日常・2 + 遭遇
私たちの日々のタスクはまず月面の調査からはじまる。暗闇の中だと帰り道がわからなくなるから、陽の当たる時間を選ぶ必要があるからだ。
GPSも5Gもここにはない。無人運転のこの時代でも、月ではハンドル操作を必要とされる。加えて探査車はトラックタイプで後部車両に多くの調査機材を積み込んでおり、傷つけるなんて論外だ。
本来であれば古式ゆかしく助手席がナビ役を務め、運転手がハンドルに専念する。そのために座学の成績が高いほうを助手席に、実技の成績が高いほうを運転席に乗せる規則まで存在する。するのだが、私はユアのせいで、一人二役を演じるはめになっていた。
「We all live in the yellow submarine, yellow submarine, yellow submarine......」
ビートルズのイェロー・サブマリンをユアは歌って、リズムに身を委ねている。カーステレオで原曲を流しながらそんなことをされると、まるでピクニックに行くみたいに思えてくる。思えてくるだけで、私にはそんな余裕はない。
慎重に路面の岩やクレーターを避けながら、メインモニタのマップを外の景色と見比べる。マップには東西南北のほかに基地から発信される電波の向きが表示されており、これをみて進路を調整し、目的地への最短距離を行かなくてはならない。
専念できるなら私も苦しいと思わないが、細かいハンドル操作と合わせるとこれがなかなか厄介な作業になる。正直言って、負担が大きい。風景が単調なのもあってなおさらだ。
月面には現在四社が基地を設け、それぞれ独自に調査している。しかし行動圏は重なっておらず、互いの姿を見ることはない。月面はアポロ計画の当時と変わらず、無機物たちの楽園だ。加えて今日の日付ととった進路の関係から、この辺りは地球が見えづらい角度だ。見渡す限り、白と黒。宇宙の暗黒と、太古から変わらない純白が視界のすべて。
もちろん月面には起伏があり、また岩石も大小様々に存在している。それらが太陽光で壮観な陰影を作り出してもいる。平地を行くわけではないから地形の変化の楽しみもある。だけど一年も似たような景色と暮らしていれば、流石に慣れてきてしまう。
高速道路をずっと走り続けているとだんだん眠くなってくるように、私も、少しずつ意識がぼんやりしてくる。
必死に意識を保とうとしても、気が滅入っている日はダメだ。気付かぬうちに操作が荒くなっていて、見えていたはずの岩石が手前に来るまで気づかないこともある。
そして今日は、そういう日だった。
今朝の通信のせいだった。ピート。あの顔を思い出すだけで疲れてくる。そのせいか、出発から十分もしていないのに、まさにその事態が起きた。このまま進めばタイヤが岩石に乗り上げることに、私は直前で気がついた。
慌ててハンドルを切りつつ車の姿勢を維持する。思いの外大きな弧を描いてしまい、慣性で体が傾いた。
「うわっ」
姿勢を崩したユアが扉に肩をぶつけた。うめき声を上げたあと、宇宙服のヘルメット越しに私に頬を膨らませる。
「安全運転だよ、マイ」
「だったらナビ仕事してくれるかな……」
「それはそれ、これはこれ」
ユアは苦笑いでお茶を濁すと、また歌い始めた。
「あのねえ……仕事なのよ」
「仕事だけど、それがなに? ここは月だよ。人の目を気にしなきゃいけない地上と違ってぜんぶ自由なんだよ? ラクにいこうよ」
「事故、起きてもしらないから」
「ちょ、じょ、冗談だって。だいたいまだ十分じゃん、いつもならこんなことないでしょ。ちょっとでも肩の力抜けないかなと思って……」
「言い訳無用。それに、過ぎたのは二十分。ただでさえ出発前にゲームしたいって言って予定より遅れているのよ?」
「わかったよ、いつもみたいにするから! うう……」
ちょっと泣きそうな声でユアが手元のコンソールを操作する。助手席側のモニタにこちらと同じマップが現れ、ユアは姿勢を改める。
満足して思わず溜息が出る。途端にユアは不満そうな声を発した。
「……だって、別に監視されてるわけじゃないんだしさ……」
「だからってなんなの」
