41.交渉術【1/6】

 年が明けて、教授たちも一緒にせっかく長野にいるんだし、諏訪大社に初もうでに出かけた。女性陣は振袖を着ている。


 …うん。確かにみんな若返ってるし、独身がほとんどだからわかるんだけど…。


「なんで母さんまで振袖着てるの?」

「だって私だけ仲間外れなんて嫌じゃない。どうせ見た目も若くできるんだからせっかくだしね。」


 …そうなんだ。お母さん方も全員振袖なんだ。

 どうせならとみんなで呉竹呉服店で購入したらしい。

 振袖ばかり200着ほど。

 これで当分呉竹呉服店も安泰だろう。

 その時に洗浄修復の再開を熱望されたらしいけど、もう少し無理だよな。

 …てことは母さん。変装せずに呉服屋に行って振袖買って来たってこと?


 うん、すごいよね。女性の執念ってやつは。


 教授の中で女性の教授はすべて振袖を着ている。

 男性陣はなぜか紋付き袴だ。

 俺たちも着させられている。

 教授たちの紋は自分たちのハンコと同じデザインだ。

 つまり、花梨がデザインしたかわいらしい動物たちが描かれている。

 ……まあ、いいっちゃいいんだけどね。

 義男が変装でちょんまげをつけた姿に二本差しで行こうとするのを俺と翼で何とかやめさせた。

 いや…わかるけどな。やりたくなる気持ちは。


 俺はなぜか日本の神社だけは宗教としてではなくて信仰として受け入れられるんだよな。

 土着信仰というか、どんなものにも神が宿るっていう精神。

 自然を恐れて敬う気持ち。

 どんなものでも大事に使おうという気持ち。

 ご飯を食べるときにも感謝していただきますを言う。

 そういう日本的な心は持っていたいよな。


 別に神様に救われようなんておこがましいことは思ってないよ。

 神様ってのは感謝するべき対象ではあってもすがる対象ではないからね。


 神様は『怒る』ことはあっても『褒める』ことはないからね。


 日本の神話は面白くて、決して神様ってのは完ぺき超人じゃないんだよな。

 むしろ人間的などろどろとした感情を持ってて、よく失敗している。

 このあたりがほかの宗教なんかと決定的に違うところなんだろうな。

 どっかの宗教は神だから子供なんて生まれない。セックスなんてしないと言い張ってるそうだけど、それはどうなんだろうね。


 まあ、俺の信仰とそういう宗教は違うってことだな。


 そういえば、キリスト教を布教しようとして日本中を旅して布教していたザビエルが農民にイエスキリストは絶対神であり、他の神を敬うことは神を汚すことになるって布教してたらその農民に

「お前さんのところの神さんってやつはかなり狭量なんだな。」

 と言われて日本での布教を断念したって手紙が出てきたそうだけど。


 まあ、そういうことだろうね。


 それはともかく。

 ここ諏訪神社ってえらく気が集まってきてるよな。

 そういう道筋の上に立ってるんだろうな。

 イギリスでいうところのレイライン。

 東洋でいうところの龍脈っていうのかな。

 そういうのの上にあるんだろうな。


 今のジャパン・ラボも実は龍脈の上に建設している。

 おかげでみんなとても気の巡りがよくなり、健康に暮らせている。


 元旦の初もうでも無事にすまし、みんなの振袖の撮影会もひと段落した。

 それから今日までみんなおせちを食べて、こたつで寝転んで酒を飲みって、食っちゃ寝の生活をしていた。


 今日水曜日のスキルを確認しているところにユリウスが来てあきれていた。

 こたつに誘い込まれて同じ穴の狢になってるけど。


 今日のスキルは【交渉術】だ。

 …いろんな交渉をしてきたからな。

 スキルとして発現してもおかしくはないよな。

『交渉がうまくなる。 会話術と同時使用で何気ない会話にでも駆け引きを行うことができる。』


 う~ん。なんとなくわかるって程度かな。


 さて、ユリウスさんが来たのは大統領選の最終打ち合わせと俺たちを新年の授業に参加させるためだ。

 勿論、先日依頼のあった教授として授業を行うのだ。

 俺たちはそれぞれ用意して、特別講義としての授業を行いにMITのプロジェクト・ラボに転移した。


 相変わらずアメリカ兵の見張りはついてそうだよね。

 索敵を半径500mに広げて確認すると、やはり学生や警備員に紛れて相当数が入り込んでいるみたいだ。

 武器は銃とナイフぐらいかな。

 銃からは弾丸を抜いておいて、ナイフはその時でいいか。


 俺は一人の掃除夫に近づいて言って話しかけた。

「どうも。お仕事ご苦労さんです。近々そちらのレオナルドさんにあいさつに伺うと伝えてください。どうやら誤解があるようなので。」

 俺はそう言って立ち去った。


 話しかけられた掃除夫に扮していた宇宙軍第一旅団第三分隊のエドワード・ブランは耳元のトランシーバーで上司にその伝言を伝えた。

 エドワード達に下されている命令は、紀夫たちの監視と隙があれば暗殺するというものだった。

 なぜ栄えある宇宙軍に採用されたのに高々キッズの暗殺をせねばならないのか。

 これは部隊内でもひと悶着あったのだ。


 しかし、今実際に対峙してみたNorioは怪物だった。

 動けなかったのだ。


 そして、銃を取り出して撃ってみたが弾が出なかった。

 慌てて銃を隠し、木陰で部隊に連絡を取ったところでようやく気付いた。

 銃に弾が装填されていない。

 こんなことはおかしい。絶対にありえない。

 配置につく際に、必ず確認が義務付けられているからだ。

 狙撃に失敗したと報告すると部隊長から

「お前の拳銃からも弾がなくなっていたのではないか?」

 と質問を返された。

 どうやら、張り込んでいたすべての隊員の中から弾丸が忽然と消えていたそうだ。


 これは司令が隙があればと強調していたのがよくわかる。

 隙なんて無い。それどころか懐に入り込んでタップダンスでも余裕でこなすだろう。

 俺たちは何もできず、身動きすらできない状態でそれを見させられるんだ。

 そう考えた途端冷や汗が止まらなくなり、撤収命令が出てもその場でしばらく動けないでいた。

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