4話その2

「セミナーとかマジだりぃ」

「就活、フェスの時には忙しく無いよな…フェス行けないとかそれだけは嫌だ…」


大学三年となり、就職活動という人生を決める大きな試練を前に三年生は活気が出て…いなかった。


それはサイボーグのように無表情で屈強な男、切矢宙きりやそらも同じ…ではなかった。


彼は異世界犯罪対策課に入る条件としてエデンコーポレーションの内定を一年時から取り決めており、あきらはおろか真侍しんじにすら言ってないが、実は動画広告編集課の仕事はインターンであるのだ。


それにアニメやゲーム業界が栄えている中世市なかよしでは、もう就職先が決まっている人間は一割にも満たないがそれなりにいる。


役者に作家、最近ではプロeスポーツチームに所属が決まった者までいるので、早めの内定は他の町と比べるとあまり恨めしく思われたりはしないのだ。


もっともそれらは世間一般では不安定な仕事と言われるものが多いため、大手企業の内定がほとんど決まっている宙は絶対鬼の形相で睨まれるであろう。


まあ彼らの就職先なんて宙には関係無いので、下校後そのままインターン先であるエデンコーポレーションに向かうため電車に乗った。


しかし、後半分というところで宙の脳裏に電流が走る感覚がした。


この世界に異物が割り込んで来た合図、すなわち異世界転生者が地球にやってきた警報だ。


エデンコーポレーションの最寄駅より先だが、このまま電車に乗った方が早く着く距離のため、まずは異世界犯罪対策課の二人に連絡をした。


宙 「転生者が来たな。俺は行けるが他には?」


士 「講義サボれそうに無いっす。後五十分…」


彩愛 「私は行けるけど、市街地ならろくに戦えないです」


宙 「わかった。俺一人でやる」


彩愛 「了解、私もヒロイン共がいないか上から見ています」


士 「講義終わったら速攻で行きます!」


宙がチャット内容の確認を終えた頃には察知した場所の最寄駅にもう直ぐ着きそうであった。


そしてついに最寄駅に着き、電車から降りた瞬間。


察知した場所付近から凄まじい爆発音が鳴り響いた。


突然のことに周囲の人々は動揺し、パニック状態に陥っていた。


そんな中宙だけは、冷静差と焦りを抱えながら爆発音がした場所へと走り出した。


爆発音は何度も聞こえ、そこから離れようとする人々が雪崩のように逃げてきたため、思うように前に進めず、遠回りだが人混みを考えると近道である裏路地に入り爆発音が鼓膜に響く距離までやってきた。


宙は裏路地の影から様子を伺うと、顔立ちは整っているが荒々しそうな男が嬉しそうに手を開いたり閉じたりしていた。


それに呼応するように建物が爆発し、何の建物であったかわからないほど倒壊していた。


兵器にしては数秒のずれもない爆発からあの男が異世界転生者だと宙は確信した。


人々が逃げただでさえ人気のない路地裏にいる宙の足元から黄金の魔法陣が現れた。


魔法陣が上に上がるにつれて、宙の体は黄金の結晶に包まれた。


魔法陣が頭の上まで上がり、宙の全身が自動販売機ほどの大きさの黄金の山になった瞬間、黄金の山から大量のヒビが入り木っ端微塵に砕け散った。


その中から、コブラのように横に広がった顔の中心に金色の光が目であるかのように八の字で照らされ、四肢が複数の蛇に巻きつかれたような捻じりと鱗、そして全身を纏う重々しい黄金の鎧の中心にある円から虹色の輝きを放つ重厚な蛇の化け物が現れた。


