4話その3

「普通は査定すべきなんだけど、ここまでホワイトだと今は最悪ね…」


彩愛は頭を抱えていた。


先日異世界転生者によって中世市の一部が壊滅的な被害を受けた。


追い討ちをかけたのは彩愛なのだが、宙曰く意図的に狙われた建物があり、その建物は日本のプロeスポーツチーム[J warriors]の本拠地であったのだ。


意図的に狙われたという点から[J warriors]に恨みを持つ人間が犯人だと推測し徹底的に調べ上げたが、引退した人間はそれなりにいても、チームの絆を第一とした取り組みが原因で、そんな人間は一人もいそうに無かった。


藁にもすがる思いで引退した人間のその後を調べたが、どれも順風満帆な人生を送っていた。


「あーもう!ここと戦った他のグループも国内外問わず肯定的に思ってるし、こんな良いところを意図的に狙うなんて何処のどいつよ!」


あまりのホワイト団体差に彩愛の怒りは爆発した。


「切矢さんは動画広告編集課の方に行ってるし!士に限っては…」


「ジャパニーズベストカルチャーに喧嘩を売ったからには、ジャパニーズ害悪オタクが許さない」


「なんて親の仇でも取るような顔で言ったきり帰ってこないし、もうどうすればいいのよ!」


彩愛の怒りは小さな会議室を超え、一流企業全体が震え上がる程であった。





動画広告編集課、宙はインターンのためここで働いているので、二人に比べればこちらに肩入れしなければならなかった。


どこにでもいそうな普通のサラリーマン、田中真侍たなかしんじとともに、物置部屋のような部屋でパソコンを操作していた。


宙のただでさえある威圧感が、今日はより一層あるような気がして、真侍しんじは隣に上司でもいるような感覚であった。


宙は先日、本拠地を破壊されたeスポーツチームに所属していた、枝木英介えだぎえいすけが学校に来なくなったという噂を聞いた。


大切な夢を砕かれ、誰とも関わりを持ちたくなくなり、引きこもってしまったらしい。


以前、ゲームを取り上げられたからといって自殺し、異世界転生者になった者がいたように、彼もまた人生の核を成す部分を壊され廃人同然になってしまったのだろう。


宙はこれまでの人生、大抵の事はそれなりに出来ることもあり、熱中したものは何一つ無かった。


だがたとえ周りからなんと言われようと、何かに一生懸命取り組む姿を間近で見てきた彼には、今回の異世界転生者の行いが許せなかった。


宙の静かな決意によって滲み出る怒りと殺意は、同じ部屋にいる真侍の体調が悪くなるほど凄まじいものであった。






「eスポーツは新しい時代の形だぁ…そいつに喧嘩を売るってなら、[ぼ]から始まって[く]で終わるスポーツで叩きのめしてやる…」


中世市を歩く、士から今すぐにでも人を殺しそうな殺意が町中の人に伝わるほど溢れ出していた。


「とりあえず町中のゲーセンに行ったはいいが、変に思われてそうなやつなんて山程いるし、犯人の目星がつかねぇぞ…」


士は怒り狂いながらも悩んでいると、電流が走ったような感覚が脳裏に過ぎった。


「しゃぁぁぁ!!!ぶっ殺す!」


異世界転生者が来たと知り、士は殺意を剥き出しにしながら裏路地に入ると、全身から出てきたコールタールのようなドス黒く泥のような液体が彼の全身を飲み込んだ。


泥は走った空気抵抗で剥がれ落ち、生々しい手足と関節に鋭い牙、動きやすくも頑丈そうな真っ黒な装甲、そして宝石のように輝く黒い目を持った蝙蝠のような怪物が誕生すると、すぐさま翼を展開し上空へ飛び立った。


