30.土魔法【10/21】

 今週になって大統領からワシントンポストに広告が打たれた。

『手紙が見つかった。連絡を乞う。マイク。』

 俺はホワイトハウスの執務室に転移していった。


「ご機嫌いかがですか?プレジデント。」

 俺は執務机の前のソファーに腰を下ろしてから姿を現し、大統領にそう声をかけた。

 大統領は驚きながらも、俺に答えた。


「君のおかげで世界中がひっくり返っているよ。しかし、あくまでまだ水面下だがね。」

 そう言いながら俺の向かい側に腰かけた。

「おかげで私の家族も司令官のところの家族についていた監視も外れたようだよ。

 クライアントはすべての財産を失って、仲間に助けを求めているけど…、あの状態の彼らを助けるものは誰もいないだろうな。

 何せ資産はおろか、IDすら存在しなかったことにされているんだからね。いったいどうやったんだ?」

 と、大統領は聞いてきた。


「俺たちが何者か、どうやってそれをなしたか。そんなことを何の交渉も行われていない状態で話すと思ってるんですか?大統領。」

 俺は大統領をにらみながら話した。


「い…いや、単なる好奇心だよ。今回は君にまずお願いがあってきてもらったんだよ。

 あのクライアント一族が持っていた資産の返却。

 具体的にはFRBにあった金塊の返却なのだ。

 あの金塊はアメリカのドルを保証しているもので、これがないとドルの大暴落が起きる。

 なんとしてもこれだけは避けたいんだよ。」

 俺は大統領を見据えながら口を開いた。


「まず、おっしゃっている意味がよくわかりませんね。

 FRBの金塊?それがなくなったんですか?

 そしてなんでそれを俺がやったと思ってるんです?

 どこかの映像に犯人でも写っていて、それが俺と似ている人だったんですか?」


「…どうやったのか知らんが、忽然と金塊は姿を消していた。

 それだけではない。

 クライアントの個人資産も同様だ。

 ご丁寧に犯人は胸ポケットの財布の中身までごっそり取っていったらしい。

 これは君たちの能力だろう?」


「想像するのは自由ですよ。

 もっともアメリカは証拠がなくても他国を攻撃できる国でしたね。

 いちいち証拠を探しているわけじゃないんでしょう?」


「今、あの一族が抜けると完全にアメリカ経済が崩壊する。

 せめてあの一族の排除とカルテルの解体で済ませてもらえんだろうか。」


「う~ん。おっしゃる意味が分かりませんね。

 俺たちが起こした犯罪だという証拠でもあればまだ妥協できますが。」


「……要望を言ってくれ。今アメリカ経済が崩壊すると中共の餌食になる。」

「それがわかっていながらもたくさんの中共マネーをアメリカは持っているんでしょ?」

「その金もアメリカが崩壊すれば使い道すら持たん。どうか助けてくれ。」

「う~ん。そうですね。」


 俺は勿体つけて考えているふりをした。要求はすでに決まっている。


「いくつかこうなればいいなと思うことはありますね。

 例えば、アメリカが日本に行ったGHQの占領政策のおかげで今も日本の政治は混乱を極めています。

 中共がありもしない歴史を捏造し、証拠がなくとも糾弾するという行為を繰り返していますが、アメリカは安全保障条約を結んでいる同盟国にもかかわらず、見て見ぬふりをしている。

 まずはこれらに対するアメリカから日本への謝罪でしょうか。

 賠償はいりませんよ。

 謝罪だけで十分です。」


 俺はそのまま続けた。


「次に俺たちの身の安全の補償ですね。

 日本国籍はそのままに、アメリカでの自由を保障してもらえるとまたMITに戻って地球のための開発がすすめられます。

 まあ、最も俺たちにまた手を出す馬鹿がいたら、そのまま消えていくんでしょうけどね。」


 俺は大統領を見ながら話した。


「こんなことができたら、ひょっとしたら半分ぐらいの資産は戻ってくるかもしれませんね。

 戻ってこないかもしれませんけど。」


「そ…そんな、日本に謝罪するだなんて、議会が荒れるぞ。

 確かに日本にアメリカがしたことは思想統制も含めてやりすぎたという学者は多い。

 実際にアメリカ自身も共産主義者を良しとしていた時代もあったのだ。

 しかし、独裁による差別階級の構築がその背景にあったことに気づいてアメリカは共産主義者撲滅へかじを切った。」


「日本でも戦後の首相が他国人排除のために動いたんですがアメリカに潰されたんですよね。

 もっとも、強制送還されたといわれている人たちは、すでに本国に送り返した過去もあるんですがね。

 まあ、そのあたりはいいです。

 その当時のアメリカのかじ取りが日本には通用しなかった。

 あなた方が人権至上主義という国粋主義を怖がるばかりに掲げた御旗の所為で、今の日本はガタガタなんですよ。

 その責任は当然とってくれますよね。

 議会が荒れようと国が荒れるよりましでしょう。

 CIA辺りならこのことを逆手にとって一斉検挙しそうですがね。

 ああ、そのあたりの資料はどこからか届いているはずですよ。今頃ね。」


 俺はこちらの描いたシナリオを話していく。


「あなたたちもようやく重い蓋が取れて済々したんでしょ?