蝙蝠の化け物と化す榴咲士同様、このマッシブな蛇の怪物と化したのは切矢宙だ。


宙は変貌してすぐさま両手から黄金の拳銃を生成すると、裏路地から飛び出し異世界転生者に発砲した。


「…!うぉっ!危ね!」


異世界転生者は銃声で気付いたのか、間一髪黄金の銃弾を避けた。


「なんだぁこの化け物?まさか地球にもこんな魔物がいたとはなぁ」


「町を破壊するお前の方がよっぽど化け物と思うがな」


「ハッ!こんな社会のゴミ箱を壊してやったんだ。俺は地球と異世界を股にかけるヒーローだぜ」


「お前がいい奴ではないことはわかった。少々痛い目に遭わせるぞ」


反省どころか自慢げに破壊活動を査定する異世界転生者に宙は拳銃の引き金を引いた。


しかし異世界転生者は軽い身のこなしで銃弾を簡単に避けると、宙の方へ手を開きながら伸ばした。


「バン!」


異世界転生者が声を上げながら手を閉じた瞬間、宙の体がいきなり爆発した。


突然のことで防御すら出来ず、宙は後方へ吹き飛ばされた。


致命傷ではないが何度も受けれるほどの威力ではなかった、しかしなんとなく転生者の能力がわかってきた。


手を開いて閉じる動作で爆発を起こす能力。


今回の転生者はその能力で建物を破壊したに違いない。


「おい、まだくたばってなかったのか?ほらバン!」


転生者の動作に合わせて宙はその場から離れると、先程いた場所が爆発した。


「見えない爆弾か場所が爆発するかのどっちかはわからんが、手を攻撃すれば能力は使えなくなるだろう」


宙は純鈍な体でギリギリ爆発を回避しながら、黄金のライフル銃を生成した。


作り終えるとすぐさま転生者に向けて発砲した。


「バン!バン!バッあぁぁ!!!」


適当かつ片手で発砲したのもあって転生者の手ではなく肩に当たったが、当たらないのよりはマシだろう。


「あぁぁクッソ…これじゃあ爆破できねぇ」


血が流れる肩を押さえながら、転生者は苦しそうな顔をしていた。


当然その隙を見逃すわけはなく、宙はライフル銃を外さないよう両手で構えて引き金を引こうとした。


その瞬間、転生者はニヤリと微笑むと無事な方の腕を前に出し、その手を開いて閉じた。


「バン!」


宙は爆発に直撃し体から煙を出しながら後方へと飛ばされた。


だが士のような両手で能力が使える者が身近にいるため、想定内の出来事だった。


宙は爆煙で前が見えないが大体の位置を予想し、吹き飛びながらもライフルの引き金を引いた。


黄金の弾丸は煙の中に入り、転生者の頬を掠めて空へと消えていった。


爆煙が消えた時には、背中が地面に着きながらもライフルを構えている宙と顔の傷に驚く転生者の姿があった。


宙はすぐさま起き上がり、銃を構え直した。


「あの化け物、不死身か…?チャージしようにもそんな隙も無いし、一旦引くか」


転生者は考えが纏まると、地面に向けて手を開いた。


「バン!」


転生者が手を閉じると、彼の足元が爆破し大きな煙幕が町に広がった。


宙は視界を取り戻すため、黄金の大団扇でも作ろうと思った瞬間、上空から銃声が鳴り響き、宙と損壊が少ない建物を避けるように鉛の雨が降り注いだ。


煙幕が消えると転生者のテロ行為と戦闘によってただでさえ荒れ果てた町は最早原型を保っていなかった。


先程の銃撃は彩愛の能力によるものだとは宙もわかっており、修復可能な建物や道路には傷一つついていない。


だが宙がいた場所以外の損壊箇所だけを狙ったとはいえ、この惨状を見ると士に匹敵する容赦の無さが十分理解できる。


「切矢さんごめん、手当たり次第に打ったけど、転生者に逃げられちゃった…」


噂をすれば、目つきが悪いが何故か魅力を感じる女の子、副山彩愛が荒廃した町に姿を現した。


「この姿だと俺は蛇さんじゃないのか?」


「あんだけ派手にやったら、カメラも人もいなくなるから大丈夫」


「そうか、なら元に戻るか」


宙は一応周囲を確認すると、彼の上から魔法陣が出現し、下がるにつれて彼の姿は元に戻った。


「切矢さんに合流する前にエデンには連絡したから私達は帰りましょう」


「そうだな」


二人は事後処理をエデンコーポレーションに任せ、帰ろうと裏路地に入った。その瞬間


一人の男が宙にぶつかった。


別にこれは「入れ替わってる〜!」みたいな案件でもないし、体格差もあって相手側が尻餅をついていた。


だが宙は彼の顔に見覚えがあった。


宙の通う高天こうてん大学の同級生の一人でプロeスポーツチームの内定が決まっている、枝木英介(えだぎえいすけ)だ。


「枝木、建物の損傷が激しい、倒壊するかもしれないからこの先には行くな」


「なんだよてめぇ!誰だよ!」


「切矢宙、一応高天大学の三年でお前と同じ学科なんだが…」


芸能人は無数にいるファンの顔なんて忘れるというが、同級生に覚えられていないのはさすがの宙でも傷つく。


「そんなことどうでもいいんだよ!俺は[J warriors]が無事か見に来たんだよ!どけっ!」


英介は宙の静止を無視し裏路地から飛び出した。


危険なので宙と彩愛も彼を追いかけた。


二人が外に出ると瓦礫の前で落胆する英介の姿があった。


「誰だよ…誰がこんなことしたんだよ!俺達の夢が…折角ここまでやって来たのに…こんなんじゃ…」


「なるほど、そういうことね」


絶望に打ちひしがれ号泣する英介の有様を携帯を見ている彩愛は理解した。


「あの瓦礫の山は日本のプロeスポーツチームの一つ[J warriors]の本拠地、まさか戦闘に巻き込まれてしまうなんて」


「…違う、巻き込まれたんじゃない、影から見ていたが、あの建物は意図的に狙われていた」


「えっ!?」


宙の言葉に彩愛は耳を疑った。


「転生者はここを社会のゴミ箱と比喩していた。おそらく今回の異世界転生者はeスポーツになんらかの恨みを持った人間だろう」


宙が推理をしていると、エデンコーポレーションの人間が報告を受けた被災地に駆けつけて来た。


宙と彩愛が異世界犯罪対策課の人間であることを知る人間は社長や店長など一部の人間しか知らないので、野次馬扱いされた二人は追い払われた。


「今から作業するからどいてくださいね〜」


「ふざけんな!離せよ!俺達の夢を潰したやつを絶対ぶっ殺す!」


怒りに囚われ聞く耳を持たなくなった英介は複数の人間に連れられ無理矢理引き剥がされた。


彼の無念を怒りを悲しみを宙と彩愛は傍観することしかできなかった。

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