「いや……ラクしたっていいと思わない? マイはわたしからみたら気張りすぎだよ」
「ゲームを夜通しやることが気張らないことかっていったら、それもどうかと思うけどね」
「勝てないからしょうがないじゃん!」
「リセットに頼ってばかりだからよ。ピンチになっても踏ん張って、どう戦うか考えればいいのに」
「ゲームは現実じゃないから楽していいんだよー、だ」
「だったら現実でくらい楽しないでよね。ユア、最近筋トレサボってるでしょ。こんど付き合いなさい」
「えーっ?」
「1G下並みの筋肉を維持することが私たちの義務! 健康診断で引っかかって強制送還されてもしらないよ」
「うええっ!? はあ……わかったよ……」
ユアはちらと私を見た。ヘルメットの奥で上目遣いだ。こういうときはきまって同じことをいう。
「……べつに歌くらいはいいでしょ?」
私は、その目に弱かった。
茜色の髪越しの、、紫がかった黒い瞳。はじめて出会ったときから変わらず、きれいな、濁りのない色をしている。それでまっすぐ、私を見つめてくるのだ。
溜息まじりに頷くと、ユアは一転して笑顔になって、またジョン・レノンに合わせて歌いだす。なんとも楽しそうな様子だったから、思わず口を挟んでしまった。
「本当に好きなのね、その曲」
「え? だってぴったりでしょ、わたしたちに」
「え?」
「だってわたしたち、『黄色い船』で『太陽へ向かって漕ぎ出し』てるんだよ。まあ、求めるものは緑の海じゃあなくて、モノクロームの岩の海の、その下に隠れたものだけど」
一瞬、わけがわからなかった。だけどループ再生して最初に戻った歌声を聞いて、ユアの言いたいことがわかった。
「……だから黄色く塗ったのね!?」
「気づいてなかったの? マイもまだまだだね」
ユアの笑い声を聞きながら私はサイドミラーを見ていた。
鏡には、黄色く塗られた車体が写り込んでいた。
○
「そろそろS12に差しかかるけど」
ユアは手元のコンソールを操作した。メインモニタに表示されていたマップが切り替わり、拡大された地形図になる。いくつかの操作が加わって、昨日の探査範囲が色分けされた。
月面調査はまず前回の最終地点へと向かい、それから次のポイントへ移動する。昨日はS12で終わったから、今日はU1へと向かわなくてはならない。
「どうする? 東へ行くとよその庭に入るよ」
「月の裏側に行こうと思っていたかな」
「ええ? どうして」
「ちょっとね。公共領域だから問題ないはずだし、そっちへいけば既知の地質調査と比較できるし……気になる話もあったし」
「だったら昨日と同じところでもいいじゃん」
「ダメよ」
「どうして」
「どうしてって……それは、同じところだし……」
「理由になってないよそれ!」
ユアは私の腕に抱きついた。宇宙服の重みで操作に支障が出る。
ハンドルを切りそこねて岩場に突っ込みそうになる。
慌てて右腕をハンドルから離して左手で揺れを抑えながら、進路を変える。
「ちょ、ちょっと――!」
ユアは私の腕にしがみついたまま言い続ける。
「早めにノルマを済ませられるよ? そしたら基地でのんびりできるじゃん。新しい地域の調査をやってもどうせ再調査するんだしさ、開発業務のタスクもあるし」
「わかった、わかったから離れて」
「裏側行かない?」
「行かない!」
「昨日と同じところ行く?」
「行くから!」
「やったあ!」
ユアはきゃらきゃらと笑った。
「じゃあ最初はS12ね。あそこ、平たいし、なにもないしラクだよ」
「はいはい、ああ、もう……どうして断れないかな、私……」
ユアが離れたので両手でハンドルを握りなおす。S12から逆走するルートを出すようお願いすると、手早くユアが操作を終えた。
見知った進路なら間違えない。肩から力を抜いていると、ユアが宇宙服の袖を引いた。
「今日こそ一緒にゲームしようね。今度は勝つから、わたし」
「ダメ」
「なんで?」
「先にラボで仕事するから」
「真面目、生真面目、大真面目」
「なによそれ」
「息抜きも大事だよ、マイ。ただでさえいつも岩石みたいな性格してるんだから。出会ったころは人形みたいだったじゃん。今日、そんな感じだよ」
「そんなことないわよ」
