Ⅵ 白銀の駆逐艦 (1)

 それでも御座船の外になら、他にもこのキャラベルの動きに気づく者達があった……イーデスの手旗…いや、スカーフ信号を受け、御座船へ向かって来ていたアルゴナウタイ号のティヴィアス達である。


「クソっ! 野郎ども本気でぶっ放つつもりだな! だったらその前に沈めてやるまでだ……限界まで帆を張れえ! 手の空いてる者は砲撃準備だあっ!」


 遠方からでも砲門が開いたのを目敏く見つけると、こちらも砲撃の準備を整えつつ、船を任された操舵手のティヴィアスは全力疾走でアルゴナウタイ号をキャラベルへと突進させる。


「だめだ。このままじゃどう急いでもあと一歩間に合わねえ……」


 しかし、船乗りの経験則上、考えずとも感覚的にティヴィアスにはわかる……あちらの大砲の方が一足早く火を噴くことは明らかだ。


 いや、例えその前に接近できたとしても、船の構造状、砲列の並ぶ横腹を相手に向けなくては砲撃できないのだ。


「何か手は……そうだ! 破壊はできなくとも牽制くれえには……〝アイエテスの牛〟を用意しろ! あれを使うぞ!」


 焦りとともに操舵輪を握りながらも、一つの妙案が北海風の兜をかぶったティヴィアスの頭に浮かぶ。


「アイエテスの牛、用意できましたーっ!」


 ティヴィアスの指示に、操船を担っている騎士団員達は速やかに動き、アルゴナウタイ号の船主像フィギュアヘッド下部に設けられた砲門からは、戦列甲板に収納されていた牡牛の頭部をあしらった砲身が押し出される。


 だが、それは通常のカノン砲のように砲弾を発射するような代物ではない……以前、ハーソンがティヴィアスをスカウトしに行った際、北の海で遭遇した〝シーサーペント(※海のドラゴン)〟を参考にしたもので、その鋼鉄でできた牡牛の口からは炎が吐き出されるのだ。


 この船首に取り付けられた武装ならば、舷側を敵に向けなくても攻撃ができる……そう、ティヴィアスは考えたのである。


 ちなみにこの砲門は用途に合わせて砲身を換装できるようになっており、火炎放射器であるこの〝アイエテスの牛〟の他、〝スパルトイ砲〟または〝カドモスの龍牙〟と名付けられた青銅砲弾の散弾砲も搭載していたりする。


「よーし! このまま突っ込むぞーっ! アイエテスの牛砲、最大出力で発射ぁーっ!」


 準備が整うと、ティヴィアスは操舵輪を切ることなく、真っ直ぐキャラベルへと突進しながら発射の合図を送る。


 と、アルゴナウタイ号の船首からは、巨大な橙色オレンジの炎の柱が、水平方向へと勢いよく吐き出された……。


「――な、なんだっ!? 船を出せ! 燃やされるぞぉ!」


 すると、御座船を砲撃しようとしていたエジュノー残党のキャラベル船は迫りくる炎に驚き、火災を避けるために慌てて船を前へ発進させる。


 距離的に、実際はさほど被害を与えられるほどのものではなかったが、船戦において逃げ場のない海の上での火災は最も恐れられるものであるため、その印象的効果は絶大である。


 テイヴィアスが散弾砲ではなく火炎放射器を選んだのも、まさに狙いはそこにあった。


「うまくいった! 帆を逆向きにしろーっ! 急速停止するうーっ! 全員、衝撃に備えろーっ! 取舵いっぱぁぁぁーい!」


 しかし、キャラベル船がいなくなったことで、このままでは全速力で御座船に突っ込んでしまう……ティヴィアスは速度が落ちるよう帆を操らせると勢いよく総舵輪を回し、船の舵を思いっきり左側へと切った。


「うわあっ…!」


 傾く船体に騎士団員達も堪らずよろめく中、アルゴナウタイ号は大きな波と水飛沫をあげながら猛烈な速度で御座船に横付けすると、最後はゴォォォォーン…! と激しく右舷を御座船へぶつけて停まる。


「ガハハハハハ…! 見たか! 俺達の船の力を!」


 それでも、銀色に輝く新品の装甲板を傷つけるくらいの軽微な被害しかださず、御座船の盾になる形でアルゴナウタイ号を押し込んだティヴィアスは、自慢げに胸を張って高々と笑い声をあげる。


