弐話

 生徒会室は未知のもので埋め尽くされていた。


見たこともない分厚さの書類が類別に整理されている一方、


部屋の角には人の高さほどの段ボール箱が不自然に山積みになっている。


「それでは紹介しよう。詠葉先輩だ。」


伊月の差し出した手の先にいた女子高生に見覚えがあった。


伊月が詠葉先輩と呼ぶこの少女は会長選挙の際、


そのカリスマ性から他の候補生に圧倒的大差をつけて生徒会長に任命され、


ファンクラブまでも存在していると噂がある。


「初めまして亜乱くん。


 私のことは気軽に詠葉先輩とでも呼んでほしい。


 君のことは私がちょうど困っている時に、


 伊月くんから適任者がいると紹介されてね。」


おお、おれが有名人と会話している。


それにしても伊月はどうやってこんな美人と知り合えたのだろうか。


会長に勧められ、おれたちはパイプ椅子に腰掛けた。


「依頼とは大げさだね、そうだね、これは相談だよ。


 二人にはまず解いてほしい謎があるんだ。」


そういうと会長は子どもにおとぎ話でも聞かせるかのように


優しい声で語り始めた。


《とある街のとある屋敷に医者とその娘、住み込みの家政婦が暮らしていた。


ある嵐の夜、医者は出張で家を空け、娘と家政婦は留守を任された。


最近、何かと物騒なので、家の全てに鍵をかけ、用心していた。


しかし、次の日の朝、娘と家政婦は家の中で殺されているのが見つかった。


その夜、屋敷を訪れた者たちがインターホンの録画機能に映っていた。


一人目は、ずぶ濡れの元婚約者。


娘にふられ、復縁を迫ったようだ。


二人目は、ビニール傘を差した警察官。


近頃、この辺りで起こっている連続強盗の注意喚起をしに来たようだ。


三人目は、雨合羽を着た配達員。


大きな荷物を抱えてやってきた。


しかし家の中から見つかったその段ボールの中身はただの砂で


差出人もでたらめであった。


この録画を見た探偵はすぐに犯人を言い当てた。


家を訪ねた三人のうち犯人は誰だろうか。》


 会長の声から生まれる物語は、


まるで小説の中に入り込んでしまった気分にさせた。


「さて二人の意見を聞かせてもらおうかな」


おれと伊月は少し考えてみることにした。


「僕は犯人は配達員だと思うね。

 

 偽物の荷物で油断させて侵入して殺したんだよ。」


「ほう、亜乱くんは誰が犯人だと思う?」


伊月の言葉が何か引っかかった。


偽物の荷物。


部屋の隅に不自然に積み上げられた段ボールに目を向ける。


そうか。犯人がわかった気がする。


「犯人は、」


言いかけた瞬間、ガタッと部屋の隅から音が聞こえた。


部屋に入った時に感じた違和感の正体に気がついた。


誰かいる。この部屋にはもう一人。


「誰かそこにいるのか?」


すると積み上げられた段ボールの裏から一人の少女が出てきた。


「えーっと、ごめんね詠葉ちゃん。ばれちゃった。」


先客は照れ臭そうに笑った。


「構わないさ、彼女の説明は犯人を聞いてからにしようか。


 亜乱くん、続きを聞かせてくれる?」


おれは新たに現れた女子高生から一旦、目をそらし、話し始めた。


「犯人は二人目に訪ねてきた警察官だ」


「警察官が?」


伊月は眉を上げ不思議そうに顔を覗き込んでくる。


「いや正確には、警察官じゃない。


 この犯人は偽物なんだ。警察官のふりをして家に入ったんだ。」


「じゃあ配達員が来た時、荷物を受け取ったのは犯人か?」


「ああ、荷物を送ったのも犯人だろうな。


 その時まで娘たちが生きていたと思わせたかったんだ。」


「亜乱くん。確かにその推理には納得がいく。


 だが、どうして警察官が偽物だと思ったのかな?」


先輩が出した謎には一つだけ引っかかるところがあった。


「傘です。あなたは警察官はビニール傘を差していたと言いました。」


「傘?なんで亜乱はそれだけで偽物だってわかるのさ。


 警察官だって傘くらい差すんじゃないのか?」


伊月が好奇心を抑えきれず身を乗り出す。


「いや、警察官は服務規定から傘を差すことは許されていないんだ。


 だから警官は偽物だとわかったんだ。」


出題者である会長はしばらく黙り込んだ後、微笑んだ。


「お見事だね。私も亜乱くんの推理に同意見だ。


 伊月くんがきみを適任者と呼ぶだけのことはある。


 試すような真似をしてすまなかったね。」


美人にこうも褒められると調子が狂う。


「それでその人が本当の依頼人ですか?」


「ええ!依頼人は詠葉先輩じゃなかったんですか?」


伊月が即座に会話に割り込んでくる。


「どう考えてもさっきの犯人当てクイズが依頼とは思えないし、


 会長さんの指示でその人は隠れていたみたいだからな。


 それにお前、このこと知って黙ってただろ。」


「あれ、バレてたか。名演技だったと思うけどなぁ。」


伊月はこの部屋に依頼人がいること。


そして一言も会長が依頼人だとは言わなかった。


嘘はついていないのだ。


「その通りだよ亜乱くん。さてここからは彼女に話してもらおうか。」


もう一人の少女は静かに腰掛けた。 






    



 

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