察知した発生源からそれなりに距離があったとはいえ、地上から悲鳴が聞こえると一直線にその場に降りた。


「クァァァァ…!異世界転生者はいねぇがぁ…!」


見た目と口上からどっからどう見ても悪役なのだが、榴咲士はこの作品の主人公です。良いやつです。


しかし士が更に悪役に思われてしまうような言動をとってしまう惨状がそこにはあった。


なんと煙を上げているのは、アニメとか声優のグッズを専門に取り扱う店であったのだ。


「フッフフ…今回の転生者は視力を下げて全身の骨を折った後に、ゆっくり酸素濃度と体温下げて殺してやる」


もう主人公が絶対言ってはいけないような殺意が込もった台詞を言いながら、士は燃え上がる店へと入っていった。


そこには、金髪と銀髪、服装、顔つき、帯刀している剣まで瓜二つの少女が魔法陣から出る光線で大量のアニメグッズを焼き払っていたのだ。


悲劇の場面を見た士から凄まじい殺気が溢れ出し、二人の少女が殺気に気づき振り向いた時には士の鋭い爪を使った手刀が銀髪の少女の背中を貫いていた。


銀髪少女の体を貫いた手刀をすぐに抜くと、突然のことに驚く金髪の少女の首を鷲掴みにし、翼を広げ飛翔し、金髪少女の顔を天井に叩きつけた。


士はそのままボロボロの室内を飛行して、天井に押さえつけた金髪少女を引き摺りまわした。


そして金髪少女を壁に押さえつけると、空いている方の手を握りしめ、満身創痍の彼女の顔面を何度も殴った。


当然触れたものの単位を一秒で一つ減らす能力で体温を減らしているが、そんなことをしなくても金髪少女は絶命していた。


「おい!ギーニャ!キーニャ!大きな音がしたんだが大丈夫か!?」


二階から降りて来た赤髪の好青年の声が耳に入ると、次の標的に標準を合わせるかのように士の顔がゆっくりと赤髪の好青年に向いた。


「キーニャ…!クソッ!この化け物め!」


赤髪の好青年は士が壁に押さえつけた全身血だらけの金髪少女の死体を見て怒りを露わにすると、手の平から魔法陣が出現し士へと光線を放った。


光線は士に直撃し、魔法による爆発で天井付近にいたのもあって一階と二階が開通してしまった。


「キーニャ…仇は取ったぞ…」


赤髪の好青年は安堵していたが、爆煙の中から真っ黒なものが飛んできた。


それなりの重量があり、激突後赤髪の好青年は壁に背中を打ちつけた。


赤髪の好青年は飛んできた真っ黒なものが気になり確認すると、それは全身丸焦げの人形だった。


しかも焼き切れそうな髪の色に金髪が混じっているように見えた。


「まさか!彼女は!」


赤髪の好青年が丸焦げ人形の正体に気づいた瞬間、士が金髪少女が帯刀していた剣を持って爆煙から飛び出してきた。


赤髪の好青年は咄嗟に剣を抜き、二人の刃が激突した。


「まさか…貴様キーニャを…!」


「そのキーニャってやつは最低のことをやったとはいえ、最後に役に立ってくれたんだ、銀髪のやつと違って地獄行きにならないかもな」


「この外道が!」


「じゃあ外道でいいや」


怒りに燃える赤髪の好青年の体を士は階段の下へ蹴り飛ばした。


「んー?やっぱ自前が一番だな」


士は奪った剣を投げ捨てると、腰から黒い鞭を取り出し、何度かしならすと鞭は硬化し、黒く細長い剣になった。


黒い剣が完成すると、士は刀身を撫で階段から飛び降りた。


「俺と剣で争うつもりか?俺は世界で二番の剣士コージーだぞ」


「そんな異世界の称号よりも税理士の資格とかの方が絶対価値あるからな」


「わけのわからないことを!」


コージーが斬りかかると、士は彼の動きを見切りながら、すれ違いざまにコージーの腹部を斬った。


さらに痛みで怯んだコージーの隙を見逃さず、すぐさま彼の片腕を斬り飛ばした。


悲鳴を上げるコージーの背中を士は容赦なく蹴り飛ばし、倒れるコージーを踏みつけながら黒い刀身を首元へ近づけた。


「何でこんなひでぇことをした」


「キーニャをあんな風にしたお前にだけは言われたくはない…」


「あぁん!?」


言われて当然の反論に対し士は威圧的な態度を取った。


「とっとと言えよ、俺まで生き埋めになるぜ、なぁ!」


士は怒声に合わせてコージーの肩に黒い剣を突き刺し、中の肉を掻き回すようにぐりぐり捻った。


「あぁぁ…!こんな醜い施設を破壊しろと我が友が…」


「その我が友は何処だ…!?」


「騒がしい雑音と民達が箱の前に座って手を動かす場所だ…」


「……なるほど、もうお前いいや」


士はコージーが言った場所が何処か理解すると、背中から足を外し出口へと歩いていった。


コージーは拘束を解かれ、ふらふらに成りながら立ち上がると、士は地面に黒い剣を突き刺していた。


士の謎めいた行動にコージーは唖然としていると、彼の目の前から黒く硬い紐がもの凄い勢いで生えてきた。


黒い紐は何度も天井と床をバウンドしながら、コージーに襲いかかり、ろくな抵抗もできないまま彼の体を貫いた。


黒い紐は士と破損したアニメグッズを避けながら何度も床と天井を跳ね返り、死体と化したキーニャとギーニャ、そしてコージーの体を何度も貫いた。


崩壊しそうなアニメグッズショップの中心に黒い紐に串刺しにされたコージーの死体が見せしめのように晒された。


そして士が指を鳴らすと、黒い紐が粉々に砕け散り、コージーの死体が床へ落ちた。


しかし士の全方位攻撃で建物の損傷が一気に進んでしまい、天井が崩壊した。


士は出入り口から外へ出ようとしたが、破損したガラス越しにもわかるほど大量の警察と少数の消防隊がいたのですぐに断念した。


士は今にも崩れそうな階段を駆け上がり、日が差し込んでいるのが見えた瞬間、翼を広げ空へと飛び立った。


もの凄い速度で空へと飛び、上空から町を見ると、大きな煙が何個も上がっていた。


士はすぐさま煙が上がっている場所の中で一番近い所へ飛んで行った。


五分もかからないうちに燃え上がる建物が目視できる距離まで近づくと、消火活動が行われていた。


外には太った男性から若い女の子まで複数の人間が軽い火傷を負っていた。


ここに来る途中、サイレンの音が町中を覆うように響いていたため、建物だけでなく人間にまで危害を加えた異世界転生者の悪質さがよく伝わってきた。


「ざっくりとした目的は何となくわかったけど、今回の件はマジで急がないとヤバいな、このままだと中世市は確実に滅びる。とりあえず今は人手不足極まりねえし、異世界のやつが迷惑かけた事なんだ。今回は柄でもない救助活動でもしますか」


士はことの深刻さを深々と感じとると、一番近い煙が上がっている場所へ猛スピードで飛んで行った。

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