翌日
@jun_3939
第1話
とある高校生は大きなため息をついた。
「‥‥‥‥はー‥‥」
「大丈夫?」
「大丈夫だけど、大丈夫じゃない。痛み止めが全く意味ないの!信用してたのに!」
何事もないかのように制服を着ているが、彼は昨日に深い傷を負った。恋人に振られたとかテストの点が悪かったなんてことではない。物理的にヴィランにやられたのである。
コレは彼にとって初めてのことであった。事故に巻き込まれて超人的な身体能力を得たものの、まだ若いということでそもそもボランティアから警察の間ぐらいの活動しかしたことがなかった。
今回はカッコイイところを見せたいと本人たっての希望で現場に立つことになった。しかし、ヴィランとの戦いは彼の想像とは遥かに乖離していた。
痛い、苦しい、怖い。ひたすらにその三つが頭の中をかけめぐる。目の前の者が自身を本気で殺そうとしてきている。だから本気で抵抗する。そんなもの血なまぐさいに決まっているのに、今まではどうしてカッコイイと憧れしか抱かなかったのだろうか。再び大きなため息をつくと教室にチャイムが響いた。
それから痛みになんとか耐えながら半日を終えることができた。念願の昼食タイムである。好きな体勢でいられることにこんな喜び ──尻もちを幾度となくついたため、座っているのがツライのだ── を感じる日が来るなんて。
立ちながらお昼のサンドウィッチを片手に携帯をいじっていると、突然バイブレーションが起こって画面が切り替わった。
「うわっ」
「なんだその反応は」
「待って、人のいないところ行くから」
画面に写ったのは、いわゆる、ヒーローの事務所のようなところで働いている僕の担当の人。一番偉い人らしくて新人研修をしてやってるって言ってた気がする。年齢は四十代後半ぐらい。ヒゲをはやしていてダンディで、なんていうかカッコイイオジサンを浮かべてくれたらほとんどそれだと思う。
行儀が悪いだのなんだのの文句は聞き流しながら最後の一切れを口の中に押し込んで人気のない場所へ移動した。
「それでなんの用ですか?」
学校にいるときに電話をかけてくるということは緊急の連絡であろう。アイツが逃げたのか、それとも新しい事件が発生したのか。傷を増やす覚悟を決めながら僕は尋ねた。
「その、‥‥大丈夫か? 怪我とか、メンタルとか」
「へ?」
「俺も心配ぐらいする」
照れながらそう伝えてくれる彼の姿を見ているうちに、自分の中のリミッターが外れてしまったようでぽろり、ぽろりぽろりと本音がこぼれてゆく。
「‥‥‥‥大丈夫じゃ、ないかも‥‥」
「そうか」
「だってさ、ヒーローってみんな強くてカッコよくて、自分がどれだけ傷ついても他人を助けたいって感じじゃん! なのに、僕は、痛くて泣きそうだし、あのときのことを思い出すとすごく怖い」
幻滅されるかもと僕がそう思ったときには彼は「それでいい」と肯定してくれた。続けて彼が口を開く。
「バカなヒーローは自分を犠牲にしてでも誰かを救おうとする」
「バカって‥‥」
「目の前にいる者しか見えていないんだ。犠牲にならなかったら救えた命や、周りの人間が傷つくことを考えない。もっとも、目の前の人間を救いたいからヒーローになっているのだろうがな」
誰か大切な人を失ったのかと最初は思ったが、僕の第六感はなにか違うと感じた。
‥‥‥‥そうか。僕が傷つくと、このひとも傷つくのか。きっとそれも僕以上に。そういえば昨日もひとりだけすごく反対してたっけ。不器用な愛をひしひしと感じて、どうしようもなく抱きしめたくなる。
「今どこにいるの」
「職場だ。昨日の後片付けしてる」
「じゃあ今から五分は僕のことだけ考えてて」
「忙しい」
「あとでお手伝いするから」
有無も聞かずに僕は走り出した。建物の上を渡り歩いてできる限りはやく。
僕が彼のそばに着いたときには、忙しいなんて言いながらも目を閉じてなにもせず腕を組んでいた。まるで僕のことを待っていたかのように。おそらく五分にセットしたであろう目の前のタイマーの時間だけが静かに減っていく。
僕はタイマーを止めて、後ろから抱きしめた。それから頬に親愛のキスをした。
「律儀にありがと」
「今後のために好感度を上げておこうかと思っただけだ」
「それでも嬉しいよ」
「昼休みが終わるまでには帰りなさい」
「わかってます」
僕の大好きなストロベリー味のアイスを貰って、それを食べながら、癒やしの時間を過ごした。僕が来る前に取り出していたのか、ちょっとだけ溶けていた。そこがまた舌触りも良くとても美味しい。
「ねえ。僕がこの能力を得てから良かったなって思うことランキングの1位はなんでしょうか!」
「私と出会えたこと」
「自分で言っちゃうの?」
「事実を述べているだけだ」
ちょっとムカつくけど大正解。
この能力を得たときにはもちろん力の制御なんてできなかったし、それがすごく怖かった。少し力を入れただけで物も壊れてしまうから人に触れたら殺してしまうんじゃないかと。だからこの力は最初の最初はあまり好きではなかった。
けれど、この人が力の使い方をゼロから教えてくれた。だから僕はここにいる。それでたくさんの人を手伝って、たくさんの人に感謝された。今日だって僕を救ってくれたのも、この力を愛せるようになったのもこの人のおかげだ。
とあるヒーローは、大きく口を開けてアイスの最後のひとくちを口に運んだ。
翌日 @jun_3939
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