3話その3  

「すまん、あの時非情になっていればこんな事態にはならなかった」


翌日、宙は先日逃してしまった異世界麻薬によって変貌した赤毛ゴリラを逃してしまったのを申し訳なさそうに謝罪していた。


「殺しなれてる俺らがおかしいんっすよ、それに誰にだって失敗の一つや二つはあるんで気にしないっすよ。俺もおっさんとJKに時間をかけちゃったんで、俺も責任はありますよ」


「私も最近出番が無いからって気を抜き過ぎたわね、次暴れてるところ見たらミサイルを何発か打ち込んでおくわ」


「「それだけはやめろ」」


現場に駆けつけれなかった、士と彩愛は負い目を感じていた。


「で、その赤ゴリラは今どこにいるかわかってんの?」


「町に出てから河川敷の方に行ったところまでは監視カメラに映ってたらしいから、多分河川敷の何処かに潜伏しているわ」


「河川敷か…異世界転生者の一番の被害者絶対あの河川敷だよな…」


監視カメラが無く、広くて人気がほとんどない河川敷は転生者との戦いの場としてよく利用していたことを思うと士は申し訳なさそうになった。


「そういえば切矢さんは異世界麻薬を使った奴の顔を見たって言ってましたよね?」


御里悟理おざとさとり明日未来あすみらい高校三年の陸上部で、ひ弱な体なのもあって部員内では厄介者にされていたらしいが、半年程前から急激に記録が伸び始めて、今年は全国優勝も夢じゃない何て言われていたそうだ」


「うわぁ〜典型的な見返し系チート」


宙の説明を聞き士は苦笑いで小馬鹿にした。


しかしスポーツにおいて大事な体格は生活態度やトレーニングを行っても必ずしも努力が報われるとは限らない。


しかし才能が無かった人間とはいえ、異世界の技術に手を出してしまえば、士達にとってはただの抹殺対象に過ぎない。


「今から河川敷内を俺と榴咲で夜まで捜索してみる。副山は目撃情報から居場所を予測して、監視カメラに映ったらすぐに俺達に報告してくれ」


「了解、先に現場についてたら上から蜂の巣にしてやるわ」


「OKっす、じゃあ行きましょうか」


「あ、後どうでもいいと思うが、この御里悟理。読み方を変えるとゴリゴリになるな」


「……………」


「早く行ってください」


微妙な空気が流れると3人はそれぞれ行動を開始した。





「ルールルルル!ルールルルル!」


「狐はともかくそれでゴリラが釣れるとは思わんぞ」


蝙蝠の化け物となった士とマッシブな蛇の化け物と化した宙は、赤いゴリラこと御里悟理を探し始めてから何時間も経過し、一向に見つからないまま日が沈み始めた。


「映像で見た感じでもそこそこ図体デカかったからなぁ、隠れる場所何て無いだろ…」


「河の中にいたりしてな」


「水ゴリラか…絶対強いわ…」


「水ゴリラ…」


探す気力が無くなってきたのか、二人は下らない雑談をし始めた。


「スライムゴリラに地面ゴリラ、はたまた擬態ゴリラってところかな?」


「擬態ゴリラなら大きな石や木になってそうだな」

「もしかしたら、このコンクリートとかあの橋とか全部ゴリラだったりして」


「ん?士、今何て言った?」


士の言葉に宙は何かに気づいた。 


「え、全部ゴリラ」


「それじゃない、その前だ」


「えー確か、このコンクリートとかあの橋とか全部ゴリラって」


「士、低空飛行で河川敷の全ての橋の下を見に行ってくれないか?」


「橋の下か…確かにそこは見てないな、じゃあちょっと行って来ますわ」


宙の推理を信じ士は背中の羽を展開して河の方へと走りだすと、次第に勢いが増していき、地面から足を離すと上空へと飛行を開始した。


士は勢いを殺さぬまま河面を背泳ぎのように寝ながら飛行しながら橋の下を潜って行った。


「いないな次…いない次…いない次が最後か…」


そして士が最後の一つを潜ると、真っ赤な毛玉が橋の下にくっついていた。


毛玉は士に気づくことはなく、士は再び上昇すると宙の元へと急いで帰った。


「ただいまっす」


「どうだった?」


「いました一番奥の橋っす、距離もそこそこあるんで歩きながら報告と交通規制してもらえるよう頼みますか」


「わかった、なら一度休憩としようか」


二人は元の姿へ戻ると、士は携帯を取り出し電話をかけた。


「もしもし榴咲です。…異世界麻薬使用者最後の一人の居場所が分かりました。……河川敷の明日未来と反対方面の橋の下です。……はい、三時間程ですか、わかりましたそれではまた」