「ピートになんか言われたんでしょ」
思わず言葉に詰まる。ユアの瞳がまっすぐに私を見つめている。ちゃんと見てくれているんだよな、なんて、何度となく再確認させられたことを改めて思い知らされた。
「わかってるならなおさらよ……余計な口出させないためにも、頑張らないといけないんだから」
「わかってないなあ、マイは。それじゃ能率が下がるっていってるの」
「休憩は十分とってるわ」
「仮眠で足りるわけないよ。マイはさ、なんていうか、機械を理想にしてるみたいだよ。ただ命令を実行するだけでいいなら機械でいいよ。でも私たちみたいなやつらでもいいから、手段を選ばず、わざわざ人をこんなところに送りこんだ。人材の有効利用の側面もあるだろうけどさ、期待されているのはもっと別のものじゃないかな」
「珍しく真面目な口調じゃない……じゃあユアの意見を聞かせてよ」
「言われなくても話してあげる。わたしたちにしかできないことはね、それは遊びなんだよ、マイ。命じられたこと以外を思いつきでやってみる。成功しても失敗しても、結果はいったん脇に置く。馬鹿げたことでもやってみる。それが期待されているんだよ」
「怒られるのは私なんだけどな」
「ユアだって定期通信たまにしてるしおあいこだよ」
「へー……最後にやったのはいつだったかなー……?」
「マイのいじわる。それなのにゲームは強いんだからイヤになっちゃうよ。ほんっと不思議だよね。遊び心はないくせに、遊びは得意なんだもん」
「最適行動を心がけてるの。遊び心だけじゃあ勝てないの。ほら着いたわよ、仕事にかかるぞ」
「はいはーい」
車両を停めてから、サイドブレーキのそばに投げ出した操作パネルを取り出す。画面を操作して後部モジュールを起動する。コンソール上部の液晶に、実行の文字が表示された。
「現時刻、午前九時三四分。これより調査作業に入る」
音声入力を読み取って、液晶の隅のほうに浮かんでいたログが更新される。そのまま操作を続けようとして、ふと、窓の今朝の記憶が蘇った。
一時間も座りっぱなしだと思うと、ひどく嫌な気分がした。
「細かい操作、まかせた」
「え?」
衝動的に私はパネルを押しつけていた。返事を待たずドアを出る。外へ出るとヘルメットのスピーカーから、ユアの不満げな声が響いた。
『わたし外降りたいんだけど』
「いつも私がやってるでしょ」
『今日もやってくれていいじゃん。さっきまでそんなそぶりなかったし』
「いいじゃない。私にだってわがまま言わせてよ」
『……珍しいね、マイがそんなこと言うなんて。規律とか手順とかうるさいのに』
「いいでしょ、別に……それにゲーム上手くなるかもよ」
『ウソ! え……ウソだよね?』
「さて、私とマイの違いはなんだろうな」
思い出すのも嫌だったから話題を変えると、マイは思いの外食いついた。
『……わかった、やる』
どこか演技くさかったけど、それも含めて、笑ってしまった。
「手順通りにやればいいから」
太陽の位置に注意しながら少しずつ後ろへ下がっていく。ちょっとずつ光の当たり具合が変わっていって、車両の色が、はっきりわかるようになる。
青い惑星の見えないここでは、ユアの手で塗られた黄色だけがただ一つの色だった。
そのことが、今日は妙に気にかかる。
本当の理由がわかったからだろうか。
ユアが車両を塗装したとき、驚いたと同時に納得したことを思い出す。
ユアの明るい栗色の髪と、はつらつとした笑顔と、黄色。
その取り合わせはとてもしっくりくるもので、ウソみたいに華々しかった。
そういえば、あのときはじめて、月面に来て笑ったっけ。
もう一年も前のことだ。
懐かしんでいると、荷台の側面が展開し、四本の接地足が月の地面を噛む。ヘルメット越しに鈍い音と振動が伝わってくる。
ウイングサイドパネルが展開し、中からドリルとアーム、それからボーリングマシンといった、いくつかの機械が露出していく。
その緩慢な動作を眺めていた私は、思わず息を呑んだ。
降り注ぐ太陽の光を浴びた機械たちが、いっせいに極彩色を呈してみせたからだった。
モノクロームの世界に咲いた花々が色の塊となって、視界を通じて、私を叩く。
