を貰うべきだが、まあ原作者だからな。プレゼントだ」
次に渡されたのは、一冊の本だ。一般的なハードカバーと同じくらいの大きさで、真っ白な表紙はタイトルも作者名も何もない。
……嫌な予感がする。
「これ、何?」
「流石にチラシのままでは見てくれが悪いし、売るには大量に作る必要があったからな。無論、誤字脱字等はちゃんと直してやったから安心しろ」
「売るって……何を?」
「それを」
魔王の目が、私の手元にある本を見やる。
「お前の物語を本にして売った。想像よりもかなり売れたぞ、褒めてつかわす!」
「褒めてつかわす、じゃなーい!!」
「うわっ、危ない!」
思わず殴りかかってしまった。でも、所詮は引きこもりのパンチ。ひらりと軽々避けられてしまう。
「殴らせろ! とりあえず一発殴らせろ!!」
「あ、危ないではないか! というかリュシオン、シェレグ! お前達はなぜそこで突っ立ったままなのだ!!」
「お言葉ですが陛下。我々は本日からネモフィラ姫の護衛であり、陛下の護衛ではありません」
「相棒に同じく、オレ達はお姫さまの味方です。そもそも陛下ともあろうお方は、人族のお姫さまに殴られた程度じゃアザすら出来ないでしょう?」
「ていうか、とりあえず一発殴られておいた方がいいのでは? 姫に何の断りもなく全部進めちゃったからお怒りなんですよ、少しは反省してください」
「あれっ、なぜ俺の味方が居ないのだ!」
俺が魔王なのに! 誰にも助けて貰えない魔王の叫びが、虚しく謁見の間に響いた。
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