29.水魔法【10/14】

 俺はその日、学長室でプレジデントに呼ばれて話し合いを行っていた。


「Norio。君の会社が主体となっているホープ・シティ・プロジェクトのことなんだが…。」

「何か問題がありましたか?」

「実は軍が関心を示していてね。」

「…軍ってどこの軍が?空?海?陸?」

「…2019年に再発足したアメリカ宇宙軍(United States Space Command)だよ。」

「…軍事利用するようなものを開発してるわけじゃないんですが…。」

「……それがそうでもないんだよね。君も知っての通り、あのプロジェクトは砂漠でも氷の上でも理論上展開が可能だ。つまり、月面基地も、火星基地も作れる可能性があるということなのだよ。」

 これは学長の言うとおりだった。

 しかし、それには大きな壁がいくつもある。


「真空上に展開しようとすると、空気の層を維持するための巨大なバルーン上のものか、密閉型の基地を作るしかないので、あまり巨大なものは建設できないと思うのですが…。それにいくつものブレークスルーが起こらないと水燃料発電装置や重力制御装置などの各種基幹装置が開発できるめどがついていませんよ。」


 そこで学長はある一冊の本を机の引き出しから取り出した。

 促されるままにそれを見ると、それは水燃料発電装置と重力制御装置のブレークスルーにかかる部分の論文だった。


「………こ…これは?」

「やはり君にはこの論文が読み解けるようだね。この論文はアメリカ政府から預かっているものだ。出所は明かせないらしいが、ある技術を紐解く過程で発見されたものらしい。」

 …そこまで言っちゃうと、答えを言ってるようなもんだよね。


「…これが、エリア51の研究成果ということですか?」

「まあ、出所は明かせない。しかし、今君たちのプロジェクトにこの情報を提供するとしたら、先ほどの基幹技術の製作は可能かね?」


 う~ん。これはえらいもんが飛び出てきたな。

 JFKがこの公表を焦って暗殺されたといううわさまである代物だ。

  うかつにできると言う前に、この人たちもこちら側に巻き込んでしまわないと、俺たちの身が危うくなるな。

 俺は暫し考えて学長に話しかけた。


「学長。もしこの技術が開発されるとして、アメリカ軍は地球の征服を試みたりはしないのでしょうか?」

「……これは私個人の意見だが、恐らくアメリカは、そのきっかけを長い年月をかけて待っているのだと思う。」


 …やはりそうか。

 この国で起こった同時多発テロでさえ、政府の仕掛けた情報操作だと俺はこのMITに通ううちに感じ取っていた。

 アメリカが欲しがったのは中東の石油利権だ。

 ここを押さえれば、世界を文字通り牛耳ることができるからだ。

 しかし、ここMITで現在進行形で行われている技術革新はそういうものを超越する可能性すらある。


 水燃料発電システム。


 俺の手元にそのブレークスルーに関しての『カギ』がある。


「プレジデントはどうするおつもりですか?俺たちを拘束して、アメリカのために開発させると?」

「私も長いこと技術革新の壁に阻まれて新しい研究成果が上がっていないことに少しじれていてね。そういう意味ではぜひ開発したい案件であると言える。」

 …これは全員で雲隠れしたほうがいいのかもしれないな。


「しかし…」

 学長は俺の方をじっと見ていった。


「君たちを見ていると、この政府から託されたレポートと同質の『違和感』を感じるのだよ。何かこの地球以外の力が働いているようにね。君たちがもたらした研究の向上能力はそこまでのものなのだよ。専門家特有のこだわりがない。つまり、どの研究にもニュートラルなのだよ。これは普通の研究者にはありえない現象だ。研究者にはそれを研究するための知的好奇心と理由があるもんだからね。そのこだわりが君たちにはないのだよ。」


 学長は一層、目の光が増してきた。

「それはまるで、まだ到達していない先にある『進化したAI』と話してるような錯覚さえ覚えるんだ。膨大な知識とは裏腹の無垢な好奇心と日常性。入学を許可した時以来だが、もう一度君に質問するよ。君は何者だね?」


 俺は追い詰められたのを感じた。


「そのお話をする前に、その隣室で話を聞かれている学長のご友人をご紹介いただけませんか?」

「…気づいていたのかね?」

「勿論。それも銃までお持ちのようなので、不意に撃たれるよりは目の前で撃たれた方が対処のしようがあるので。」

 すると、隣室のドアが開き、男性が数人乗り込んできた。

 手にはすでに拳銃が握られている。


「初めまして、ミスタープレジデント。それとそちらは宇宙軍大将のジョージ・レオナルド大将ですね。俺は玉田紀夫と言います。よろしく。」

 俺はそう言ってぺこっと頭を下げた。


 アメリカ大統領と宇宙軍司令官。それとSPが10名。

 SPは全員が俺に拳銃を向けている。


「私からも聞きたいね。君は一体何者だね?」

 と合衆国大統領が聞いてきた。


「そうですね。半年前まではただの高校生でした。女の子に興味があり、サッカー部に所属して毎日トレーニングを積み、妹と仲の良い兄でした。」


 俺は二人を俺の目の前のソファーに誘導した。SP達は俺の周りと大統領たちの背後を固め、俺に銃口を向けたままだ。


「しかし、その半年前の4月1日から俺には不思議な力が使えることに気づいたんです。例えばこういう能力ですが。」

 俺はSPが持つすべての武器をアイテムボックスにしまった。

 SP達は慌てて、手のひらから消えた拳銃を探し、新たに隠している拳銃を出そうとして、それらもなくなっていることに気づいて慌てて俺を抑え込もうと向かってきた。

 俺は八極拳でいなして、一人ずつねじ伏せていった。


「俺が対面で対処したいといったのはこういうことです、大統領。」

 俺は大統領を見ながらテーブルの上にSP達の武器を出した。

「俺たちは常に狙われる危険性を感じています。すでに俺の家族たちの方に向かっている陸軍の人たちも、俺の家族によって制圧されています。どうか武装解除のまま引くように伝えてもらえませんか?そうしないとMITの教授陣にも被害が及びかねません。」

