3話その4
「着きはしましたけど、どうやって不意打ちします?」
蝙蝠の化け物の士は、マッシブな蛇の化け物、宙に巨大な赤いゴリラと化した御里悟理がいる橋の上で話しかけた。
「下から狙撃しようにも、真下以外死角が無いんで、俺が直接叩きに行くのがベストっすかね?」
「少しここを傷つけるが俺がやる」
士が悩んでいると、宙の体の中心にある虹色の宝玉が輝き始め右手に周囲の目に映らない空気や粒子などの物質が集まってきた。
次第にそれらは宙の手のひらで形を整え始め、黄金の拳銃へと姿を変えた。
「いっつも思うんすけど、火薬とかって錬金術でどうにかなるんすかね?」
「なるのだろう、この下だな」
士の疑問を適当に答え、宙は拳銃を地面に向け何発か発砲した。
「グギャァァァァ!!!」
人間と巨大怪獣が合わさった悲鳴が橋の上からも聞こえた後、重々しい落水音が聞こえてきた。
「落ちたな、下に行きましょう」
二人は橋の下にある河が見える場所へと移動した。
「あ、監視の人お勤めご苦労っす」
「うわっ!リアルだとやっぱりキモ!」
「そういう正直な人俺大好き」
当然のリアクションをする監視役の女性に士は笑っていた。
「そんで橋からゴリラ落ちて来ました?」
「はい!それはもう映画に出そうなくらい立派なゴリラでしたよ!」
「沖に上がろうとしたりは?」
「いや今のところは…って何アレ!」
「テンション高いなこの人…」
オーバーリアクションで河へと指を指す女性に士は愚痴を吐きながらその方向を見た。
そこには河から水飛沫と轟音が何度も起こり、徐々にこちらに近づいて来ていたのだ。
宙は無言で生成した黄金の銛を水飛沫へと投げつけたが、一向に勢いは落ちなかった。
「蛇さんちょい頼んます!」
「え?何ですか…ってええええ!!!」
士は監視役の女性を抱き抱えると、背中の羽を展開し上空へと飛び立った。
宙は気にすることなく黄金の拳銃二丁で迎撃したが効果は無く、テーマパークのクライマックスのような今までで最大の水飛沫が上がり、その中から赤いゴリラが飛び出してきた。
金の銛が刺さり、全身が血痕だらけだというのに元気な様には、流石の宙も驚きを隠せなかった。
「ウホォォォ!!!ぶっ殺してやる!!!」
悟理は理性と本能がコントロール出来ず、完全に力に飲まれた様子だった。
宙は気にすることなく発砲したが、血が出ていても弱った様子は見られなかった。
そして悟理の巨体が宙の方へと迫って来た。
何倍もある体格にしては予想以上のスピードを出しており、宙は間一髪避けた。
続く第二撃も避けると、悟理の拳は堤防の一部に拳の型が出来た。
監視役の女性を避難させた後、その光景を見ていた士が思うに単純な破壊力ならば異世界転生者に勝ると確信した。
しかし魔法や特殊能力を抜きにした純粋な力比べにおいて、切矢宙に対する信用は絶大である。
「銃では効き目が無いな、直接叩くか」
殴りかかる悟理を前に宙は銃を捨てながら懐に入ると、強烈な右ストレートを腹部に放った。
悟理は白目を剥きながら、その巨体は後方へと飛んでいった。
腹部から全身に響く痛みに悟理は涙が出て来そうになった。
しかし痛みを上回る怒りが悟理から込み上げて来た。
殴ってきた蛇の化け物に対しての怒りもあるが、それを含めた思い通りにならない現実に対しての怒りだ。
許さないのは人ではなく現実、自分が撒いた種から出た芽に転んでいても自分は悪くない、悪いのは全て思い通りにならない世の中だ。
増えていくドス黒い感情とともに悟理の体がより強くより大きく変化していく。
「うううウァァァァ!!!」
「む…?」
「これはヤバい!」
美女を拐って建物の上に登れば絵になるような怪獣へと成り果てると、悟理の心は完全に失われた。
かつて御里悟理であったゴリラ怪獣が立ち上がった時、背後から士が黒い鞭を大きな腕に縛りつけていた。
「ゴリラにも流石に体温はあるだろ!」
士はいつもどおり能力で体温を下げようとした。
しかしゴリラ怪獣はすぐに気づくと、鞭を掴み背負い投げのように引っ張った。
「あっやべっ」
飛行していないのにも関わらず、空へ上がった士の体は一気に急降下し河へと叩きつけられた。
五秒にも満たない間に士は河底へと沈んでいった。
