52. or 【3/24】

 そして最後の水曜日がやってきた。


 そして『週刊スキルメール』が届くのも最後となるはずだ。


 俺は朝起きて、いつものようにスマホを開いた。

 そこには【最終】と題されたスキルメールが届いていた。


『さて、一年間にわたるスキルの数々。あなたは使いこなせていますでしょうか?それとも単なるいたずらだと、努力もせずに放っておいたでしょうか?


 本日が最後のスキルになります。


 最後のスキルは二者択一です。


【魔王化】

『魔王になる。』


 もしくは


【賢者化】

『賢者になる。』


 のどちらかのスキルになります。


 あなたはどちらを選びますか?

 選んだ方を念じていただければ、どちらかのスキルが備わります。

 どちらか一方のみです。

 あなたが今置かれている状況をよく判断してお選びください。』


 …この最後は予想がつかなかった。

 ……ついていても、どちらを選ぶかは、解り切ってるけどね。


 俺は念じて、スキルを授かった。

 するとスマホにメールの着信があり、開けて見ると

『スキルの選択、おめでとうございます。つきましては眷属をお送りいたします。今後益々のご活躍を心より期待しております。The World Intelligence(世界の知性)』


 俺は初めてこのメールを見たときに思った違和感をもう一度感じることになった。


 The World Intelligence(世界の知性)

 .world

 あのドメインだ。


 俺はあることに気づいて、アメリカ・ラボから日本の実家に転移した。

 そこに想像通りに父さんがいた。


「やあ、しばらくだな。ずいぶんとたくましくなったじゃないか。」

「お帰り父さん。今までどこに行ってたの?相談したかったことが山ほどあったのに、父さんがいないんだもんな。」

「…それは悪かった。会いに来たくても来られなかったからな。」

「それは父さんの仕事で?.worldってドメイン。父さんなんでしょ?」


「…いつから気づいてた?」

「いろんなことを勉強して歴史を学んでいる時に…かな。」

「そうだ。俺は『地球意思』とも呼べる太古からの知識を使って世の中の様々なことを調整してまわっている企業『The World Intelligence』の代表をしている。もっとも俺一人だけどな。」

 父さんは首をすくめていた。

「俺はお前と同じ16の時に突然啓示を受けたんだ。知っての通り神などいない。受けたのは地球意思ともいえる地球からのメッセージだった。それがスキルの発現につながったんだ。」


 父さんはそう言いながら冷蔵庫を開け、ペットボトルのお茶を取り出して、一口飲んだ。

 最近この家にも頻繁に戻ってきている。

 冷蔵庫の中も当然新しいものを入れてある。

 いつか父さんがふらりと立ち寄るんじゃないかと思って、まめに掃除もしているんだ。


「俺は2年前、今からだと3年前だな。

 地球意思からの指示で、ある世界に行くことになった。

 それが俺が単身赴任していた理由だ。

 その世界からは頻繁に戻っては来れるが、あまりその姿を家族に見られたくはなかったんでな。

 実はほかの世界に行くのは今回が初めてではない。

 2回目だ。

 1回目の時母さんと出会ってこちらの世界に連れてきた。

 母さんはその世界では『勇者』として、世界中の人からこき使われていたんだ。

 『魔王』を倒せとね。

 このあたりは最近のラノベに多く出てるだろうから割愛しよう。

 お前も知ってるだろ?」


「そうだね。それにしても母さんが勇者だったなんて…。」

「そうだよな。

 その世界での勇者の役回りは実に過酷でな。

 世の中の悪はすべて勇者任せにしていたんだ。

 そこで精神的にもフラフラになりながら剣を振っていたまだ若い娘が母さんだ。

 俺はスキルで洗脳を解き、ライフポットで身体を作り替えて、日本人にして、地球に連れてきたんだ。」


「…それでその世界はどうなったの?」

「当然滅んださ。

 たった一人に諸悪に対処させるなんて土台間違っている。

 滅んで当然だったんだ。

 そんな母さんを不憫に思い、地球で平和に暮らせたいと思って連れてきて結婚した。

 紀夫ならどうやって戸籍を作ったかはもう知ってるだろう。

 そして俺は二人の子供を設け、たまに入る世界の仲介役としての仕事をしてたんだ。

 そしてまた別世界に介入しろと地球意思は俺に告げた。俺はようやく帰ってこれたんだ。」


「今度はどんな世界だったの?」

「またこれもゆがんだ世界だったな。

 人が何というか…お前ももう高校生ならわかるだろうが、ほとんどの人がセックス依存症で、人口爆発を起こしていたんだ。

 食べるものに困らないほど豊かでみんな平和に暮らしていると、その先にあるのは快楽を求める人の姿だったんだよな。

 その世界では。

 やがて人が食べていける人口をはるかにオーバーして、食糧危機になり、何もしなくても食べていけたんで、作物の育て方も知らない人間であふれ返ったんだ。

 そしてその先に起こったのは…。」


「…カニバリズム。人が人を食べ始めたんだね。」

「そうだ。

 すでに人としての理性をとっくの昔に失っていたんだろうな。

 セックス依存になった時点でその人類は終わっていたんだよ。

 そしてやがて食べるものに困って人が人を食い始めた。

 もうどこを見ても地獄のようだったよ。」


 父さんはまた一口ペットボトルのお茶を飲んだ。


「しかし、そんな世界でもセックス依存にも陥らず、人が人としての暮らしをしていた集落があったんだ。

 そこでは作物も育てられていて、家畜もまだ残っていた。

 その村が周りの人たちに追い詰められていたんだ。


 食料としてね。

 だから俺が派遣されたということさ。」


「…それでどう解決したの?」

「人でなくなっている生き物としてすべて殺してきた。

 その村と同様にわずかながら自分たちで努力して生きながらえていた人たちだけを保護してね。

 あとは全部殺してきた。」


「じゃあ、又その世界は正常に戻るの?」

「さあ、どうだろうな。

 戻るかもしれないし、戻らないかもしれない。

 俺はそこまでは関知しないよ。

 俺ができることには限度があるからね。」


「そっか。俺と同じだね。ところで父さん、なんで俺にスキルメールを送ってくれてたの?」


「俺が地球を離れる間にお前の家族を守ってもらわないといけないからな。

 俺と母さんの子供だけあって、スキルがすごく発現しやすくなっていたんだろうな。

 今日まで自覚したスキルはスキルメールを送る前からすでにお前の身体の中に発現していたんだよ。

 俺も持っていない『豪運』なんてスキルまで持ってたからな。」


「そっか。豪運は俺のオリジナルなんだね。おかげでお金儲けもできたし、万事がうまくすすんでいるよ。世界中相手にケンカしちゃったけど、今では何とか仲直りもできてるしね。」


 俺はいつの間にか泣き出していた。

 この一年間、どれだけ心細かったか思い出したからだ。

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