ぜんぶ、ユアの手で塗られたものだ。
「……これって……」
『あ、バレちゃった……いや、その……だって見た目、イヤじゃん。月と同じ白黒でさ……こっちのほうがいいと思って。性能には支障ないんだしさ』
慌てた様子でユアが言い訳する。
怒ってないわよ。なんとかそう言ったあと、数秒、マイクをミュートする。
胸の内側からこみ上げたものが、喉を震わせていたからだ。
白と黒の世界に現れた色づいた世界。ただそれだけのはずなのに、ひどく胸が揺さぶられていた。
「全部、ぜんぶ、ユアの色だ……」
惹きつけてやまない色。私の死んでいた心を埋め合わせたもの。
月面で、私を満たしてくれたもの。
それに、気がつく。
妹が亡くなって以来、私の世界ではあらゆるものが輝きを失っていた。ぜんぶどうでもよくなって、ただ生きるために生きた。
だからはじめは、この月での日々にもロマンなんてなかった。訓練センターで宇宙のことを学んだとき、この白と黒の世界こそ、私にふさわしいと思った。
それを、ユアが変えてくれた。気付かないうちに……少しずつ、じわじわと。
そのことに、たった今、気づいた。
熱い気持ちが胸いっぱいに湧き上がった。単純で、真っ直ぐな気持ち。そんなものが自分に残っていたのかと思って、ひどく驚いてしまった。
ひとしきり笑ったあと、マイクのミュートを解除する。呼びかけてくるユアに、笑ってた、とウソをつく。
半分ウソだし、ウソじゃないだろう。
「本当に怒ってないから。ごめん、なんかすごく笑えてさ」
『そんなに変だった、色? いや……そうじゃなくて、その、ほんとに怒ってるなら、怒っていいからね』
「だからそうじゃないってば。まあ、いつか話すよ」
いつか何かでお返ししよう。そう思いながら、ユアに呼びかける。
「とにかく手順通りにやればいい。ボタンの順序を間違えなければ、あとは機械が自動でやってくれる」
『手順って、えっと、なんだっけ』
「ボーリング、エコー、ガンマ線とX線」
『順番は?』
「できればエコーからがいいけど」
『わかった。えと……どれ押せばいい?』
「ふだん触ってるじゃない」
『いや、わたしが触るのは補助的なものばっかりだし……あっ』
「え?」
荷台の床面が開いた。
ボーリングマシンが回転しながら降りていく。
ヘルメットのスピーカーから、泣きそうな声が聞こえてきた。
『あ、あ、どうしようこれ』
「落ち着いて、別に慌てなくていいから」
『ほ、ほんと?』
「うん。順番も決まってない。それにここ、昨日探査したでしょ? とくに何かあったわけじゃないし。失敗しても問題ない」
『う、うん。でも、ごめん……』
「いいってば」
マシンが地面の掘削をはじめる。一度はじめたプロセスは中断するより達成したほうが後の操作が楽だ。止めないようにユアに指示する。この作業が完了したらポールを打ってエコーを行えばいい。
静かに作業の終了を待っていると、ユアが話しかけてきた。
『……マイ』
「うん?」
『なにか話してくれない? 落ち着かなくて……声、聞いていたい』
いつになく弱々しい声だった。甘えることはあっても芯の強さを感じさせる態度を見せてきたユアだから、そうとう参っているらしい。さっそく恩返しのときが来たようだ。
私は少し考えて、ふと、宇宙服の下の腕時計のことを思った。
「ねえユア、私がどうして子供っぽい腕時計をつけているか、話したことあったっけ」
『ううん。なにか理由はあるだろうと思ってたけど……聞かれたくないだろうと思って』
「これ、妹の時計なの。事故で亡くなった」
『……そうだったんだ』
「うん。ただ一つの形見がこれなの。でね、この時計は事故のときから、ずっと動き続けてる。家族みんな、いなくなって、これだけになって……そのとき思ったんだ、私。この時計が私の命なんだって。この時計が動いている間は、妹も生きてて、私も生きてられるんだって。でもこれが止まったら最後、きっとそのときから、家族が生きていたときの私という存在は終わってしまうんだろうって」
『ちょ、ちょっとマイ、やめてよ。余計に緊張しちゃうじゃん……』
