3話その2

「カツアゲされた代金は払ってもらう!お前の命でな!」

「デジャブ!」


異世界麻薬によって生み出される魔物と化した暴徒を始末するべく、蝙蝠の化け物の士と宙は戦いの日々を過ごしていた。


異世界麻薬の使用者は学生から社会人とストレスの溜まりやすい人間が多く、症状もゴブリンやスケルトンに同人誌に出てきそうな中途半端で際どい獣人と多種多様の魔物になった元人間を始末してきた。

これまでの殺害数は士だけでもそろそろ十に届きそうになってきたが、異世界犯罪対策課を仕切るエデンコーポレーションの調査によれば、後は片手で数えられる程度の人数である。


「何だったけな…この鬼みたいなゴリラのこと…まあ倒せたからいいけど、こういう絡めて無しのパワータイプはそこら辺の転生者よりキツいんだよな…切矢さんも前に戦ったスライムとかとやりやってたらキツいかもな…」


オーガを倒し、元の姿に戻った士(あきら)は脱力と共に愚痴を零していた。




「あと3〜4人くらいだったけな?切矢さんが今戦っているのを抜いたら2〜3人、監視カメラにちゃんと写ってなくてざっくりとしかわかってないけど、中年男性一人と学生が男女それぞれ一人ずつだったよな…彩愛(あやめ)も言ってたけど、今転生者に来られると辛いしとっとと終わらせないとな」


士は今の自体を深々と考えながらでスーパーへと入っていった。


しばらくすると士の表情はまるで明日恋人が死ぬかのような苦悩が誰にでもわかるような顔になっていた。


苦悩の理由はただ一つ「今日の晩飯どうしよう」である。


風呂が嫌い、寝るのも嫌い、ファッションは基本Tシャツ&長ズボン安定の士の数少ない楽しみの一つが食事である。


そして一日を締めくくる夕食は士にとって人生をそれなりに左右するほど結構重要な事なのだ。


ちなみにラーメン以外の外食は苦手なので、ほぼ毎日朝昼晩自炊である。


「とりあえず、鮪と山芋と納豆混ぜたあれ食っとけば体調は崩さないから買うけど、副菜どうしようかなぁ…もやしか?いやもやし買うと、納豆、味噌汁、もやしで大豆トリニティじゃねーか、いや納豆に醤油入れるからクァンタムか、じゃねーよ!結局どうすんだよ!」


おそらく夢以外のここ最近では最大のピンチになっている。


苦悩の末副菜はコーンのポテトサラダに決まったのだが、味噌汁は豆腐だったので、結局大豆クァンタムだった。






翌日、宙は大学の帰りにもう行かないだろうと思っていた場所に来ていた。


明日未来あすみらい高等学校、そこそこ偏差値が高いこの学校は宙の母校であり、自立心の向上のための自由を尊重する中世市なかよしの中では厳しい校風で名を知られている。


そして運動部も全国で名を轟かすものも複数あり、近くにはいつも異世界転生者と戦っている河川敷がある。


士と違って真面目に勉強していた宙は、受験生の指針となってもらうためのインタビューに応じる事になった。


「本日はインタビューに応じていただきありがとうございます。中世市でもトップクラスの大学である、高天(こうてん)大学に入学出来た勉強方はどんな風にですか?」


「真剣に取り組んだら合格しました」


誰もが知りたい成功者の勉強方、しかし宙の発言は大雑把過ぎた。それでは在校生に示しが付かないので、インタビュアーの女性教師は真剣な眼差しになった。


「具体的には?」


「二年の後半になってから、一日たりとも欠かさず最低五時間は引きこもって勉強しました」


「あの〜計算方法や英単語の暗記方法などのもっと具体的なことが知りたいのですが…」


「時間ややった回数を忘れるくらい頑張れば合格しました。一回だけ食後に入浴や睡眠を取らず勉強した時には親に怒られました」


「だから、具体的には…」


「やる気と時間ですかね?」


「……わかりました。今日は来ていただきありがとうございます」


女性教師は諦めた。


英語が100点でも英会話ができない生徒がいるように、宙は思考能力はプールのように大きくても、それを抽出する力はスポイトレベルなのだろう。


しかし宙は至って真面目に答えていた。


まだ異世界犯罪対策課に入る前だった高校三年の始まりから合格するまでの間、一生懸命勉学に励んだのだ。


「そう考えると早いもんだな、一度死んで榴咲達と出会ってから二年か…あいつは大学を留年してそうだな」


宙がボーッと考えながら校舎裏を歩いていると、体操服を着た生徒が同じ服を着た小柄な生徒を取り囲んでいた。


周囲の生徒から色々と激しく言われ、会話内容は聞こえなかったが、もしいじめられている男が異世界転生者にでもなれば面倒な事になると思い、宙は歩きながら彼らを静かに見ていた。


「もう俺が一番なんだから、練習なんかしなくていいんだよ!」


小柄な男が周囲の壁に響く怒号を上げながら、中心的存在と思われる男を片手で押した。


すると中心的存在の男は勢いよく飛ばされ、校舎の壁へと激突した。


おかしな出来事に一瞬沈黙が流れたが、囲んでいた生徒の一人が小柄な生徒を見ると悲鳴と驚きが合わさった叫び声を上げた。


小柄な男の右手が真っ赤な体毛に覆われていたのだ。


「うわぁぁぁぁぁ!!!化け物だぁぁぁぁ!!!」


周囲の生徒が逃げていく中、マネージャーの一人と思われる少女だけがその場に残っていた。


悟理さとり君…何その手…?」


澄山すやまさん…これは…!」


「悟理君…ごめん…」


「待ってよ!おい!」


悟理が澄山を捕まえてようと走り出そうとした瞬間、片足に激痛が走った。


悟理は痛む足を見ると血が流れていて、目の前には血のついた小さい黄金の棒が地面に刺さっていた。


「俺はよく情けを与えて甘いとよく言われるが、今なら腕を切り落とせば問題無いだろう」


悟理が振り向くとそこには、コブラのように横に広がった顔の中心に金色の光が八の字で照らされており、四肢が複数の蛇に巻きつかれたような捻じりと鱗、そして全身を纏う重々しい黄金の鎧の中心にある円から虹色の輝きを放つ重厚な蛇の化け物がそこにいた。


