第9話

 ついに、楽しみにしていた日がやって来た。


 アイカにとってはせっかくの夏休みだ。夏期講習は待っているかもしれないが、思う存分休みを満喫したいアイカはこちらの世界には無いだろうと考えて大きな浮き輪を準備して飛んできた。遊ぶ気満々だ。


「やっほー!」


「お待ちしておりましたわ、アイカ!お揃いの水着もご準備しましたの。楽しみですわね」


「うん!楽しみだね、カロリーナ!」


 そんな女性の会話を聞きながら気を重くしている一名。


「オレは何でこんなに貧乏くじばっかり…」


 誰にも聞こえないほどのロイの小さな呟きだった。

 思えば、ロイはエルフということを隠して冒険者となったものの、何故か速攻でシュウに見破られ、無理やり一緒に行動をさせられた。そんなシュウはいつの間にかカロリーナを連れて来ており、攻撃魔法のカロリーナと補助魔法のシュウの間に入り、いつも調整役をやっていた気がする。

 そしていつの間にかアイカという勇者率いるパーティの一員だ。

 それでもカロリーナとシュウのスタンスは変わらないし、アイカは直感的な行動をするためとても読みにくい。そんなアイカを守るかと思いきや放置をするシュウの代わりに、言葉にはしないものの保護者的行動を取っているロイ。


 …苦労人なロイの話はまたにして、水の都へ出発する一行であった。


 荷物はシュウの魔法で異常なほど収納が出来るバッグがあるため、かなり身軽である。もちろん使用していない『勇者の剣』も入っている。旅に出かけるにしてはかなり身軽な一行なのだった。


 水の都へ着くとひとまず宿屋に向かい、女性用と男性用の二部屋を取る。各部屋に温泉のある宿屋で、二人部屋とはいえ少し広く豪華だ。日本の温泉旅館のようでアイカはウキウキが止まらなくなっていた。

 思う存分遊ぶ前に先に腹ごしらえと宿屋の食堂で食事を取っている時に、シュウからついに爆弾発言が投下される。


「早速ですが今日から素材集めに行きますよ。少しランクが高いので気合を入れて行きましょう。

素材は『ドラゴンの鱗』でSランクです」


 あれこれとこの一週間の予定を考えていたが、シュウの言葉ですべて消え去ってしまう。

 アイカは驚きすぎて開いた口がふさがらず、手にしていたスプーンを落としてしまった。ロイは知っていたため何とも言えない表情を浮かべ、カロリーナは驚愕といった表情を浮かべている。


「ど、ドラゴン…わたくしドラゴンは初めてですわ…」


 カロリーナは少し怯えた様子でそう答えた。

 ロイは内心、そうなるよな…と思い、同じ気持ちであろうアイカの方を向く。


「ドラゴン!?この世界には居るの!?見たい!会いたい!!!」


 ところが、目をキラキラとさせて『何て楽しそう!』と言わんばかりの表情でアイカはそう言った。

 思ってもいなかった反応だったため、今度はロイがスプーンを落としてしまった。ロイと同じように本当に驚いた表情をしているシュウ。珍しいことである。カロリーナも唖然とした顔をしている。


「ね!ご飯食べたら早く行こう!」


「そ、そうですね…そうしましょう。善は急げですね」


 善ではなくて金だろ…、とロイは思ったが口には出さない。今ここでそんな発言をすると、この後がどうなるのか考えたくもない。

 王子なのに稼ぐことが大好きなシュウを横目に、ロイはそっと心の中だけにとどめたのだった。


 カチャカチャとアイカが慌てて食事を再開する音を聞いてカロリーナはハッと意識を取り戻す。


「大丈夫、ですの…?」


 楽しそうなアイカに水を差すことはしたくないのか、シュウにそっと問いかける。


「アイカがやる気なら大丈夫ではないですかね。勇者ですし」


「適当すぎますわ…」


 ロイほどではないが、苦労人がもう一人、いた。


 カロリーナはマルロー侯爵家の令嬢であり、実はシュウの元婚約者である。婚約者といっても恋愛感情があったわけではなく、ただ単に政略的なものであった。

 何故解消されたかというと、どちらも『魔導士』として長けていたことが発覚したためだ。あまりにも強い力を持つ者同士が一緒になれば、無駄な軋轢を生みだしてしまう。

 そもそも婚約者に定められたのは幼少の頃であり、その当時では魔導士の資質はまだ分からなかった。

 それからもお互いが自分に適性のある魔法を知らずに正反対の魔法ばかり練習しており、魔力の弱い者同士でお似合いだと言われていた。ましてやシュウは第三王子である。それくらいがちょうど良いとまで囁かれていた。

 ところが二人のタイミングは違うが、シュウは冒険者となってから、カロリーナは学園で魔法を学んでから、二人とも魔導士として花開いたわけである。

 本人たちもまさか自分が珍しい『特化型』の補助魔導士、攻撃魔導士などとは露ほども思っておらず、判明した時には悲喜こもごもであった。


 そんなカロリーナにはおかまいなしに、アイカは想像上のドラゴンについて何とも楽しそうに一人で語っていた。

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