-01.次期大統領候補
水曜日が来た。
今週は【風魔法】を授かった。
『風を自由に操ることができる。』
…うん。知ってた。
俺は表上は何も変化はないが、裏でアメリカが崩壊しかかっているのを見ていた。
手元にある米ドルも、紙くずになる前にと、あらゆる国の紙幣に交換しにみんなで動いた。
アメリカを崩壊させるのに手っ取り早い方法はもっと他にある。
それはアメリカの管理しているIDの記録を抹消することだ。
これで個人はキャッシュカードですら現金を下ろせなくなり、クレジットカードはもちろん使えなくなる。しかし、そこまでやると世界経済自体が死んでしまう。
俺たちがやっているのは、アメリカの膿を出すことだ。
既に消えた既得権益の座を狙ってうごめいている連中がいる。
またワシントンポストに広告が載ったようだが、もう一切無視することにした。
アメリカ大統領のカードが使えない。
IDすらなくなっている。
この異常事態に犯人の目星はついているけど、証拠が一切出てこない。
この硬直状態は、俺に有利に働くはずだ。
すでにアメリカ企業の株は落ち始めている。
流通が滞りだしたのだ。
今まで会社の社長名義で貸し出していた運転資金が、その会社の社長自体のIDがなくなったために、他の役員又は副社長に名義変更を迫ることになる。
身に覚えの無い借金を背負わされて、代表に祭り上げられたい副社長や役員などいない。
会社の資産も消えている。せいぜい元社長を訴える程度だが、その元社長にはIDつまり国籍も戸籍も消滅している。
お金が担保されない商売は成り立たない。
当然生産はできても流通が止まる。
経済は悪化していく一方だ。
俺たちはMITにある図書館に収められているあらゆる書籍と論文を片っ端からラーニングしていった。
3日ほどですべて学習し終えた俺たちは、学長室に再び訪れた。
学長と今後の話をするためだ。
しばらく会わないうちに学長はめっきり老けこんでいた。
「学長。お久しぶりです。」
学長は椅子に座ったまま答えた。
「やあ、Norio。君はアメリカをつぶす気かね。」
「いやだな、学長。俺は俺に銃を向けた相手をつぶしているだけですよ。それがたとえ大統領であってもね。」
「君が仕掛けた今回の一連の企業テロは効いたよ。すごく効いた。アメリカが明日も見えなくなるほど。だからもう許してはくれないか。」
「テロ?テロというならアメリカのやり方自体がテロでしょう。
俺たちがやっているのはカウンターテロですよ。
それはともかく何か勘違いされてますよね、学長。
許してほしいのは俺の方ですよ。
話し合いの度に殺されかけてますからね。
でも俺は相手を殺してませんよ。
社会的には抹殺しましたけど。」
学長はうなだれたままだ。
「学長。この一連のことの引き金を引いたのはあなたですよ?この学長室に呼ばれた俺を殺そうとしたのはアメリカという国です。」
「…」
「今日は学長を誘いに来たんです。俺たちのファミリーになりませんかとね。」
学長はわずかに身じろぎした。
「そ…それはどういう意味かね。」
「言葉通りですよ。俺たちのファミリーになってアメリカ合衆国のプレジデントになるつもりはないかという打診です。MITのプレジデントではなくね。」
「俺たちはこれから日本という国を変えていきます。劇的にね。その時に同じ知的レベルで話ができる国が欲しい。それがアメリカなんです。」
俺は学長を見ながら続けて話す。
「もうすぐ俺たちが作った学習プログラムをスタートさせます。
これはアメリカ国民に向けたプログラムです。
今日本で起こってるのと同じレベルでの教育の改革が起こります。
アメリカが多民族国家ゆえに抱えている密入国者、移民問題もこれで大方片付くでしょう。」
じっと聞いている学長を見ながらさらに続けた。
「俺たちの秘密を聞きたがってましたね。
お教えしてもいいですが、他言無用ですよ。
たとえ相手が大統領であっても。」
俺たちはしばらく見つめあっていた。
「…いいだろう。君たちが何者なのか。どうやったら君たちのような人間ができるのか。それを聞かせてくれないか?」
俺は静かに今までのことを話し出した。
「今の話は本当かね?毎週スキルを授かるというのは。」
学長はすでに憔悴した感はなく、目をぎらつかせて話していた。
「はい。こんな力を横暴なだけのものが持つことを俺たちは望んでいません。俺たちがMITに来た究極の目的は日本を変えることなのです。俺たちが授かった力を使ってね。その前に力で襲って来た暴漢は撃退しましたけど。」
俺は右手で水の玉を作って浮かせ、左手で土の塊を作って浮かせていた。
「魔力を知る、魔法を知ることでわかる理が確かにあります。
今まで人類が使ってこなかった力、それが魔法なんですよ。
このボストンの北には魔女の館が残ってますが、魔女狩りにあった人たちは例外なく、魔女じゃなかったでしょうね。
あなた方アメリカ人が唯一、そして取り返しがつかないほど深く失敗しているのは宗教に根差した国造りをしている点なんですよ。」
俺はアメリカではタブー視されている宗教の否定を学長にぶつけてみた。
「信仰の自由はあっていいと思います。
でも宗教による思想統制は違います。
まして他宗教を排除する民族浄化もね。
アメリカは多民族国家ですから、民族浄化を謳うことこそが国の否定につながっていることをあなたたちはまだ気づかないのですか?
アメリカはもともと移民国家です。
その移民を否定するということはアメリカそのものを否定することにまだ気づかないのですか?」
学長は黙って聞いている。目は俺が作り出した水と土の塊を追いかけている。
「そ…その力を私に授けてくれるのか?」
「そうですね。
そのための対価はあなたがアメリカ合衆国の大統領になることです。
ミスタープレジデント。」
「私に何をさせる気なのだね、Norio。」
「傲慢ではなく、人を守るために暴力をふるえる大統領ですよ。」
俺はそう言って、学長に向けてラーニングを発動した。
「終わったの?」
「一応ね。これで学長はしばらく起き上がれないよ。丸一日はかかるだろうからね。」
「何をラーニングさせてるの?」
「あらゆる知識。」
「つまり…。」
「そうだね。次の大統領選挙では知的で理性的で宗教に左右されない強い大統領が生まれるかもね。その頃にまた戻ってこよう。ここで学ぶことはすでに学んでしまったんだから。」
俺たちは学長室から消えていった。
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