士は電話を切ると深いため息をついた。


「切矢さん、交通規制に三時間くらいかかるらしいんで、監視役の先導隊が来た後ラーメンでも食いに行きません?」


「ラーメンか…わかった」


二人は数キロ先の橋の近くに一時間弱で着いた時には先導隊が来ていたので、そのまま近くのラーメン屋へと走っていった。




「いただきます。……いやーやっぱりラーメンは豚骨醤油が安定っすね」


「俺は塩派なんだが」 


宙は塩、士は豚骨醤油味のラーメンを食べていた。


「そういえば、そろそろ切矢さんと会って二年目になりそうっすね」


「そうだな、今の俺を受験勉強していた時の俺が知ったらどう思うか…」


「確か切矢さんが死んだのって、大学が受かった2〜3日後って言ってましたよね」


「そうだ、生き返ったついでに貰った能力について昔は何も思わなかったが、今は少なくとも便利だとは思うよ」


二人はラーメンを食べながらしみじみと会話した。


「切矢さんが力に溺れるような人じゃなくて本当によかったっすよ。でも俺の趣味に付き合わせて本当にすみません」


「前にも言ったが、自分の意思で榴咲に協力した。今までは無いが少しでも食い違えばそれなりの行動はするつもりだ」


「切矢さんは本当に強い人っすよ」


「だが俺はコミュ症だ、多分手荒いことをすると思うぞ」


「それは勘弁、でももし俺に何かあったら彩愛と切矢さんがどうにかしてください」


宙は平然と話していたが、士は微笑んでいた。


そんな時、士の携帯から着信音が鳴った。


「もしもし榴咲です」


「私よ」


「なんだオレオレ詐欺亜種か」


「彩愛よ!このくだり何回やったら気が済むのよ!」


「冗談冗談、でどうした?」


「橋の交通規制と人払い完了したわよ。私も上から見張ってたけど、御里悟理は移動していないからとっとと倒しましょう」


「了解、十分くらいで着くからちょっと待ってろ」


士は電話を切ると、コップに残った水を一気に飲み干した。


「じゃあ切矢さん行きましょうか」


「あぁ」 


二人は会計を済ませ店から出ると、河川敷の方へと走っていった。





あれからどれだけだったのだろうか。


陸上部に入ったはいいものの、小学生に間違われることもある体では努力が報われる筈もなく。


同級生はおろか後輩からも馬鹿にされ続けた。


ただ一人、同級生のマネージャー、澄山花奈すやまかなを除いて。


彼女は結果を出せない俺に優しくしてくれた唯一の人だ、彼女がいなければ陸上を続けたいとは思わないし、彼女のためにも強い体が欲しかった。


そんな俺にある日、一人のスーツを来た男が話しかけてきた。


服用すれば人間を超えることができる薬。今更だがそんな怪しい物に手を出す人間はいないだろう。


だが俺にとっては喉から手が出るほど欲しい物だ。


俺は悪魔の取引に応じ、メシア薬局の地下へと連れてこられた。


そこで薬を投与されてから、体から力が溢れ出て一週間もしないうちに部活で俺を馬鹿にするやつはいなくなった。


ある日定期テストの点数が少し下がり、親から受験生になるのにと怒られ腹が立った。


翌日目を覚ますと、自分のすね毛が赤くなっていることに気付いた。


おかしいと思われては嫌なので、その日は隠れてすね毛を剃ってから学校へ行った。


病院に行くからとその日は部活を休み、急ぎ足でメシア薬局の地下へと行った。


症状を説明すると、それはストレスによる副作用と言われた。


それからは力を誇示するように部活に励むこととなり、今まで馬鹿にしてきた人間を打ち負かすことに快感を覚え始めた。


三年になり新入部員が入ってきたが全員雑魚だったので、少し陸上に飽きてきたような気がした。


そして俺は気分転換も兼ねてゴールデンウィークは部活に行かず、ゲーセンに行ったり一日中ゲームをしたりと羽を伸ばすことにした。


だがいくら練習したって俺には敵わない雑魚共がやってたかって来て、サボったことを追求してきた。


順風満帆な人生の邪魔をしてくるやつにイラついた俺の腕から大量の赤い毛が生えてきて、いつの間にかゴリラのような腕になっていた。


それからというもの、蛇の化け物に襲われ河川敷の中でも学校から一番遠い場所へと逃げた俺のストレスは今までで一番のものとなっていた。


同族なのにボコボコにしてきた蛇野郎、野宿なんてする羽目になった現実、そしてあの優しい澄山さんが俺を軽蔑したような目、ストレスが貯まるに連れ体から力が溢れ出して来る。


今は身を隠すために橋の裏側にいるが、荷物は置いていっているので明日はこのまま学校に行こう。


その時俺を馬鹿にするような奴がいれば全員殺してやる。

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