繊細探偵

澄糸 亜乱

カルネアデスの板子一枚下は地獄

壱話

 一度だけ土下座をしたことがある。


怒鳴り散らす父親に向かい額を地面につけた記憶が


高校生になった今も鮮明に残る。


そんな幼少期を過ごしたからか、生まれつきなのか、おれはHSPになった。


尤もこの言葉を知ったのは最近のことで、


花火や雷、太鼓や満員電車を嫌うおれに親友の伊月が教えてくれた。


繊細であるが故に、人が気がつかないことに気がついてしまう。


気がつかなくてもいいことにさえ。


昔から人の嘘が見抜けた。


人の行動や考えていることを常に考えてしまう。


この気持ちがわからない人は皆こう言う。


「考えすぎだろ。」


こんな性格を恨み、楽に生きる者に憧れた。


「亜乱は僕が気がつかない事にも気づいてくれるんだろう?


 まるでホームズやデュラン、明智小五郎じゃないか。


 その才能が羨ましいよ。」


伊月はこの呪いを才能と呼んだ。


「探偵なんて小説の世界の生き物じゃないか、


 こんな才能、生きづらいだけだ。


 それになんでも分かるわけじゃない。


 間違い探しや謎解きが得意ってくらいだよ。」


「じゃあやろう!探偵を。二人で。


 ただダラダラと過ごす退屈な高校生活を終わりにしよう。」


伊月の純粋無垢な笑顔が、


退屈を貪るだけの生活を色づけて見せた。


 この学校、霞ヶ丘高校は、文武両道を謳う自称進学校で


生徒数は1,000人弱、1学年10クラスで、


校舎は管理棟、文系棟、理系棟からなる。


この日も放課後の夕陽が沈む教室で伊月と駄弁っていた。


「探偵なんて言っても事件なんかそうそう起こらないだろう?


 猫探しでもするのか?」


「謎は待ってても来ないさ。探しにいこうぜ。名探偵くん。」


特に予定も、断る理由もなかったおれは伊月に連れられ、


校舎を巡ってみることにした。


「それでどこまで行くんだ?謎なんてどこにも落ちてないぞ。」


「亜乱もまだまだだね、謎は日常の中にある。例えばあそことかね。」


そういうと伊月は指を差した。


指の先には生徒会室があった。


「なんでまた生徒会室なんだ?」


「実はね、この部屋に依頼人第一号がいるんだよ。」


この男、おれに探偵を勧めるより先に依頼人なる者を見つけていたのだ。


なんと狡猾なのだろう。


さっき感じた純粋無垢な伊月を返してくれないだろうか。


「ほら、亜乱何やってるの?早く中に入るよ。」


おれは入学以来、一度も踏み入ったことのない部屋に半ば強引に


入ることとなった。


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