四日目

 今日は土曜日で学校は休みだったが、化学に朝イチで近所の公園に呼び出された。


 そこで、スーツ姿の中年男性から小さな箱を受け取った。男性は化学の仲間だった。受け取った箱を別の公園にいる仲間に引き渡した。ベンチで鳩にエサやりをしているおばさんだった。おばさんに言われたので、樹の洞に向かって謎の暗号文を大きな声で叫んだ。とおりすがりの小学生に笑われた。恥ずかしかった。

 

 駅前でホームレスみたいな格好をした老人に紙袋を渡された。袋の中身は大量のボルトとナットだった。ドローンのパーツだろうか? それを老人に指定されたコインロッカーに預けた。ロッカーの前にベビーカーを引いた若い女性がやってきた。彼女からメッセージを授かった。某国のスパイが秘密裏に入国し暗躍しているが、それはエイリアンの送り込んだ無敵戦士パーフェクトソルジャーであり、某国の首脳部はすでに異星の侵略者に乗っ取られているから注意しろ、とのことだ。「これは巫女の神託だ」化学が真顔で言った。オレには妄言としか思えなかった。


 駅から少し離れたところにある工事現場で外国人労働者の青年からUSBメモリを手渡された。青年の目は澄んだブルーで、ガラス玉をはめ込んでいるように見えた。化学はUSBメモリをうやうやしく受け取るとハンカチで丁寧に包み学ランのポケットにしまった。


 昼飯を食べに入った牛丼屋で店員のお姉さんが生卵をサービスしてくれた。組織の活動を頑張っているご褒美だと言った。お姉さんは他の客に悪い電波から身を守るため、脳にインプラントを行うべきだとしきりにすすめていた。そのお客さんは注文した品に手をつけず、ずっと虚空を眺めていた。どこかで猫の鳴く声がした。オレも泣きたくなってきた。

 

 無数の人々が歯車になって、何か大きなことをなそうとしている様子だった。その具体的な内容は判然としないけれど、あまり愉快なことではない気がした。


 そして、オレもいつの間にか巨大な機械の部品になっているようで、恐ろしく落ち着かない気分になった。


 一体、あとどれぐらいこんな人達が存在して、この馬鹿げた行為に手を貸しているのだろうか。考えると眩暈がしてきた。


 オレは化学に連れまわされ、ふりまわされるだけだ。直接、破壊活動に加担しているわけではない。ドローンを飛ばすときの見張りはしたが、あれだって、あってもなくても変わらない仕事だ。正直、家族を人質に捕ってまでやらせることではない。


 オレには化学が何を考えているのか、全く理解できなかった。

 そもそも、アイツの言う組織なんて本当に実在するのか?

 全ては化学の妄想にすぎないのでは? オレはそんな疑問を抱いた。


 腐った林檎製のスマホをいじっていた化学が、ほんの一瞬だけ、険しい表情を見せた……ような気がした。


「どうした?」

「いや、何でもない」

「ならいいけど……」


 手持ち無沙汰になったオレはスマホを取り出しネットニュースを確認する。

 某国で細菌兵器が流出したことを伝える記事があった。オレ達とは別件の爆破テロに言及した記事があった。カルト教団による数百人規模の集団焼身自殺を報じる記事があり、発狂した青年がガスボンベのガスを吸いながらペンチとアイスピックで通りすがりの人を無差別に襲う事件を報じる記事があった。隣県の公園ではバラバラ死体が発見されたらしい。菫の花の王冠で飾られた男の首が公衆トイレの便座に置いてあったそうだ。


 世の中がどんどんおかしくなっている。


 家では兄さんが毎日ストロングゼロを痛飲するし、幽霊みたいな父さんの所在は不明のままだ。母さんはぼんやりと窓の外を眺めて過ごすことが多くなった。一日三時間ぐらいは黙って虚空を見つめている。時々、リビングの仏壇からチーンとお鈴の鳴る音がする。あれは誰が誰のために鳴らしているのだろう――。


 その日の夜。化学からのメッセージが届いた。


《ヤバイかもしれない》

《何の話だよ?》

《俺達は組織に切り捨てられたかもしれない》

《マ?》

《マ》

 

 突然の展開だった。オレはどう反応すればいいのか分からなかった。

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