 俺がそう言うと、学長は知らなかったらしく

「MITの教授陣が被害にあうということは、このアメリカに莫大な損失を生むということになる。すぐに兵を引きたまえ。マイク。」

 と、大統領に頼んだ。


 鑑定で見ると大統領とは大学時代の御学友ってやつだな。

 大統領はハーバードの出身のようだ。

 大統領はすぐにSPに指示を出して、陸軍部隊の撤収を命令した。


 俺の家族たちは俺が危険にさらされたとわかると警戒をしていて、今はプロジェクト・ラボと拠点の一室に閉じこもっている。

 俺の合図で全員が一度日本の会社に転移する手はずだった。


 俺はプロジェクト・ラボと拠点からそれぞれ陸軍部隊が撤収したのを確認してから、話を切り出した。

「大統領、それと宇宙軍司令。俺は俺たちに危害を加えない限り、俺たちから攻撃したり威嚇したりはしません。しかし、もし俺たちに手を出したときにはあなたたちはもちろんのこと、アメリカ陸軍を丸ごと地上から消すこともできるということを覚えておいてくださいね。ああ、嘘だと思うならどうぞ。後悔しても遅いですからね。」

 俺はそう言いながら、目の前のSPがこちらを撃とうとするところを見逃さなかった。

 俺は敢えて撃たれて、平然とした姿を見せた。

「大統領。あなたの周りにもあなたの指示が届かないか、受け付けない人たちが大勢いそうですね。ちょっと学長も静かなところで話すことにしましょうか。」


 俺はそう言って、年間契約しているボストニアンボストンの最上階のスウィートルームに転移した。

 そこに俺たちの仲間が次々に転移してきた。

 みんなに3人を紹介した。

「みんな学長は知ってるよね。その学長のハーバード大時代の友人の現アメリカ大統領とその隣はアメリカ宇宙軍司令官のジョージ大将だ。大統領と宇宙軍司令官。こちらは俺の家族と仲間たちです。」

 大統領も司令官も学長もきょとんとして動けないでいる。


「…今、テレポートしたのかね?」

「そうですね。ここはボストニアンボストンの最上階です。ここは年間契約してましてね。街での買い物の休憩なんかにいつも利用しているんですよ。」

 そう言って広い室内を見回した。

「今頃SPさんたちは大騒ぎでしょうね。さっさと話しを進めましょう。」

「先ほど学長から見せていただいた資料ですが。」

 と、俺は何もない空間から先ほどのレポートを取り出した。


「これは要約にすぎないと思います。この前後のレポートを見せていただきたいですね。」

「お前はアメリカと戦争するつもりなのか?」

「なんでも力で解決しようとするアメリカの大統領らしい意見ですが、そうじゃありません。交渉しようとしているのですよ。」

「お前らに屈するようなアメリカではない。お前たちに公表する資料など持ち合わせていない。」


「…なるほど。じゃあ、今日俺たちが殺されそうになった落とし前、あなたたちの命で払ってもらうことになりますが、それでいいですよね。俺たちは別にあんたの許可を求めてるんじゃない。今日の償いのためのプランを提案しているに過ぎない。」

 俺は大統領を鑑定しながら、話を進めた。

「なるほど。大統領も司令官も家族をクライアントに押さえられているんですね。まあ、いいでしょう。俺たちはこれから消えますよ。あなた方の手の届かないところへね。そうだな。もし気が変わって俺たちと話がしたくなったらワシントンポストの尋ね人欄に『手紙が見つかった』とでも、広告を打ってください。俺がそちらに出向きますので。」

 俺は学長に向きなおっていった。


「学長。こんな結末を迎えてしまって大変心苦しいのですが、これがアメリカなのでしょうね。またお会いして、今度は人類の未来について話ができることを楽しみにしています。教授たちにもよろしくお伝えください。」


 俺はそう言うと家族と共にまずは会社のマンションに転移した。


「あ~あ。やっちゃったね。」

 と、美香。


「うん。いきなり軍でみんなを拘束しようとするなんて思ってなかったからね。

 時間もないことだし、手分けして動くよ。

 まず俺と翼と義男と源さんと五郎さんで大統領のクライアントをつぶしに行きます。

 すでにその拠点の情報は手に入れているんで、手分けして当たればすぐだと思います。

 目標はすべての権限のはく奪。できればそのクライアントたちは生かしておいてください。

 その陰にうごめく連中もまとめて駆除するつもりですから。

 監視はドローンをつけておいてくださいね。」


 俺は美香としおりたちを見た。

「美香やしおりたちは、取り急ぎどこかで拠点を確保してくれ。

 アメリカでも日本でもどこでもいい。

 300人ほどが暮らせる場所があればいいから。

 なければ義男と源さんに作ってもらうよ。」

 そう言って源さんと義男を見た。


 その後母さんたちを見て。

「母さんたちはとりあえずホープマンションの住人を守ってほしい。

 拠点ができ次第、そこに転移するからね。

 俺のスキルの使用制限はホープマンションの住人にもすべて開放するように設定したよ。

 転移や透明化など、使える手はどんどん使って逃げてね。

 それと相手はなるべく殺さないように。ケガぐらいはいいからね。」


 俺はそう言ってそれぞれに指示を出し、俺たちは5分足らずで、それぞれが目指す場所に転移していった。

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