第11話


 初日で目的を果たしてしまったので、翌日からは思う存分遊ぶことになった

 当初の予定通り海へ行き、アイカとカロリーナはお揃いの水着を着てはしゃいだし、町の散策の際にはアイカはずっと目をキラキラさせながら元の世界にはない食べ物などを堪能した。


 たまたまアイカが一人になったその時。

 ふっ、と目の端で黒い煙のようなものが見えた気がした。

 この場所を離れるなと三人にこれでもかと言われていたが、どうしても気になってアイカはそちらへ向かう。


 黒い煙に誘われるまま足を向けると、行き止まりの細い路地に一人の男性が立っていた。

 その人はアイカよりも黒く闇のような髪と引き込まれそうな赤い瞳の持ち主で、黒い空気を纏った美青年であった。


「聖女か?」


「また言われたけど、わたしは勇者だよ?」


「…勇者?聖女の色をした勇者なのか?お前、面白い奴だな」


 綺麗な顔でふっと微笑まれると、さすがのアイカもドキリとした。


「あなたは?」


「私か?私は魔王…になる男、と言ったところか」


「魔王?わたしの敵?」


「お前の敵ではない。ふむ…お前、私と手を組まないか?」


 その男はアイカに近付いてすっと手を上げかけたところへ、アイカを探しに来たシュウが声を上げる。


「アイカに何をする!」


 黒い雰囲気の男に警戒心を露にしながら、アイカの元へ駆け寄る。


「大丈夫ですか?」


「うん。何かね、この人魔王なんだって」


 先程までの緊迫した空気はどこへ行ったのか。全く今の空気を読まないアイカはのほほんとそう告げる。

 男はアイカの言葉に思わずわははと笑い声をあげて、シュウに向かって説明する。


「私はたしかに魔王になる男だ。だが、人族と敵対するつもりはない。お前はこの国の王の子だろう?王の色を濃く継いでいるな。

こいつは勇者と言っていたから召喚でもしたんだろうが、こいつの色は面白い。お前たちにこいつの価値は分からないだろうから、私がもらっても良いか?」


 アイカは自分のことを話されているにも関わらず全く理解出来ていないし、シュウもすべてを理解出来たわけではなかった。

 ただ、分かることはひとつ。


「お前に勇者アイカは渡さない」


「ふぅん…ま、まだいいか。これを渡しておこう」


 男はそう言いながら自身が手首につけていた銀色のバングルをアイカに向かって投げた。アイカは咄嗟にキャッチする。


「持ってな。また会おう」


 そして男は消えた。


「瘴気を持たない魔族?あいつの言ってたことは何だ…?」


 ぶつぶつとシュウは呟きながら考える。しかし、シュウの持っている知識だけでは情報が少なすぎる。あとは王都へ戻ってからだ。意識はすっかり謎の男でいっぱいになっていた。


「シュウ、ありがとう」


 アイカにそう言われて、そういえばアイカを探しに来たことを思い出す。


「いえ…。本当に大丈夫ですか?」


「うん、何ともないよ。シュウかっこよかった!」


「…あ、ありがとうございます」


 やっぱりこの勇者には叶わないと思ったシュウだった。

 その時アイカは言わなかったが、実は男から投げられたバングルをつけてみたら、何故か手首のサイズに大きさが変わり外れなくなっていた。


(ま、いっかー)


 アイカは呑気に考えていたのだが、このアイテムがアイカ自身の秘密、そしてアイカの今後を決めるきっかけになるとは、この時は誰も気付いていなかった。

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