31.風魔法【10/28】

 ワシントンポストにまた広告が上がった。

『新しい手紙が届いた。マイク。』

 と、言うものだった。


 俺は変装してニューヨークでミュージカルをしおりたちと見た後だったので、その足でホワイトハウスに転移していった。


「今日は何の用事だい?プレジデント。」

 俺は前と同じように、ソファーに座った状態で姿を現し声をかけた。

「今日中に現れてくれてよかったよ、Norio。」

 大統領も向かいのソファーに座り、話をしだした。

 テーブルの上に一枚のカードを載せてこちらに滑らせてきた。

「君のために用意した特別なIDカードだ。」

 俺はそのカードを拾い上げてみた。

 大統領特別許可証と記されていた。


「そのカードの所持者は大統領、つまり私が身元を保証することになる。私の任期が終わればそのあとの大統領にも継承されていく。それを家族の分と君の社員の分を用意した。全部で220枚ほどになる。」

 そう言いながら、カードの入ったフォルダーを開いて俺に渡してきた。

「これで君の要望は通ったはずだ。FRBへの金塊を返してくれたまえ。」


「う~ん。それを大統領が言うのもおかしな話だよね。まあ、ここらが妥協点だろうけど、ずいぶん値が張ったカードなんだね。」

「君も世界を敵に回したくはないだろう。」

「どうでもいいけどね。現にアメリカが雇った狙撃手たちは俺たちの居所もつかめてないんだし。まあ、このカードをもってMITに戻って研究するのもいいか。」

「そうしてくれると助かるね。」


「そうだ、初めに聞いていた資料はどこ?エリア51の資料だよ。」

 大統領はしぶしぶ3つのトランクを指示した。

「そのトランクの中に入っている。」

 俺はトランクの中身だけをアイテムボックスに移した。


「さて、それじゃあ、ようやく相談に移ろうか。」

「相談?」

「そうさ。俺たちが開発する重力制御装置、水燃料発電システムにいくらの値をつけるかの相談だよ。」


「な…何?あの学長の言葉は本当なのか?君はあのレポートの意味を理解したのかね。」

「理解してなければ、相談なんかしませんよ。実際、エリア51の資料の在処はわかってましたから、いつでも拝借はできたんですがね。そうすると、今度はその技術を使った発電装置の売り先を失いますからね。今のところ考えているのはアメリカと日本だけですが。」


「それらの技術はアメリカのものだ。日本になぞ渡すわけにはいかん。」

「それならそれなりの対価を払ってくださいよ。俺たちはアメリカの庇護のもとで研究してたわけじゃないですからね。MITの教授は別でしょうが。」


「どういう意味だね。MITはアメリカの大学だ。」

「俺たちはアメリカ合衆国からお金をもらって研究してたわけでも入学したわけでもない。俺たちが自分たちの学力で勝ち取った権利だ。そこで生み出されたものに対価を払うのは当たり前じゃないですか。」


 俺はそう言いながらも、トランクから拝借した資料をラーニングし、できたものからトランクの中に戻していった。


「いくらほしいのかね。」

「値段じゃないんですよ、プレジデント。俺が欲しいのは確約です。」

「確約?何の確約だね?」


「重力制御装置が世に出れば、空飛ぶ車もできます。タンカーも楽々空を飛ぶことになります。そしてそれらを実現させるためには巨大な電力が必要です。つまりそれが水燃料発電システムになります。これがどういうことかわかりますよね。」

「…」

「そう。この技術があれば世界制覇もたやすくできることでしょう。でもそれは俺たちの望みじゃないんです。俺たちの望みは平和な世界。」


 大統領は笑い出した。


「何が平和な世界だ。すでに君たちはアメリカの経済に大打撃を与えている。FRBの存続も風前の灯火だ。」

「そんなウソはもういいんですよ、プレジデント。

 例のファミリーの資産がなくとも世界は回りますからね。

 実際問題、アメリカはまさか連邦準備銀行の大金庫から数百兆ドルに上る金塊が盗まれましたなんて発表はできない。

 そして、別に発表しなければ支障はない。

 今までも、例のファミリー以外の準備金はほとんどなかったんですからね。」


「だからこそあの金塊が必要なのだよ。」

「どうせ渡しても受取先のない金塊だ。

 だって、IDすら無くなった一族ですよ。誰がその金塊を下ろしに来るんですか?

 誰がその金塊の持ち主として確認できるんですか?」


 大統領は黙ってしまった。俺がまだ16だから騙せると踏んでいた証拠だ。


「いいですか、プレジデント。申し訳ないがあなたより俺の方が知識はずっと多い。

 FRBは理屈や理由が付けばいくらでも米ドルを印刷できるじゃないですか。

 別に金塊があろうとなかろうとね。」


 俺はようやくラーニングを終えて、資料を全部元のトランクに戻せた。

 さて、もう用事はないけど念は押しとかなきゃね。


「その金塊を欲しがっているのはあなたたち自身でしょ。

 軍産複合体出身のあなたたちのね。

 次はあなたたちのカンパニーが不幸に会うのかもしれませんね。」


 大統領は顔色を変えた。


「それだけはやめてくれ。」

「前回はあなた方の家族が人質に取られ、かわいそうに思ったので、その枷を外しました。

 しかし今度はあなた方が例のファミリーになり替わろうとしているなら、私の敵になるんでしょうね。

 NWOですか。俺たちが現れた時点ですでに幻想になってるんですがね。」


 俺は目の前のファイルとカードをテーブルに置きなおした。


「こんなものじゃ俺たちの命の補償にはなりませんよ。

 だってあなた方はいつでも強者の理論で理屈も理由も捻じ曲げてきたじゃないですか。

 又言い訳しながら反故にされるのが落ちですよ。」


「じゃあ、君たちはどうするというのかね。」

「日本政府と交渉しますよ。あなた方よりまだ信用できる人もいますしね。」


「そうなるとアメリカは日本に宣戦布告することになるぞ。」

「誰がするんです?宣戦布告。」

「勿論私だ。アメリカ大統領だ。」


 俺は笑い出した。


「ハハハ…。面白いですね。そんな記者会見開いた途端、事故で死ぬ人が何を話せるんでしょうね。それにもまして、今年ある大統領選挙で落ちている人がその時記者会見を開けるとも思えない。」


 俺は笑いながら大統領を見た。


「あんたの代わりはいくらでもいるんだよ、大統領。

 そんなこと既に分かっているんだろう?

 あんたは学長の学友だったみたいだからね。

 ちょっと助けてみたし、ちょっと試してみたんだよ。

 でもあんたも同じだったようだね。

 あのファミリーと。」


 俺はそう言って、姿を消して転移した。


 転移した後には、テーブルの上のファイルとカード、そして部屋の隅にあるトランクだけが残されていた。


 俺が大統領のバックについている軍産複合体の資産をすべて奪い終えたのは、それから5時間ほどたってからだった。


 勿論クライアントファミリーと同様にすべての個人資産を根こそぎ奪い、その履歴を抹消した。


 個人情報すらも消した。


 さて、後何人出てくるかな。

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