Ⅷ 騎士団の船出 (1)
それよりしばらくの後、最早、そうした場にはふさわしくない荒れ具合ではあるが、それでも掃除をして整えられた御座船の上甲板では、改めてルシュリー枢軸卿とカルロマグノ一世、スシロウデス枢軸卿の三者会談が執り行われていた。
三人の周りには、オスクロイ兄弟に殴る蹴るの暴行を受け、あちこち包帯を巻いた近衛兵と銃士隊が立ち並び、再びの襲撃に備えて固く守りを固めている。
「本当に寝ておらずに大丈夫ですかな?」
「そうですよ。陛下のお許しもありましたし、ここは無理せずお休みになっていた方が……」
また、アウグストとメデイアに肩を担がれた、鎧下姿で苦悶の表情を浮かべるハーソンをはじめ、羊角騎士団の面々もその純白の
「なあに、大丈夫だ。これほど苦労して、この記念すべき歴史的瞬間に立ち会わないのはなんとももったいないからな…痛っ……」
心配するアウグストとメデイアに、痛む全身の怪我を我慢しながらハーソンは強がって見せる。
「団長はじめ、皆さんが必死に戦っていたっていうのに、なんか、俺だけ申し訳ないっす……」
その傍らには、ケートス艦隊へ伝令にいっていたイーデスも戻って来ていて、痛々しいハーソンの姿にどうにも罪悪感を抱かずにはいられずにいる。
「何を言う。おまえが伝令に走ってくれたおかげで、艦隊が悪魔の影響下に晒されずにすんだ。もしそんなことになっていたとしてみろ? フランクルのガレオンはもちろん、この御座船だって流れ弾で沈められていたやもしれん。おまえはおまえにしかできない大役を果たしたんだ。もっと自分を誇っていい」
だが、ハーソンは首をゆっくり横に振ると、そんな優秀な
キャラベルとアルゴナウタイ号がドンパチやってるのを見ても艦隊が動かなかったのは、確かに「皇帝陛下直々のご命令です!」と嘘を言い張って、必死に提督を止めてくれていたイーデスの功績である。
「大役……エヘヘヘ…大役なんて褒めすぎっすよ……」
「ティヴィアス達もよくやってくれた。まさかとは思ったが、キャラベルがあれだけの兵装を隠し持っていたとはな……ま、おかげで図らずもアルゴナウタイ号の性能テストにもなったが…痛っっ……」
続けてハーソンは背後を振り返ろうとしてまた痛みに顔を歪めつつ、ティヴィアスら操船を担当していた騎士団員達にも感謝の言葉を口にする。
彼が覗おうとした後方の海の上には、少し離れた位置にアルゴナウタイ号が浮かび、やはりティヴィアス達が今も警戒に当たっている――。
「――俺は船があるからともかく、おまえらは大活躍だったのに向こうに行かなくていいのか? 皇帝陛下や枢軸卿にお褒めの言葉をもらえるかもしれねえぞ?」
その船上で、総舵輪の前に仁王立ちするティヴィアスが、同じくこちらに残ることにしたパウロスとオルペに怪訝な顔で尋ねた。
「フン。ただ突っ立ってるだけの任務なんてかったるくてやってられっかよ……やっぱまだりたりねえな。もう一度襲撃でも起きてくれねえかな……」
その問いに、パウロスは相変わらず短槍を振り回しながら、つまらなそう答えてぶつぶつ独り言を言っている。
「僕も堅苦しい席はどうも苦手で……こっちの方が気楽でいいです」
また、オルペもいつもながら任務中とは思えない態度で、船縁に腰かけると短弓に弦を付けた
「まったく。余計な仕事を増やしおって……あれほど団長に被害は最小限にと言われておったじゃろう!」
「反省してまーす」
「右に同じでーす」
他方、甲板の端では、銃士隊、近衛兵双方の恨みを買ってるので残されたオスクロイ兄弟が、彼らの尻拭いをさせられたアスキュールに怒られている……ぜんぜん反省していない態度ではあるが――。
「――しかし、新品の船を初任務でいきなり傷つけおってからに……我ら羊角騎士団の象徴とも呼べる大切な船、もう少し大切に扱ってもらわねば困る」
振り向けないハーソンの代わりに、そんなアルゴナウタイ号の方を見つめるアウグストは、銀色の船体に付いた黒い煤汚れや凹み傷に、ダンディな眉根をひそめて渋い顔を作ってみせる。
「まあ、そう言うな。あの状況では致し方なかろう。メデイアの仕掛けておいてくれたサブノックの要塞化の力で破損も軽微にすんだしな」
それにハーソンはティヴィアスを擁護するようにして彼をなだめると、今度はメデイアの方へと視線を向けた。
「アルゴナウタイ号のこともだが、今回、最大の功労者はメデイア、君だ。アンドラスのばら撒いた不和を打ち消してくれなかったら、たとえ賊を全員討ち果たしても、そのままエルドラニアとフランクルは戦に突入していたかもしれないのだからな。君の魔術は我が国やプロフェシア教会ばかりでなく、エウロパ世界全土を争乱から救ったんだ。護教を責務とする白金の羊角騎士団団長として、また、帝国を守る
「そ、そんな……お、お礼だなんて……きょ、恐縮…です……」
肩を貸しているため、密かに慕っているハーソンの碧い瞳に間近で見つめられながらそんなことを言われ、メデイアはベールの下で頬を赤らめると、紫の眼を逸らしてしどろもどろに謙遜する。
彼女は想いを寄せる人物に褒められたからというだけでなく、ずっと世間に蔑まれ、迫害されてきた〝魔女〟という存在として、その魔女の力で皆の役に立てたことがなんともいえないくらいにうれしかった。
さて、そうして今回の騒動に巻き込まれた者達が一堂に見守る中、本会議の主役である三名の貴人達は、会食も後回しに御座船の中央で立ったまま語らい合う。
「――この一件でもよーくわかったとおり、ビーブリストの台頭はプロフェシア教会のみならず、このエウロパ世界全体にとっての大きな脅威。これからはともに手を取り合い、異端者どもを討伐してゆきましょうぞ」
苦笑いを浮かべながら、ルシュリー枢軸卿がそう言って手を伸ばす。
「ええ。これまでのことはすべて水に流し、エルドラニアとフランクル、エウロパ世界の秩序と平安を守るために協力してまいりましょう」
「念のため言っておきますが、くれぐれも自国を優先しての裏切りはなしですぞ? すべてはレジティマム教会のため。正しきプロフェシアの教えのためです」
対してカルロマグノ一世とスシロウデス枢軸卿も手を伸ばし、三人はお互いに固く手を結び合う。
こうして、思わぬ危機を乗り越えたことで双方とも決意を改め、レジティマム支持派最大の二大国は対ビーブリストを掲げてここに共闘を誓うのであった。
ただし、この時すでに争乱の種は各地に根を張り、プロフェシア教並びにエウロパ世界全土を巻き込む、壮大な宗教戦争として花開く時を今や遅しと待っていたのではあるが……。
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