「ば…化け物!」


「ゴリラのような腕をしているやつに言われる筋合いは無い」


突然現れた蛇の化け物に当然のリアクションを取る悟理だったが、蛇の化け物こと切矢宙は淡々とした口調でツッコミを入れた。


「あ…あんたも俺と同じでメシアで薬を手に入れてそんな姿になったのか?」


「それは諸事情で言えんが、俺はメシア薬局が秘密裏に販売していた薬について知りたい、抵抗しないならゴリラになった腕を切り落として連行する」


悟理は以前異世界犯罪対策課の面々が制圧した異世界麻薬の販売元であるメシア薬局で赤毛ゴリラになってしまう薬を購入しており、異形と化した宙の姿を見て同士だと勘違いしていた。


宙は声色一つ変えず淡々と話しながらゆっくりと悟理に近づいていった。


悟理は生物的本能で感じた殺気に一瞬怖気付いたが、異世界麻薬によって手に入れた力と高揚感がそれを上回り、返り討ちにしようと決意した。


悟理は数歩走ると、片足に力を込めコンクリートの地面にヒビが入る威力で大地を蹴って一気に宙の目の前へと近づいた。


その加速を乗せた異形の拳が宙の顔面に向けて放たれた。


しかし宙はすぐさま身構えると、片手で凄まじい威力の拳を受け止めたのだった。


異世界麻薬に手を染めてから無敵だと自負していた悟理はこの現実に唖然としていた。


「少々荒いことをするから先に言う、受け身を取れ」


宙は淡々と忠告すると、片手で掴んだ悟理の怪腕を安易と持ち上げ、そのまま反対方向へと投げ飛ばした。


悟理はコンクリートの硬い地面を少しバウンドしながら転がっていった。


ほんの一瞬、たった一度の攻撃だったが、異世界麻薬によって陸上部の部員を見返し、自惚れていた悟理の天狗の鼻を折るには十分過ぎる内容であった

殺される。悟理の脳裏に生命の危機が過ぎると、走馬灯のようにこれまでの逆転劇が流れ込んで来た。


「おいマジかよ…悟理のやつに負けるって、俺なんか悪いもんでも食ったかな…」

「悟理君タイム凄い伸びたね!今までの努力が報われて私本当に嬉しい!」

御里おざと!二年の後半何て遅い時期とはいえ、一気に目覚めたな!次の大会は頼んだぞ!」

「悟理君がこんなに凄くなるなんて私考えてもなかったよ。三年生最後の大会で優勝できちゃうんじゃない?」

「悟理君?……悟理君!……悟理君……」


浮かび上がる映像の大半には、惨めだった時の自分ですら応援してくれた澄山さんとの記憶ばかりだ。

そうだ、自分はこんなところで死なない。


これまで支えてくれた彼女に告白するためにも。

こんなところで死んでたまるか!


「うぉぉぉォォォ!!!」


「…ん?何だ?」


学校中を震えさせるような叫び声を上げる悟理に宙は違和感を感じた。


途中から人間味が消え、怪獣のような声に変わった気がしたのだ。


するともう片方の手と両足から赤い毛が生え始め、体操服を今にも突き破りそうなほど悟理の体が大きくなった。


唯一人間らしさを残している顔ですらも顎髭が赤く染まり、血管が浮き出ていた。


「これはまずいな」


異世界麻薬によって暴走した中ではおそらく最強と思える怪物に宙は危機感を感じ始めた。


もっとも、それは自分ではなく母校を始めとした周囲の被害である。


「グォォォォ!死にたくない!」


怪物という本能と人間という理性がコントロールできなくなり始め、鈍い足音を立てながら逃げていった。


「町中はもっとまずい」


宙は逃げ出した悟理を当然追いかけた。


近くにいればわかる足音のお陰で追跡は簡単だった。


だが早々に町中に入ってしまい、顔だけ人間の赤いゴリラに街の人々はパニックに包まれた。


宙は悟理を追いかけようとした、だが


「うわぁぁぁぁぁ!!!今度は蛇の化け物だ!」


「いや俺はあの赤いゴリラを…」


人々の当然のリアクションに追跡を阻害されてしまい、宙は思うように進めなくなった。


そして気づいた時には悟理の姿は見えなくなっていた。


「逃げられたか、とりあえずまずは報告だな」


宙は恐怖している人々の中を移動しながら、士に教えてもらった裏路地の一つへと入っていった。


誰も人がいないことを確認すると、宙は元の人間の姿に戻り、すぐさま携帯を取り出し電話をかけた。


「お忙しい中すみません、切矢です。たまたま出会った暴走した異世界麻薬の使用者を逃してしまいました。かなりの大きさに変貌しているので被害が出ないように早々に倒したいので協力してくれませんか?……ありがとうございます、こちらも全力を尽くします」


宙は淡々と報告し終えると、ゆっくりと裏路地から出ていった。

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