三日目
スマホのアラームに叩き起こされたオレは、寝起きのボンヤリとした頭でツイッターを確認する。化学からメッセージが届いているのを確認して、小さく溜め息をついた。こいつ、今日もやる気なのか?
化学はドローン爆弾を使ったテロ行為に異様な執着を見せていた。ここ数日の爆破活動の他にも、無数の犯行履歴があるようだ。それは、メッセージと一緒に送られてきた動画から分かった。どうして、化学は自分の罪の記録をオレに送りつけてくるのだろう? スマホの中で繰り広げられる地獄絵図を眺めながらそんなことを考える。
そして、また、あの意識がさまよい出す感覚を覚えた。肉体という枷から解放されたオレの魂は、ここじゃないどこか――あり得たかもしれないifの世界へ漂う。
そこでは、化学の代わりにオレが少年テロリストになっていた。オレは、目には見えないが確かに存在する何か大きなモノに対して必死に闘争を企てるが、最期まで何者にもなれないまま、無様な犬死にを迎える。オレの私的な戦いは失敗に終わったのだ。
「おい、徹幸」
あらぬ場所に漂泊していた俺の魂を、化学の声が呼び戻した。
「あまり、ぼんやりするなよ? さっきから、ずっと、心ここにあらずだぞ」
こいつにしては珍しい、心配するような表情だった。
「ふーん、化学もそうゆう顔するんだな」
「今すぐその臭い口を閉じろ痴れ者が。死にたいのか」
「うわっ、ひでぇ!」
今、オレ達がいるのは、地元から離れた場所にあるデパートの喫茶ラウンジだ。
本日の目標はここから数軒先にあるデパート。今回は化学の仲間達がテロを実行する。組織からここでその様子を見届けるように指示がきたらしい。
このあたりは間隔を開けて数件のデパートが点在するエリアだ。人通りも多い。こんなところで爆破テロを行ったら甚大な被害が出るのは確定的に明らかだ。だけど、オレはそれを制止するわけでもなく、テロリストの仲間と二人でのんびりとコーヒーを飲んでいる。しかも学校をサボって。
平日の昼前だったが、喫茶ラウンジの席は半分以上埋まっていた。林檎製のノートパソコンを開いているヤツがいた。デパートやモールじゃなくて、今すぐこいつを消し炭にして欲しかった。てか、対面に座る反社野郎まで、これみよがしにアイヒョンをいじり始めた。絶対に許せねぇなぁ!
「どうした? 何か問題でもあるのか?」
化学がニヤニヤ笑いで聞いてくる。顔面をルービックキューブ状になるまで殴りたかったが、グッとこらえた。オレは家族を人質に捕られているのだ。軽率な行動は控えるべきだ。
オレ達の座っている席はラウンジの隅の方、ちょうど大きな観葉植物の鉢植えに隠れて他の客から死角になる場所にあった。おかげで、未成年が平日の午前中にコーヒーを飲んでいても、まわりから変な目で見られる心配は少なかった。
この前のスタバもそうだったけど、化学はこういったエアポケットみたいな場所を見つけるのがうまかった。そのことを指摘すると「そうか?」と不思議そうな表情を見せた。年相応に幼く見える表情だった。酷薄なヤツだが、表情豊かなところもあるんだな。オレはその発見を当然のように受け入れていた。不思議なもんだ。
化学は外見に際立った特徴がない。目を離した瞬間、認識から外れそうな没個性的な容姿だ。存在そのものがステルスみたいなヤツ。あれだけの破壊活動を行なって、未だに警察の手が届かないのは、化学が世界の枠組みから外れた透明人間だからなんだろうか。そんなことを考える。
「なぁ、お前ってさ、人からよく存在感がないとか言われない?」
「どうした、殺されたいのか?」
「口が悪いヤツだなぁ!」
「そうか。だったら、お前は頭が悪い」
「大きなお世話だっつーの!」
「それはこっちの台詞だな」
化学が涼しい顔で言い放ったその時だ。
大きな爆発音が鳴り響き、それとほぼ同時に地震のような揺れに襲われた。窓ガラスがビリビリと震える。
ラウンジが騒然とする。林檎のノートを広げていた男が驚いた拍子に飲み物をこぼす。ご自慢のデジタルガジェットがコーヒーまみれだ。ざまー。
「始まったな」
化学が言う。
「みたいだな」
オレは適当に相づちを打つ。デパートの爆破よりも腐れ林檎信者の泣面の方に興味を惹かれた。
窓の方に目をやると、一機のドローンが横切るところだった。
多分、化学の仲間が操縦するものだ。
二回、三回と爆発音が起こり、ラウンジにパニックが広がる。従業員が客を落ち着かせようとしたが、効果はなかった。
化学は満面の笑顔を浮かべながら混乱状態の人々を観察している。
「悪い表情だな。親が見たら泣くぞ」
「その心配はない。俺の両親はとっくに墓の下だ」
「……すまん」
「謝る必要はないさ。援助も受けているし、特に不自由はない」
「援助って?」
「組織が生活に必要なものを用意してくれるんだ。金とか住処とかな」
「そうなのか……。学校はどうしてるんだ? お前いつも学ラン着てるけど」
「学校は長期休学中だ。腐敗した資本主義との戦いに忙しくて勉強どころじゃない。制服はいいぞ。着るものを考えなくて済むからな」
そう言う化学の表情はどこか遠くを見ているようだった。
★★★
学校をサボったことが母さんにバレてしこたま説教された。ヒステリーの嵐はとりあえず畳の目を数えながらやりすごすことにした。隣で兄さんがいつもの
「何だよ」
思わず抗議の声を上げる。
「いや、別に」
兄さんはそう言うと次の缶のタブを引いた。プシュ、と炭酸の抜ける音がする。この人は本当にストロングゼロばかりばかりだな。空き缶がテーブルから溢れてリビング中に散乱してる。そのうちストロングゼロの海で溺れ死ぬのではないだろうか。もっとも、それは中身のない空っぽの缶の海なのだが。
母さんが無言で兄さんの脇を通りすぎる。まるで、自分の息子の姿が見えていないようだった。兄さんはいつから影になったのだろう。
ここ数日、父さんが姿を現さない。一体、どこをほっつき歩いているのか。
視界の隅に仏壇が見えたけど、アレが祖父ちゃんのモノなのか、祖母ちゃんモノなのか、それ以外の誰かのモノなのか記憶は曖昧だった。
三日前にモールの爆発に巻き込まれてから、オレの中からいろいろなモノが抜け落ちてしまったような気がする。
何を失ったのか思い出せないまま、失ったことだけを理解している。
オレは大人しく自室に引きさがり、ベッドの上でツイッターを眺める。
タイムラインをおかしな噂話が流れていく。どうやら、この世界はもう終わるらしい。爆破事件の頻発は某カルト教団の仕業で、これは
きっと、確かなモノなんて何もない。そんなモノは、どこにもない。考えるだけ無駄だ。
結局、オレはそのまま寝落ちした。
そして、当たり前のように悪い夢を見た。それは、化学と一緒にドローン爆弾で東京五輪の会場を吹き飛ばす夢だ。新しい国立競技場を競技者と観客ごと木っ端微塵にしたオレと化学は、国の要請で出動した対テロ特殊部隊から必死の逃亡を図るが、最後は袋小路に追いつめられ、そこで蜂の巣にされた。体中に穴を穿たれたオレと化学は無様なステップでダンスを踊った。それは死の舞踏だった。マジで最低の悪夢だった。
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