Ⅶ 和解の悪魔 (3)

「オノレ、我ガ使イ魔達ヲ……マズハ貴様カラ血祭ダ……」


「…ひっ! ……な、なんでパウロスじゃなく私……」


 だが、油断大敵。配下の者が倒されたのを見て、アンドラスの宿るファムールはアウグストに襲いかかろうとする。


「おっと、貴様の相手は俺のはずだろ?」


 しかし、即座にハーソンがアウグストの前に立ち、その進路を妨げた。


「フン! イイダロウ。イイ加減、貴様トジャレ合ウノモ飽キタ。次ノ一撃デ仕留メテヤル……」


「フッ…同感だ……いくぞ! フラガラッハ!」


 鼻で笑うファムールの狂戦士ベルセルクに、ハーソンもおどけた調子で言葉を返すと、今度はこちらから仕掛ける。


「…ッ! ナニ……」


 だが、その動きはそれまでの彼のものとはまるで違っていた。


 甲板を蹴ったと思った瞬間には距離を詰めており、その勢いのまま目にも止まらぬ速度で〝フラガラッハ〟の斬撃を食らわす。


「…ハ、速イ……バカナ……先程マデトハ比べモノニナラン……」


 それをアンドラスのファムールも辛うじてサーベルで受け止めるが、続けざまにハーソンは高速の剣を連打で打ち込み続ける。


「…オノレ……人間風情ガアッ…!」


 アンドラスもやられっぱなしではおらず、返す刀でハーソンに斬りつけるが、今度の彼はそれをもなんなく〝フラガラッハ〟で弾き、隙を突いてはまた高速の斬撃を浴びせかける。


 そのどちらも人間技とは思えない、普通の人々には知覚すらできない速さの斬撃の応酬……傍から見れば、透明な剣が彼らの周りで激しくぶつかり合い、その度に眩い火花を散らしているようにしか目に映らない。


 突然、ハーソンの動きがそのように進化した理由……それは、彼自身ではなく〝フラガラッハ〟にあった。


 普段は投擲している〝フラガラッハ〟を握ったまま用いることで、彼はその動きを魔法剣に委ねているのだ。その斬撃も反応速度も到底、人間の及ぶところではない〝ひとりでに鞘走る〟魔法剣に任せることにより、その人智を越える速さと威力を、ハーソンは自らの剣技に宿しているのである。


 もっとも、それは自分の身体能力を遥かに超えた力を振るうことになるため、体にかかるダメージも相当なものになるのではあるが……。


「……ナルホド。魔法剣ノ力カ……ダガ、ソンナ偽物ノ狂戦士ベルセルク化、イツマデモ通用スルト思ウナヨ!」


 やがて、そのカラクリにアンドラスも気づくと、勝負をつけるべき戦法を変えてくる。


「ガルルルルル……ワオォォォォーンッ!」


 一旦、飛び退いて距離を取ったかと思いきや、その筋肉の肥大化した脚を縮めて限界まで力を溜め、瞬間、強力なバネで自身を撃ち出すと、咆哮とともに超高速の突きを食らわせてきたのである。


 目にも止まらぬ鋭いサーベルの刺突……アンドラスは、その一撃がハーソンの身を貫くことを確信していた……しかし。


「な……!」


 またしても、人間を超えた動きをハーソンは見せる……〝フラガラッハ〟に引っ張られるようにして体を高速回転させると、飛んでくるアンドラスの刺突をかわしたのである。


 いや、かわしただけでは終わらない。〝フラガラッハ〟はそのままハーソンの身を一回転させ、すり抜けざま、遠心力で力を増し、彼の体重を乗せた強烈な一撃をアンドラスの背中へ叩き込んだのだった。


「ウゴアァァッ…!」


 その一撃は、たとえ狂戦士ベルセルクだとて耐えられるものではない。悪魔の宿ったファムールの肉体は、真っ赤な鮮血を背中ら吹き上げて、大きな音とともに甲板の上へと激突する。


「……バ、バカ……ナ……人間……風情ニ……コノ……俺……ガ……ゴハァッ……」


 霊体である悪魔を殺すことはできないが、宿っている人間が死ねば、当然、自分の肉体として使うことはできなくなる……ファムールの命の日が消えるとともに、不和の公爵アンドラスもその場からいなくなった。


「フゥ~……痛っ……肩が外れたか……骨もあちこちヒビがいってるな……」


 〝フラガラッハ〟を杖代わりに膝を突き、ファムールの最期を眺めていたハーソンは、立ち上がろうとしてその痛みに端正な顔を歪める。


「団長! やりましたな! あのバケモノを倒すとは、さすがはエルドラニアの誇る聖騎士パラディンです!」


「やりましたぞ! これでわしの悪夢は晴れましたぞ!」


「私の占いも外れました。占いが外れて、こんなにうれしいことはありません!」


 そんなハーソンに、アウグスト、プロスペロモ、イシドローモの三人は、嬉々とした顔で駆け寄ってゆく。


「チッ…槍を引っこ抜くのに手間取ってる内に、いいとこ団長に持ってかれちまったな……」


「いやあ、剣に動きがぜんぜん見えませんでした。強いのは知ってましたが、ほんともう脱帽です」


 また、賊を串刺しにした槍をようやく引き抜くことのできたパウロスは、そんな皮肉を口にハーソンを称え、シュラウドを下りて来たオルペは、つば広帽を取っておどけたふりをしてみせる。


「……ま、まあ、剣術は俺達の分野じゃねえからな」


「……あ、ああ。俺達はあくまで拳闘術で世界一だからな」


 他方、自信家のオスクロイ兄弟は、ハーソンの戦いぶりを見てかなりビビッている。


「団長~っ! ご無事ですか~!? お怪我はありませんか~!?」


 さらに今回の隠れた功労者といえるメデイアも、悪魔召喚の魔術儀式を終えると、ハーソンの身を案じてフランクルのガレオンより駆け寄って来る。


「い、いや、あんまり無事ではない……アスキュールはいるか? アスキュール! …痛っ……ちょ、ちょっと頼む……」


「お~っ! 今行くんで待っててくだされ~っ!」


 対して当のハーソンはメデイアの問いかけにそう答えると、大声を出すのも辛そうに、負傷した銃士を手当てする船医の名を弱々しく呼んだ――。

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