戦場の子
あゆみ
戦場の子
僕らは戦うために生まれた。物心がついた時には武器を持って戦場に出るための練習をし、敵を倒すための術を身に付けなければならない。
「ナンバー45!」
僕の番号が呼ばれる。横一列に整列している中から一歩前に出る。僕は銃を構える。目の前には人の形をした的。狙うのは頭、胸、足。発砲音が3発。上手く狙えた。
「次!ナンバー46!」
教官が次の番号を呼ぶのと同時に、僕は元の位置に戻る。また、発砲音。この音が最初はとても怖かったけれど、今では聞き慣れて心地よさすら感じる。
何のために戦うかなんか知らない。
「お前らは目の前の敵を倒すことだけを考えていればいい!他のことは一切考えるな!」
これは教官が常に言っていることだ。だから僕は考えない。なぜ僕らが戦わなければならないのかを。
「ナンバー45!」
食事の時間、遠くで教官が僕の番号を呼んだ。僕は顔を上げて声のした方を見る。
「食事が終わったら私の部屋へ来い」
教官は僕と目が合うとそう言ってまた去って行った。
ドアのノックは3回。
「入れ」
中から教官の声。僕はドアノブに手をかける。少し、怖い。けれどここで時間をかけてしまったら教官に怒鳴られるだろう。一気にドアノブを回し扉を開ける。
「ナンバー45、参りました」
「そこに座れ」
教官は二人掛けのソファーを指してそう言った。僕は後ろ手に扉を閉めて、教官の指したソファーに腰掛ける。目の前には木製のテーブル。その上に灰皿と葉巻が置いてある。教官はテーブルを挟んだ向こう側にある、僕が座ったソファーよりも高級そうな一人掛けのソファーまでゆっくりと移動して、腰を下ろした。
「明日、お前には戦場に出てもらう」
教官の顔はいつもよりも穏やかに見えた。僕はまっすぐにその目を見つめる。
「他の者より戦場に出る時期が早いが、お前の成績は良い」
教官はそこまで言うと葉巻をくわえ、火を付けた。葉巻の先っぽが赤く灯る。
「明日は練習場ではなく、ゲートの前に来なさい」
教官は煙をゆっくり吐き出すと、そう言った。
「はい」
僕の返事は視線と同様、まっすぐに教官に向けられた。怖がっていると思われたくなかった。
朝が来た。外は曇っているようで、鉄格子がはめられた小さな窓から差し込む光がいつもより少ない。僕はいつものように着替えをし、支給されている武器を持ってゲートに向かう。とても大きな扉。通称ゲート。この扉以外は全部高い塀に覆われていて、外に出ることはできない。
ゲートの目の前には少し小さめのトラックが止まっていた。そのトラックの隣に教官が立っている。
「乗れ」
僕が目の前まで行くと、トラックの荷台部分の扉を開けて教官は言った。僕はステップを登って荷台の中に入る。左右に取り付けられた椅子。窓はあるが、格子がはめられている。僕は右側の椅子に座った。硬くてお尻が痛い。
どこを走っているのか、どのくらい時間が経ったのか、僕には分からない。
「降りろ」
車が止まって荷台の扉が開かれると、教官は言った。火薬の匂いがする。それと、今まで嗅いだことのない匂い。
「ここから先はこの男と一緒に行動してもらう」
教官の隣に立つ若い男。僕よりは年上に見えるけれど、それでもまだ幼さが残る顔。
「ナンバー36、頼んだぞ」
教官はその男にそう言うと、再びトラックに乗ってその場を去った。
「行くぞ」
トラックが見えなくなるのを確認してから、ナンバー36は僕に背を向けて言った。僕は返事をせずに彼の後ろを歩きだす。
戦場は想像していたものよりも静かだった。時折遠くで銃声や爆発音が聞こえる。
「伏せろ」
前を歩いていたナンバー36が歩みと止めて木の陰に腰をかがめる。僕もそれにならって少し離れたところで腰をかがめた。ナンバー36の視線の先を良く見ると人がいた。他に人がいる気配はない。
「たぶん仲間とはぐれたんだろう」
ナンバー36に目を向けると、笑みをたたえていた。僕はそれを見てぞっとした。ナンバー36の笑みを怖いと思った。
「あいつを殺れ」
ナンバー36はその顔のまま僕に命令した。僕は一度頷いてから、銃を敵に向けた。向こうはこちらに気付いていない。狙うのは頭、胸、足。1回目の発砲で敵がぐらっと揺れた。狙いを外さないように2回目の発砲。敵が倒れる前に3回目。練習場とはやはり違う。
「全部当ったじゃねーか」
敵が倒れたのを見て、ナンバー36は満足そうに言った。僕の手は震えていた。
「怖いのか?」
僕の震える手を見て、ナンバー36は聞いた。僕は首を横に振った。
「初めての時はそんなもんだ」
僕が首を横に振っているのに、ナンバー36はそれを無視して言った。
敵が倒れてしばらくしてから、僕らは動き出した。敵がちゃんと死んでいるのか確認をするのだと、ナンバー36は言った。
そこには血まみれの人間が倒れていた。僕はそれを見た時、ここに着いてトラックを降りた時に感じた、今まで嗅いだことのない匂いがなんだったのかが分かった。人が死ぬ匂いだ。
「息がないか確認しろ」
ナンバー36は僕に顎で指図した。僕はそれに従い、倒れている敵に近付く。顔を覗き込むと、額の右あたりが損傷していた。それでも年齢くらいはなんとなく分かる。たぶん僕と同じくらいか、それよりも下だ。身長もそんなに高くない。右手にはナイフが握られている。銃は持っていなかったのか、周辺を見ても見当たらない。ふと、何も持っていない左手に目をやると、指が少しだけ動いているのに気が付いた。唇に耳を近づけてみると、息がまだあった。僕は持っているナイフを取り出して、倒れている敵の胸元にそれをまっすぐに突き立てた。ナイフが肉を貫く感触が手に伝わる。そこで初めて、僕は人を殺した実感を得る。戦うというのは、そういうことなのだ。敵を倒すというのは、人を殺すということなのだ。
「もういい、やめろ」
ナンバー36の声で、僕は我に返った。どうやら何度もナイフを突き刺していたらしい。目の前にはさっきよりもひどく損傷した人間の姿があった。
「行くぞ」
ナンバー36はそう言って僕の腕を引いた。僕は目の前にある血まみれの人間から目が離せなかった。
――― なぜ僕は戦わなければならないのだろう ―――
今まで決して考えないようにしてきたことが、頭に浮かんだ。
戦場の子 あゆみ @ayumito0914
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