「ごめんごめん、でも言いたかったのは違うことで……さっき、笑ってたのはね、そうじゃないんだって思えたからだ、ってこと」
『それ、どういう意味?』
「ユアが塗った色、本当に最高だった。ユアの色って感じがした……生きていけるって感じがした。ユアと過ごす時間は二つとないんだって思えたの。……だからね、これからも――」
『――あっ!』
焦った声。
作動していたマシンが不自然な挙動をした。掘削の途中で逆回転が始まったかと思ったら、ふたたび深く降りていく。その動作に合わせて、なぜか二つの調査装置が、アンカーを打ち込む準備プロセスを開始する。
X線調査とガンマ線調査に使用する二つの機械が、それぞれ信号を黄色に変える。あと二プロセスで電子線を照射するという信号だ。
「ユア? ユア、返事して」
『どうしよ……いや、違う、ホームに戻って詳細操作を開けばいいんだよねこれ、前、やってるのみたことあるし……』
嫌な予感がした。
「ユア、そっち行くからなにもしないで」
『い、いいよ! 一人でやれる。マイにばっか頼ってられないもん。マイが褒めてくれたんだから、わたし頑張らなきゃ――』
「ユア、だいじょうぶだから。無理しないで」
『無理なんかじゃ――あ、ああっ!』
ヘルメットが振動して音を立てた。咄嗟に顔をかばったが、衝撃で思い切りふっとばされた。
反響がひどい。これは、エコーか?
体が宙を浮かび、しばらく飛んで、地面に落ちる。
地中で発するはずのエコーを作動させたらしい。
身を起こして、息を整える。耳元から聞こえる声がノイズだらけになっていた。
「ユア? 聞こえる?」
慌てふためく声しかしない。ユアは興奮すると、少しパニック気味になる。ゲームでいつも私が勝つのも、マイのこの悪癖のせいだ。
咄嗟に、運転席に向かって走る。岩に足を取られないよう、できるだけルートを選んで、重たい体を前へと進める。
露出した機械たちが、傍目にも異常を感じさせるほどでたらめに動いているのが見えた。ボーリングマシンとドリルが同時に月面を抉っているし、ついでにエコー用のポールまで上下している。本来ならばあれを地面に打ち込んで、それを激しく振動させて、地中の様子を調べるのだ。
さきほど地上でエコーを発生させたからか、荷台の下には小さなクレーターができている。そこをドリルが掘り進めている。そのせいだろうか、ヒビが入っているように見える。
下手をすると崩落する。
嫌な予感がさらに増す。
「ユア? ユア、何もしないで。触らなければ、動かないから」
『あれ……な……れって……空洞……』
普段なら冷静に判断を下せるけれど、こうなったらゲームのときと同じだ。ユアはコントローラを離さない。私はヘルメットを何度か叩いてスピーカーが直るよう祈りながら、想定より離れていた自分を強く戒める。
『マイ、これ、変だよ』
とつぜん音声がクリアになった。私が口を開く前に、コンソールをいつになく真剣なマイの声がスピーカーから続けられた。
『ここ、下に空洞がある』
「え?」
顔を向けると、ちょうど、地面の一部が崩落した。
それはしかし、左右に崩れるようなことはなく、真下に向かって落下した。
下に空洞がある証拠だった。
「……なにこれ……」
『地中十五メートルから……半球状かな……もっと深くまで続いてるみたい。それと、……二十メートルのところになにか反応があるみたい、なんだけ……ど、え、あれ? エラー?』
忘れかけていた危機感が再び浮上する。
『マイ、これどうすればいいの? わたし、わかんない、マイ、マイ』
「ユア、お願い、なにも――」
声の途中で、視界にチカチカと光が見えた。新たに機械が作動していた。その二つには見覚えがあった。
いつも最後に使用している、X線とガンマ線。
まずい、と思ったとき、光が見えた。
機器の作動を示す緑と赤のランプ――それが突如、真っ青になった。
機器だけじゃない。世界のすべてが青色に変わった。
危ない。そう思った瞬間、奇妙な感覚が体を襲った。
私は根拠もなくそれが理解できていた。
私は、肉体から押し出されていた。
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