二日目(後編)

 星宮に連れて行かれたのは、ビルの建設現場だった。まわりに人の姿は見えない。工事は休みなんだろうか。


 現場を囲うフェンスに沿ってしばらく進むとゲートが見えた。星宮はその鍵を持っていた。マ、マジかよ。


 星宮は先にゲートをくぐるとオレを中に招き入れた。鍵をかけ直すと、八割方完成しているように見えるビルの中に消えた。


 オレは念のためまわりに人がいないことを確認してから、星宮の後に続いた。ビルは外観も内装もコンクリートの打ちっ放しで、灰色の壁に囲まれた建物の中には窓以外何もなかった。


 電気は通っているようだ。星宮がフロアの奥にあるエレベーターを操作していた。


「もたもたするな。早くこっちにこい」


 いちいちエラそうなやつだな。まぁ、オレには黙って従う以外の選択肢はないんですけど。


 エレベーターで最上階まで移動する。十階建てのビルだった。


 目的の階でエレベーターを降りる。そこも灰色の壁と窓があるだけの殺風景な場所だった。空っぽの大きな箱に迷い込んだ気分になった。


「こっちだ」


 星宮はそう言うとオレを手招きする。

 そこには非常階段の扉があった。ここから屋上に出られるようだ。


「ついてこい」


 星宮は扉を開けると、さっさと行ってしまった。

 オレは小さく嘆息するとその後に続く。


 階段をのぼると、ビルの平らな屋上に出た。

 そこから、標的のショッピングモールが見えた。

 外は黄昏時が近かった。西に傾いた太陽が金色の光を放っている。

 

「始めるぞ」


 星宮がそう宣言する。眼鏡が不気味に輝いた。


 星宮の説明によると、彼の所属する組織は、このビルのような人目につかないスポットをいくつも所持しているらしい。そこを拠点にテロ活動を行うんだと。ちなみに、ドローンは海外からパーツ単位で購入してDIYしているそうだ。身元の特定を防ぐために必要な措置だと言っていた。同じ理由で、ドローンに積む爆弾も自分達で作っているみたいだ。


 星宮の背負っていたスポーツバッグの中身は、彼が自作したドローンと近未来風デザインのゴーグルだった。


 折り畳み式のドローンを展開して、足下に並べていく。全部で五機あった。

 ドローンは四つのローターで飛ぶタイプみたいだ。サイズはラジコンヘリよりもだいぶ小さく見えた。


 電気屋のドローン売り場でよく見かける何の変哲もなデザイン。飛行している姿を見ても誰も気に留めないような。持ち主とよく似た無個性さだった。


 オレは作業に没頭する星宮を黙って見つめている。その姿は秘密の儀式を執り行う魔法使いのように見えた。


「おい、そんなにじろじろ見るな。落ち着かないだろ。お前はそのへんで見張りでもしてろ」

「へぇ、意外と繊細なんだな」

「なんだァ? てめェ……」


 星宮、キレた。意外と短気だなこいつ。


「それ、一人で全部操縦するのか」

「飛ばすのは一機ずつだ。目標にある程度接近したら自動操縦に切り替わる。そうしたら次を飛ばす」


 星宮は眼鏡をケースにしまうと、ゴーグルを装着した。これでドローンのカメラから送られた映像を受信するそうだ。いわゆる、一人称視点F・P・Vというヤツか。網膜投写型なので視力は関係ないらしい。


「いくぞ」


 星宮がアイヒョンをコントローラーにしてドローンを操縦する。最初の一機がゆっくりと上昇を開始する。


 これで、また沢山の人が死ぬ。こいつは本当にそのことを何とも思っていないのだろうか。ゴーグルで隠れた表情を確認することはできなかった。


「おい、化学」


 オレは気がつくと星宮を下の名前を呼び止めていた。

 そのことが、何故か、あたり前のように思えた。


「どうした、徹幸?」

「あー、いや、何でもない……」

「今、俺のことを名前で呼んだな」

「……それはお互い様だろ」

「オレたちはとっくに共犯関係だ。他人行儀はなしでいこう」

「だから何だよ共犯関係って……」


 勝手に巻き込んでおいて、共犯関係もへったくれもあったもんじゃない。


「知っているか? 世界で一番強い結びつきは共犯関係らしいぞ。この関係性の間には何物も割って入ることはできないんだと」

「そんな話、聞いたことねーよ」


 オレの言葉に星化学は「そうか……」と小さくつぶやいた。その声が少しだけ寂しそうに聞こえて、オレは罪悪感を覚えた。いや、どうしてオレがこんな気分にならないといけないんだ?


