39.投擲【12/23】

 今週も水曜日が来てメールが届いていた。

 しかし授かったスキルを見て俺はきょとんとしてしまった。


【投擲】

『物を投げるときより遠くへ、より早く投げることができる。命中率が上がる。』


 魔法まで使えるようになっている俺に、今更このスキルは必要なのだろうか…。


 いつものように義男君はごみを捨てるのに便利になったといろんなところからごみ箱にごみを投げて周りから顰蹙を買っていた。


 うん。義男クオリティだよね。


 明日はクリスマスイブになる。

 宗教的見地から見れば特別でも何でもないと感じる俺でも、イベントや祭りごとになると話は別になる。


 楽しいことなら何でもいいじゃない。


 実は明日が俺たちの全米CDデビューの日となる。

 美智さんが苦労して、セールスをかけてくれたおかげだ。

 俺は日本に帰ってきていた美智さんと呉竹市のタワーマンションで会っていた。

 俺以外にもバンドの関係者は全員だ。


「意外にすんなりセールスルートは開けていったわ。むしろ向こう側から俺のところには何枚CDを下ろせる?って問い合わせの方が多かったけどね。」

 と、全米でのセールスは順調だったみたいだ。


「そうそう。洋子たちもあなたたちのファミリーに入れたらしいわね。洋子たちが私のところにまで取材に来て話をしていったわよ。これで私もしばらくのんびりできるわね。」

 と、美智さんはつぶやいた。


「う~ん。無理だと思うけどね。」

「え?なんでよ?」

「だって美智さん。アニメの最終回が今週でしょ?それに次回作のアニメの話してなかったっけ?」

「あ!完全に忘れてた。」

「ですよね。おそらくアニメ制作会社は美智さんの行方を捜してるはずですよ。」

「なんで?のりちゃんとの契約書は渡したわよ。」

「俺たち日本に今いるんで、日本で放送されているアニメを見てるんですけど、これって結構な物議を呼んでますよね。」


「……私しばらくアメリカでセールスの旅を続けてたんで全然日本の情報を取ってなかった。」

「でしょうね。じゃないと日本に戻ってくるなんてことはしなかったと思いますよ。」

「え?え?なんでよ!」


 俺は黙って俺たちのアニメを討論しているHPを美智さんに見せた。

 美智さんはしばらく黙ってそのHPを読んでいた。

 しばらく考えて少しづつ顔色が悪くなってきた。


 要するにやりすぎたのだ。

 アニメによる謎解き、回が進むごとに暴かれていく真実。

 これらが現実に起こったことと、符合しすぎているのだ。


「俺が意図したとおりの反応なんですけどね。少しやりすぎたみたいです。寺子屋の入会者数もとうとう500万人を突破したらしいですよ。」


 俺は美智さんを見ながら続けた。


「最終回はドームライブを終えて渡米するシーンまででしたよね。そして俺が『また会おう』と言って飛行機に乗り込む。そのあとのことは…そうなんですよ。既にみんなが知っちゃってるんです。洋子さんたちの独占インタビューでね。」


「つまり?」

「つまり、このままだと第二期を作らないと製作会社に苦情の嵐でしょうね。」

「でも、第二弾はブレーメンのヒーローアクションものでしょ?」

「問題はそれでお茶を濁してくれるならいいんですがね。問題は随所にちりばめてある常識のウソに対する疑問ですね。見終わった人たちはこう思うと思いますよ。「これらの答えはどこにある?」とね。それを第二弾で求めてくるでしょうね。」


「その求めているものと全然違うアクションヒーローものを出したら?」

「…今どきの頭が言っちゃっている奴らは感がもしないことを起こしますからね。」

「やばいじゃない!」

「そうなんですよ。そのやばい状態の中に美智さんが返ってきちゃったんです。で、それを見越して俺たちで作っておきました。アニメを。フルCGですけどね。」

 俺たちはこのやばい状態を危惧して、独自でCGによるアニメーションの製作に取り掛かっていた。


「問題はこっちを放映すると、もともとアニメ制作会社が用意していた作品が放映できなくなっちゃうことですね。あっちは大分おちゃらけているはずですから。」

 俺は自分が書いたシナリオを思い返していた。


「え?じゃあどうすればいいの?」

「俺たちも悩みましたが、これならうまくいくんじゃないかという方法を思いつきました。ネットで配信するんです。グースが配信もとになります。そして配信すると同時にグースを開店休業状態にしてしまいます。」

「え?私の会社閉めちゃうの?」

「そうしないと第三弾も求められることになりかねません。」

「……それは怖いわね。」


「で、美智さんには動画配信チームに加わってもらってネットでの配信を主に活動してもらいたいんです。」

「ネット配信?」

「はい。俺たちのPVもまだどこにも出していませんよね。それも含めて、いくつか取り溜めてあります。PVをね。」


「これらは寺子屋限定配信にしたいと考えているんです。それ以外にはDVDの発売ですね。そこらあたりは美智さんにお任せすることになります。あと第二弾のCD発売などもネット販売中心にしたいと考えているんです。その方が美智さんも表に出なくて済みますからね。ただ、出すのは当分先になりますけどね。美智さんものんびりしたいでしょ?」

「したい!したい!したい!のんびりしたい!」

「では、そのプランで行きましょう。」


 俺たちは用意していたアニメの予告編を第一弾のアニメ終了時間から寺子屋サイトで配信しだした。

 ここでようやく寺子屋と俺たちのつながりが世間にばれることになる。

 そして寺子屋サイトの登録者数は一気に2,000万人にまでふくれあがることになった。そのほとんどが大人の加入者だ。


 丁度テレビでタレントたちが俺たちのアニメのことを取り上げだしたからだろう。

 俺たちのことを描いたアニメ【Wizards】は俺たちが経験したことを元に描かれている。


 ある日不思議な力に目覚めた紀夫は、仲間たちにその力を分け与える。そして紀夫が教えることで学力がどんどん伸びていく。そんな折の中間テストで紀夫たちは満点を取ってしまう。それに疑いを持つ教頭。自分たちが学習したことを証明するために紀夫たちは大学入試模擬試験を受けることになる。そして母親と妹と共に満点を取ることになる。夏に高校卒業認定試験を受けて、高校生活にピリオドを打つ。その頃からバンドを始め、オーディションを受け、そこで見いだされてCDデビューの話になっていく。


 ……十分12週で放送するのにてんこ盛りの内容だ。


 うん。俺たちよくやったよ。頑張ったよ。


 ある程度事実に沿って描いているけど、これが事実だとは誰も気づかないだろう。

 だって、空飛んだりしてるからね。アニメの中で。

 バイク屋のおっちゃんの話も描いてたから、おっちゃんの店は大繁盛らしい。


 ……またバイク注文しに行こうかな。今度は300台ぐらいで…。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る