 アメリカ建国以来ずっと思い蓋になってましたからね。あの一族は。」


 もっと言えばその一族こそ、アメリカに自分たちの国を作ろうとした一族なのだ。


「俺はあの時あなたに宣言したはずだ。

 俺の家族に手を出すと軍ごとこの世から消すと。

 その可能性は十分感じられたんじゃないですか?ミスタープレジデント。」


 俺はそう言って返事も待たずに、その場から転移した。

 その場にはドローンを仕込んでおいてある。


 俺と入れ違いに数人の男たちが大統領執務室に入ってきた。

 CIAとFBIの長官だ。

 普段は犬猿の仲と言われているが、クライアントのIDから資産まですべてが消失する事件は、協力しなければとてもじゃないが対応できない。

 その上に爆弾級の資料が届いたのだ。

「先ほどCIAのコンピューターがハックされ、国会議員約40名の過去のスパイ行為がアップロードされてきました。」

「FBIも同様です。」

 もう一人男が掛けこんできた。大統領執務官だ。

「今、CNNから電話があり、国会議員のスパイ疑惑で取材がしたいと申し入れが入ってきていますが、どのように対処しましょうか?」

 事、ここに及んでマイクはあきらめた。

「私が記者会見を行う。ワシントン中のメディアをホワイトハウスの会見場に集めてくれ。」


 そこでアメリカ大統領としては初めて第二次世界大戦時の東京裁判からGHQの占領政策までを詫び、それらが嘘の歴史を捏造する基になっていることも明言した。

 併せて、国会議員の40名をスパイ容疑での逮捕したことも公表した。


 俺たちはその記者会見の模様を日本の山田さんちに作った温泉施設の休憩場でくつろぎながら見ていた。

 この温泉施設はつい最近完成したものだ。

 周りから人がいてもわからないようにカモフラージュをかけている。

 何組もの狙撃者がこの施設を狙っていることはすでに調査している。

 下手に排除するとここにいるのがばれるので、あえて排除せずにカモフラージュで分からなくしている。


 俺は先週と今週、『魔法』を授かっていた。

【水魔法】

『水を使ったあらゆる魔法が扱える。』


【土魔法】

『土を使ったあらゆる魔法が扱える。』


 相変わらずシンプルな説明だ。

 しかし、ここ2週間ほど検証する暇もなかった。


 俺たちは日本に戻ってきてからの行動は素早かった。

 片っ端からクライアントの拠点を丸裸にしていき、そこにいるスタッフの武器や財布の中身を取り上げておいた。

 その上で、気配察知などを使って隠し金庫や倉庫の中身も洗いざらい奪っておいた。

 車はそのままで、全部からガソリンを抜いておいた。

 翼がアメリカの基幹コンピューターに隠密をかけて侵入し、クライアント一族の記録をすべて抹消していった。

 預金などはすべて口座から抜き出したうえで口座そのものを消去した。

 資産のほとんどはFRB(アメリカ連邦準備銀行)に金塊の形で保管されていた。


 よく勘違いしている人がいるが、FRBは政府直轄の銀行ではない。あくまで民間の銀行なのだ。そしてその所有者こそが大統領のクライアントなのだ。


 時価総額に直すと数千兆円ものお金が集まったと思う。

 というのも、ろくに数えていないからだ。

 俺たちは飛行を使ってこの1週間ほどで、世界中を文字通り飛び回っていた。

 イギリス、フランス、イタリア、ロシア、中国、スペインなど数十か国に及ぶ隠し財産の拠点は根こそぎ潰していった。


 その間にカアサンズは隠密とカモフラージュをかけて俺たちが作っていたサーキットの博物館で生活していたようだ。

 お風呂もあるし、水道も電気も通ってるしね。

 水道もガスも電気もメーターはカモフラージュをかけて隠ぺいしていたそうだ。

 買い物は普通に変装して出かけて食材などを買い入れていたようだ。


 タワーマンションもホープマンションも人が侵入した形跡があったそうだけど、資料も含めてすべてアイテムボックスに丸っと収納して出ていったので、何も取られたものがない。着物とブランドバッグは当分休業すると先方には伝えてある。また、再開するときに連絡することになっている。


 MITでの研究はものの見事に頓挫していた。


 俺たちが緩衝材になってそれぞれの意見を出させていたので、その緩衝役がいなくなった途端、検討会は紛糾したようだ。


 要するに頭がいい人の言うことを通訳する人間がだれもいなくなって、ケンカになったそうだ。


 まるでバベルの塔の話のようだと学長は漏らしていた。


 広く深い知識を持つ触媒としての人材の必要性を改めて感じたようだ。


 俺は一度学長に会いに行っている。

 この人がいろんな教授から攻められている姿を設置していたドローンで見たからね。

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