「それ」


 化学が鉄筋の上に置かれたノートパソコンを顎でさす。林檎製だった。うわ、キツ。言われるまで、脳が存在の認識を拒んでいた。


 そのモニターには、夕映えの空を往くドローンの姿が映し出されていた。


「ここからは自動飛行だ。次を飛ばす」


 星宮の操縦で、新しいドローンが上昇する。


「なぁ、オレがここにいる意味ってあるのか?」


 不意に虚しさがこみ上げてきた。


「ある。最悪、お前を囮にして逃げる」

「おい!?」

「冗談だ。オレはそんなヘマはしない」


 そう言って化学はケラケラと笑う。本当に嫌なヤツだ。


 そうこうしている間に、最初のドローンがモールに辿り着き、派手に爆発した。ドローンに積まれた爆弾の火力はかなりのものだった。この映像は二機目のドローンのカメラが寄越しているものだ。爆風に煽られたせいか、映像が少し乱れたけど、他に目立った障害は起きなかった。高性能のセンサー群にカメラ、優れた姿勢制御プログラムのおかげだと化学が説明した。


「次、いくぞ」


 ゴーグルを装着した化学も問題なくドローンを操っている。先に飛ばしたドローンが自動操縦になると、次のドローンのカメラに切り替わるらしい。


 モニターの中で二機目のドローンが爆発した。それを合図に四機目のドローンを飛ばす。三機目が爆発し、五機目を飛ばす。四機目が爆発し、それから少し後に最後のドローンが大輪の炎の華を咲かせた。五機のドローンは全て違う航行ルートで飛び、モールを複数の角度から攻撃した。


 五機目の着弾と同時に、ノートパソコンの映像が消えたが、しばらくすると新しい映像が映し出された。


「この映像は協力者が現場付近からスマホで撮影しているものだ」


 化学がオレの疑問を先回りするように解説する。


「こうやって、仲間同士で連携して互いの活動をアシストするんだ」


 ノートのモニターに現場で恐慌状態に陥った人々の姿が映し出される。モールから命からがら逃げ出してきた人もいる。


 音声は切ってあるが、人々の表情から、怒声や悲鳴、助けを求める声で現場が騒然としているのが伝わる。あそこにはどれぐらいの言葉があふれているのだろう。


 オレは無言でモニターを見つめながら、高い場所を吹き抜けていく生温い風を感じた。

 

 西の空に夕暮れの名残の赤が残っている。炎か命の色のような赤だ。


「ミッションコンプリートだ。撤収するぞ」


 化学はゴーグルとノートをおさめたスポーツバッグ背負うと、満足げな表情を浮かべながら、非常階段を下りていった。


 ★★★


「中学生がこんな時間まで遊び歩くもんじゃないぞ」


 帰宅したオレがリビングに入ると、兄さんがいつもの安酒を呷りながら言った。


「大きなお世話だよ。まだ八時前じゃん」

「むむむ、お兄ちゃんに向かって何だその反抗的な態度は! 徹幸君はいつから不良になったのかにゃー?」

「クソウザ! からみ酒やめろ!」


 兄さん、今やオレはテロリスト一員です。罪深い弟をどうかお許しください。家族を人質にとられて、仕方がなかったんです。


 リビングのテレビがモールで起きた惨事を伝えてくる。オレは、またしても、いたたまれない気分に襲われる。


「おいおい、またかよ。日本はいつからヨハネスブルグかメキシコになったんだ? 法治国家じゃなくて血と暴力の国じゃないか」


 兄さんは呆れ顔でそう言うと、新しい缶のタブを引いた。炭酸の抜ける軽い音が耳をくすぐる。


 リビングのテーブルにはおびただしい数の空き缶が散乱している。オレはそれを拾い集めて賽の河原の石ころのように積み上げる。天に届くほど高く積み上げようとするが、神様の怒りを買ったのか、途中で崩れ落ちて努力が水の泡になってしまう。兄さんはともかく、神様はオレの罪を許してくれないようだ。


 ★★★


 オレは夕飯を食べ終わると自室に下がり、そのままベッドにダイブしてスマホをいじる。もうツイッターをやる気力しか残っていなかった。


 例によって、今日の爆破がトレンド入りしている。事件に関する様々な憶測がタイムラインを流れていくが、興味を持てなかった。オレは心底疲れていた。


 星宮からのメッセージが届いた。また動画ファイルが添付してあった。ファイルは今日の破壊活動を記録したもので、これを編集してユーチューブなどにアップするらしい。どうせ直ぐに不適切動画として削除されるに決まっている。何しろ日本は法治国家だからな!


《身バレとかしねーの?》

《そんなヘマはしないさ》


 短いが無駄に自信ありげな文面だった。クソデカ溜め息が出てきた。


《そんなものアップして何か意味あるのかよ》

《意味がなくちゃダメか?》


何だそれは。もう勝手にやってくれ。オレは面倒になったので、さっさと寝ることにした。

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