3話その5

「続いてのニュースです。街亜がいあ高校二年の野森竜也やもりたつやさんの死体が発見されました。警察は外傷から自殺と判断しているようで…」


異世界麻薬の最後の服用者、御里悟理(おざとさとり)が死んでから2〜3日が経過し、服用者の殺害を偽装するニュースが連日放送された。


家族の突然の死を悲しむ者もいるだろうが、服用者の大半が何かしらの劣等感や不満を抱いていた者達だったのもあり、同僚や同級生であっても惜しんだり悲しむ者は片手で数えれるほどだった。


そんな彼らには心が無いように思うだろう、だがこれまでの人生周りから疎まれる者達に救いの手を差し伸べたことがあるのだろうか。


学生の頃の記憶は曖昧だが、彼らのようにはなりたくないと拒絶してたに違いない。


そんな社会から捨てられ溢れた人間が行き着く先は異世界以外にないのではないのだろうか。


今回殺害された服用者達は町で暴れたのだから加害者側であることは間違いない。


しかし彼らの動機を考えると、社会に対しての被害者側なのかもしれない。


善と悪、おそらく保育園や幼稚園から学んでいることであるが、それら二つを説明する百点満点の答えはノーベル賞を取った者ですら答えられないだろう。


どこにでもいそうな中肉中背でスポーツ刈りの男、田中真侍たなかしんじは自殺と隠蔽され報じられたニュースを見ながら深々と考えていた。


以前ヒーローと比喩すると表情が変わった士のことを思い出した。


異世界犯罪対策課によって町の平和は守られている。


しかし彼らの行いは異世界の人間や怪物とはいえ殺人だ、それを許容することはできないだろう。


完璧な正義の英雄ヒーローなんてこの世には存在しない。


それこそ異世界でもなければ。


御里悟理が在籍、そして暴れた明日未来高校の修復と隠蔽作業が行われる中、士と宙は学校の食堂で昼食をとっていた。


この一連の事件は危険動物が暴れただけとされたらしく、御里悟理の死については全く触れもしなかった。


化け物と化したとはいえ彼も元は人間、しかも異世界転生者とは違い一度も死んでいない普通の高校生だ。


その死を簡単に処理してしまうことは、宙の食欲が失せるのには十分だった。


「榴咲」


「どうしました切矢さん?値段にしては出汁がいい蕎麦の話っすか?もう再現できると思うんで二度と食わないし残りいります?」


「いやそうじゃない。御里悟理についてだ」


「あの元インキャゴリラがどうかしました?」


「いや、彼個人としての話じゃなくて、これからの処置についてだ」


「これからの処置…?」


「人が一人死んだ。それだけで大きく人生が変わるだろう。もう手のつけようのない人間だったとはいえ彼の家族やこの学校にも影響を与えるに違いないと思ってな」


「それを軽々しく終わらせるのは駄目だろうって感じっすか?」


「ああそんな感じだ。榴咲はどう思っている?」


「俺としては…とりあえずなんか反応はあると思う。でもそれほど大事おおごとにはならないとも思う」


「…何故だ?」


「俺らみたいな異世界転生しそうなインキャで目先の力に溺れるやつって大抵コミュニティの中で一番どうでもいいやつなんすよ。家族も多分一年も経たないうちに生活に慣れるでしょうし、この学校のクラスメイトなんて、いてもいなくてもどっちでもいいやつのことなんてすぐ忘れますよ。だって俺なんか彩愛とか切矢さんくらいしか記憶に残ってないんすもん!」


「……俺達の仕事は命を奪うことだ。だからこそ余計に思う。命とはそんなにも軽い物なのか?」


「軽いっすよ」


宙の問いに士は即答した。


「道徳の授業で習うほど人の命は重くない。自分のためなら平気で人の心を殺すし、死んだ方がマシって思う人がいっぱいいるから異世界転生が流行る」


「………」


「多分道徳とか切矢さんの言ってる命って心臓とか脳天とか急所のことだろうと思いますけど、あれって逆に言ったら絶命させなきゃ罪じゃないってことですよ。異世界転生あるあるのブラック企業のやり口の心を殺すやり方は国が認めてるんです。だから国公認で人間の命なんて軽いにも程があるんです」


「なら何故…何故榴咲はそんな人間を守るんだ?」


素朴な疑問だ。


これほどまでに人間を嫌悪する士が何故人間を守るのか、宙はその矛盾が気になって仕方がなかった。


「え?なんでって…真面目なのとアホなのと二つ理由ありますけど聞きます?」


「ああ当然だ」


「えーっと…まず真面目な理由。まず異世界転生者ってのは初めからレベル100の存在なんすよ。良く言えば苦労の無いチート。悪く言えば成長の無い行き止まり。だからもしそいつらに好き勝手されるようならこの世界から成長が消える。そうさせないために頑張るのが理由その一」


