Ⅶ 和解の悪魔 (2)

 そうして、メデイアの前からオリアックスが姿を消した直後、御座船の上では早々に変化が起き始める……。


「――さあ! 敵船は沈んだ! あとは宿敵、フランクルの宰相の首を……って、予は何を言っているのだ! 思ってはいても、そんなことをしてはマズイではないか!」


「そうです陛下。憎っくきルシュリーの首をとり、そのまま一気にフランクルを……いや、それではビーブリストの思うつぼじゃ!」


 それまで激昂し、ルシュリーの成敗を声高に唱えていたカルロマグノとスシロウデスは、自分達の命じていることの恐ろしさにようやくにして気づく。


「何をしている銃士隊! こうなれば、我らもガレオンで砲撃を……あん? わしは、なぜそのようなことを言っているのだ? ここへ来たのはエルドラニアと共闘するためではなかったか?」


 同じくルシュリーも、自分の口から出ている言葉のおかしさを認識すると、はるばるこのバルカーノへ来た本来の目的を思い出す。


「……あれ? 俺達、なんでエルドラニアのやつらと戦ってるんだ?」


「……ハッ! そうだよ! 俺達の敵はフランクルじゃない! あの賊どもだ!」


 また、熱に浮かされていた銃士隊と近衛兵達も、憑き物が落ちたかのように冷静さを取り戻し、暴れ回るのをやめる。


「……あれ? 俺はいったい……うぐっ!」


「……んん? おお! 魔女のねーちゃんの魔術がようやく効いたようだな」


 それまでの勢いで、正気を取り戻した銃士をまた一人蹴り倒したオスクロイ兄弟の兄カリストも、その場の雰囲気が変わったことに一足遅れて気がつく。


「……あ、あのちょっと、やめ…んがっ!」


「ええ? ……あ、ほんとだ。フゥ……なんか、安心したような、でも残念なような複雑な心境だな……」


 同じく無実の近衛兵を気づかず殴り倒したポルフィリオも、悪魔の力が解けたことを認識すると、安堵の溜息を吐きつつも、まだまだ暴れたりないような複雑な顔をした。


「……ん? 俺ノ力ガ打チ消サレタダト? コノ気配……オリアックスカ……」


 そして、当然のことながら、その不和を撒き散らした張本人――ファムールの中の悪魔アンドラスも、その変化と原因をすぐに察知する。


「ああ。俺の優秀な部下が対抗魔術を仕掛けてくれたようだ。さあ、これでもうエルドラニアとフランクルが戦になることはない。おまえも対価に魂をもらい、その分の仕事もして義理は果たしただろう? もうこれ以上、その者のために戦う必要もないはずだ。ここらで手打ちにするというのはどうだ?」


 そんな悪魔に、一旦は思いついた戦法を試そうとしたものの、状況が変わったことでハーソンは説得を試みてみる。


「フン。冗談ヲ。コレハコノ者達ノタメ二シテイルノデハナイ……俺ハ不和ノ公爵。不和ト争イヲ生ミダスコトガ我ガ務メデアリ、我ガ望ミダ。ナニ、オリアックスノ邪魔ナドサシタル問題デハナイ。貴様ヲ殺シタ後デ、術者モ始末スレバイイダケノ事ヨ……」


 だが、ファムールの顔をした悪魔はまるで聞く耳は持たない様子である。


「そうだぜ、団長! こいつらはぶっ殺す以外にハナから止める手はねえってことだ!」


 その時、傍らでなおも狂戦士ベルセルクの一体と戦っていたパウロスが、短槍で激しく攻め立てながら二人の会話に入ってきた。


「ガルルルルっ…!」


 すると、その他所に気を散らした隙を突いてか、押されていた狂戦士ベルセルクは距離をとろうと、強靭な脚力で甲板を蹴り、パウロスの上を飛び越えて上空高く跳躍する。


「ハン! 甘えな……槍ってのは手で持って使うだけだと思うなよ、コラぁっ!」


 だが、それを見たパウロスは素早く体を捻り、反転する勢いを借りて短槍を頭上へと放り投げる。


「グガァァァッ…!」


 刹那、その槍は見事に狂戦士ベルセルクの胸を背後から貫き、彼は断末魔の叫びをあげながら甲板の上へと落下した。


「よし! 我らも片づけるぞ! オルペ、頼む!」


 また、アウグスト達も最後の力を振り絞り、この戦いに決着をつけようとする。


「うおりゃりゃりゃりゃあっ…!」


 それまで防戦一方だったアウグストだが、なりふり構わずブロードソードを振るい、間髪入れずに斬撃を狂戦士ベルセルクに叩き込む……。


「ゆくぞ、イシドローモ! 神父を騙った罪を懺悔させてやる! とりゃあっ!」


「おう! プロスペロモ! もと宣教師として、神になり代わって罰してやる! てりゃあっ!」


 同じく彼ら宣教師コンビも、ハーソンに斬られるも再び立ち上がって襲い来る残りの二体に、決死の覚悟で挑んでゆく……。


「…ハァ……ハァ……うおりゃっ! ……んくっ……フン…!」


「ワオォォォーン…!」


 しかし、本体のファムールに劣るといえども相手は狂戦士ベルセルク。槍の名手パウロスならまだしも、三人はすぐに息を切らして逆に押され始める。


「…ハァ……ハァ……い、今だ! オルペっ!」


「グッジョブ! 副団長……」


 が、すべてはアウグストの作戦の内だった。


 彼はオルペに合図を送ると、メインマストのシュラウドに陣取る短弓の射手は、素早く矢を番えて文字通り矢次早やに三連続で連射する。


「キャウッ…!」


「ワウッ…!」


「キャイン…!」


 その三本の矢は微塵も的を外すことなく、オルペの正確な射撃により各々の頭に突き刺さると、三体の狂戦士ベルセルクは弱弱しく悲鳴をあげて、大木が倒れるようにしてドサリ…と甲板の上に転がり果てた。


「フゥ……よくやったオルペ! いやあ、今回のは死体・・や亡霊以上に手強かったぞ……」


 敵が沈黙したことを確かめ、大きく安堵の溜息を吐くと、アウグストはオルペに手をあげて礼を言いつつ、過去の戦いを思い出しながら額の汗を拭った。

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