ゴリラ怪獣は次の標的にと宙の方を向くと、重い足音を上げながら走り始めた。
先程同様殴りかかってくるゴリラ怪獣の拳を宙は避け懐に入った。
しかし先程には無かった蹴りが放たれており、宙はボールのように蹴り飛ばされた。
宙とゴリラ怪獣に距離が出来たその瞬間上空から鉛の雨が降り注いだ。
ゴリラ怪獣は蜂の巣になり全身から血を出したが、一向に弱った形跡は見せない。
「ウホォォォォォォ!!!」
鉛の雨が止むと、もはや人間では無くなった悟理の咆哮が夜間の河川敷に響き渡った。
最近の転生者は役に立たない能力や意表を突くようなやり方で生きていく者も多い、しかし圧倒的な暴力は理屈すら通さない。
無敵の力と本能のままに生きる、御里悟理は異世界転生者と何ら変わらなくなってしまった。
そんな誰もが畏怖する存在の前に人影があった。
人影といっても見た目は蛇の怪物なのだが、溢れ出る闘志は人間味を帯びていた。
「ウホォォォォ!!!」
ゴリラ怪獣は本能のまま目の前の宙に殴りかかった。
宙は巨大な拳の上に飛んで避けると、黄金の槍を生成し上から巨大な腕に突き刺した。
ゴリラ怪獣は銃弾とは比べようの無い痛みから、悲鳴混じりの叫び声を上げた。
片腕を貫いた槍が地面にまで貫通しているので、首や体を激しく動かして暴れていた。
そして前を向いた瞬間、目の前には黄金の拳銃を二丁持った宙が刺された腕の上に立っていた。
この時を待っていたかのように、宙は躊躇いなく引き金を引いた。
銃弾はゴリラ怪獣の目に入り、完全に視界を奪われた。
叫び声を上げ暴れ続けるゴリラ怪獣のことを気にすることは無く、宙は黄金の大剣を生成し自由に動かせる方の腕を切断した。
反撃しようにも凄まじい激痛が何度も襲いかかり、本能のまま悲鳴を上げ続けることしかできなかった。
失明に動かない両腕と何もできない状態になったゴリラ怪獣には、上から宙が巨大な剣を振りかざしていることに気づくことは無かった。
強靭な肉体は一刀両断され、ゴリラ怪獣の体は左右に分かれると、大量の血溜まりを作った。
「うぇ、やっぱり河川敷くっさ」
士は河底から上がってくると、気持ち悪そうな声を上げた。
「水に弱い俺を河底に落としやがって、あのゴリラ絶対許さんからな」
士は怒りを覚えながら振り向くと、反対側に遠目でもわかるほどの血溜まりが出来ていた。
「え?まさか二人がやったか?」
決着がついたか気になる士は翼を広げ飛び立つと、すぐに河を渡った。
「蛇さん蛇さん、終わった?」
「あ…じゃない蝙蝠さん、真っ二つにしたがこれで生きていたら細切れにするしかないな」
返り血で真っ赤な宙の目の前には、綺麗に半分に裂かれたゴリラの怪獣がいた。
「こいつ本当タフだったわよね、機関銃しか使っちゃいけないとはいえ、私の攻撃全然効かなかったし」
目つきが悪いが何処か魅力を感じる女の子、副山彩愛(ふくやまあやめ)が堤防の上に立っていた。
「エデンには私が連絡したから、とっとと元の姿に戻って帰りましょう。私明日一限からだから先帰るね」
彩愛は一方的に話すと颯爽と帰っていった。
彼女の言葉を聞き入れ二人は元の姿に戻った。
「ふー疲れた…切矢さん帰りましょうぜ」
「……あぁ、帰るか」
「切矢さんどうかしました?」
「いや、ドーピングをするようなやつだがこいつは一度も死んでいない普通の人間だ。元に戻せるのなら救う事ができたのじゃないかと思っただけだ」
「自分の手に余る強大な力は人を変えますからね。仮にこいつが元の姿に戻ったとしても、生活水準が戻るとは思わないんで元の暮らしに戻るなんて無理と思いますよ。テストは基本カンニングしている俺が言うのも何ですが、ずるして手に入れた力に頼り続けた人間がそれを失えば、中身のない無価値な空き缶のような存在に成り果てるんですよ。だから俺達もこのバイトをクビになっても生きていけるように頑張らないと行けないっすね」
暗い顔をする宙を励ますように士は笑って話した。
二人が河川敷から帰った後、エデンコーポレーションの人間が御里悟理の成れの果ての死体の処理を行った。
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