「ならその二は?」


「その二はっすね…俺が弱いからっす!」


「……は?それはどういう」


宙が士に聞こうとした瞬間、大きなチャイム音が鳴った。


「ヤッベ!どこにでもいるシリーズが昼飯食べに降りてくる!ごちそうさまでした!ほら切矢さんとっとと行きましょう!」


「あ、ああ…」


宙は士の勢いに引っ張られるがまま食べ終えた昼食を食器回収棚に持って行き食堂から出た。


そしてその勢いのまま士は午後の講義がある(遅刻確定)からと学校から去っていった。


第二の理由をちゃんと聞かなかったとはいえ、宙にはある疑問が残っていた。


士が弱い


単純なパワー比べならともかく、もし殺し合うとすれば能力、そして経験からして一番弱い自覚があるのは宙だ。


彼からすれば士は十分に強い。それなのに自分が弱いと言った。


彼が言った弱いとは更なる力への渇望なのか、それとも全く違う何かに対しての弱さなのか。


宙はその疑問を残しながら学校を後にした。










「はぁ…これで地下研究施設は全面か…」


年季の入った男のため息が真っ暗な空間に響く。


彼を含めて三人の人間が一つだけ空いた四つの椅子に座り、真ん中にあるオーロラを丸めたような球体を取り囲んでいた。


「Mr.ブルハ、貴方が教えていただいた異世界の力を使った大日本帝国再建計画は素晴らしいものだ。しかし大平おおひらが邪魔者共に捕まりベラベラと喋ったのか、計画は一向に進まん」


「Mr.ブルハ、貴方が異世界から飼い犬になってくれそうな者達を呼ぶのはありがたいですが、それほどの力があれば貴方一人でこの世界を掌握できるでは?」


老け込んだ男性と女性の声がオーロラ球に向けられると、オーロラ球は形をウニョウニョと変えながら声を発した。


「あなた方が言いたいのもよくわかります。しかしいくら神の力でも私の異世界は遠く、直接干渉するにはあと一年はかかるでしょう。今出来る精一杯のこととして兵器運用が可能そうな転生者の選抜及び近い者から順に干渉を行っているのですが、未だに上手くいっていないということは相手が余程強力なのでしょう」


「だからそれをどうにかしろと!」


「後一年、それまでの間あなた方が捕まっていないのであれば、私が全てを終わらせます。正直なところ私も楽がしたいですし、無能共のことを協力者とだなんて呼びたくないのですよ」


オーロラ球からの言葉に込められた圧に三人の背筋が凍った。


「まあ、半年後に協力するであろう面白い方が地球に到着するので、それまでは何とか頑張ってください」


オーロラ球は優しく告げると、光と動作を失い部屋が闇に包まれた。


「Mr.ブルハ…大人をコケにしおって…!」


「ですがMr.ブルハがいなければ、異世界の力を利用し本来の日本を取り戻す計画は夢物語となっていました」


「それはそうなのだが、転生者共を養う金にここを含めた施設の維持費など、脱税だけでは賄えないほどになってきたからな。四年もの時をこの計画に費やしているが進歩はほとんど無いんだ。奴の言う一年後が来る前に破産する可能性も考えてしまうのだよ」


宥める女性に対し老け込んだ男性は焦りを隠せないでいた。


「これからも我々のすべきことは邪魔者の排除と転生者の懐柔を優先的に行うべきです。特に前者に至っては、例の蝙蝠怪人など中世市で活動する者よりも、善田正志ぜんだまさしのような政界にいる者に注意を払うべきでしょう」


「そうだな、もし計画が世界に伝わってしまえば、中途半端な状態であろうと全世界に宣戦布告するしかない。そうならないためにも着実に計画を進めたいのだが、資金問題はどうにもならんな…」


老け込んだ男性のため息は、真っ暗な部屋に飲まれるように呆気なく溶け込んでいった。





「ただいま」


「おかえり宙、夕飯までもう少しだからね」


家に帰ってきた宙は手洗いうがいをすると自分の部屋に入っていった。


大学で使う教科書に鞄が置かれた机に、部屋の半分を占めるベットとどこにでもありそうな普通の部屋であった。


ただ窓の奥には隣の家の部屋が見えており、似たような作りだが、女の子らしい部屋が映り込んでいた。


「宙!ご飯よ!」


母の声が聞こえ宙は階段を降りていった。

ちなみにご飯と言われた時は大抵まだである。


待っている間宙は時刻がゴールデンタイムなのもあって面白いテレビがないかリモコンを操作していた。


アイドルグループのレギュラー番組、専門家を呼んだためになる番組、そして音楽番組があった。


切矢宙は苦手なものが沢山あるが、その中でも苦手なのがアイドルと歌だ。


もう関係無いとはいえ、嫌いな奴の顔が脳裏に蘇るからだ。


ならば見るのは当然ためになる番組だ、チャンネルを変えると、最近有名になったお笑い芸人が食生活をボロカスに言われて落ち込んでいた


表情には出ないが、宙は普通に楽しんで見ていた。


「宙?ひびきちゃん出てるのに、テレビ見ないの?」


響という名前を聞いた瞬間、宙は母親に対して殺意を向けるような目で睨みつけた。


「あいつは俺とは関係無い。それにこの番組は面白いよ、熱々のご飯に納豆は乗せない方がいいらしい」


宙は痛いところを突かれたのか話題を変えると、食卓の間へと向かった。

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