「――クソっ! 邪魔をしおってぇ……ならば、まずは貴様らから沈めてやるまでだ! 取舵いっぱーい! 左舷、砲撃準備ぃーっ!」


 だが、キャラベルもそれで終わらせてくれるような甘い連中ではない……やはり預言皇庁の傭兵水夫姿をした、彼らの指揮を執る船長のような男は船を旋回させると、今度はアルゴナウタイ号の横腹へ対して砲門の並ぶ左舷を向けて停まる。


「…ガハハハハぁ……ま、マズイ! 撃って来るぞぉぉぉーっ!」


「――レジティマムの犬め! 海の藻屑と消えろっ! 全問発射ぁぁぁーっ!」


 バカ笑いをしていたティヴィアスが目を見開いて叫ぶ中、賊の船長の合図とともに轟音が鳴り響き、船体から顔を覗かせる無数の砲口が一斉に火を噴く。


「うわああっ…!」


 とほぼ同時に、全弾命中したアルゴナウタイ号は強い衝撃と激しい揺れに襲われ、海上が白煙に包まれる中、騎士団員達は甲板へと投げ出される……。


「――フン。思い知ったか。堕落した偽信者どもめが……なにっ!?」


 横腹に完全な有効射程距離から全弾叩き込み、当然、撃沈したものと思い込む賊の船長だったが、海風に白煙が流されると、視界の晴れた海上には、ほぼ無傷のアルゴナウタイ号がその銀色の船体を悠々と浮かべている……損傷といえば、陽光を浴びて輝く装甲板が少々凹んだり、煤で汚れたりしているくらいだ。


「フゥ……なんとか持ちこたえたか……名工アルゴナスの造った装甲版もだが、やっぱメデイアの姉ちゃんの魔術はスゲエな……」


 衝撃によろめき、膝を突いたティヴィアスは総舵輪を杖にして立ち上がると、自分達の船の頑丈さに今さらながら驚いている。


 このアルゴナウタイ号は、ただでさえ硬い鋼鉄の板で覆われているだけでなく、その装甲板にはメデイアがソロモン王の72柱の悪魔の内序列43番・堕落の侯爵サブノックによる要塞化の力が宿してある……即ち、この軍船は海上に浮かぶ城塞同然の強度を誇っているのである。


「――ええい! もう一斉射だっ! どんなに硬くても無敵ということはない! 第二射の準備を急げえっ!」


 それでも、そんなバケモノを前にしても復讐に燃えるエジュノー残党の心は折れず、すぐさま檄を飛ばして再発射の準備を整えさせる。


「とはいえ、そう何度も食らっちゃさすがに持たねえな……やつらがまた撃ってくる前にこっちも反撃だあ! 左舷、第一・第二砲列、全門発射準備ぃーっ!」


 対して敵の動きを予測すると、ティヴィアスも船体内に設置された上下二層の放列甲板へ一斉発射の指示を出す。もとより砲弾と火薬は装填されているため、今撃ったばかりのキャラベルよりは充分すぎるほど時間的な利がこちらにはある。


「砲撃準備完了ーっ!」


 閉じていた砲門の蓋が次々に開くと、こちらの銀色に光る船体にも無数の黒い砲身がその顔を覗かせる。


「よーし! 左舷全砲門、一斉に放てえぇぇぇーっ!」


 報告を受けたティヴィアスの合図に、再びド、ドドン! と…否、先程以上の大雷音が海上に鳴り響き、アルゴナウタイ号の弦側に二層に渡って並んだ大砲の列が一斉に皆、火を噴いた。


「――な……!」


 銀色の船影をキャンバスにして無数の爆炎が煌めくその光景に、キャラベルの残党達は思わず手を止めて目を大きく見開く……が、次の瞬間には強烈な衝撃と轟音とともに、砲弾の雨を食らった小型船は木っ端微塵に吹き飛んでいた。


「砲身にも序列8番・力天使の公爵バルバトスの力を込めて射撃力を高めてあるんでな。的は外さねえぜ……どうだ、これが最新鋭フリゲート艦の威力ってやつよ! ガーハハハハハハ…!」


 大破炎上し、轟沈する敵船を眺め、ティヴィアスは仁王立ちして腕を組むと、いにしえの海賊〝ヴィッキンガー〟の如く、再び豪快な笑い声を大海原に響かせた――。


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