Ⅴ 狂乱の御座船(2)

 また、銃士隊と近衛兵の制圧を命じられたオスクロイ兄弟も、両陣営が衝突する前にこちらから仕掛け、怒りに我を忘れた者達相手に大いに奮戦していた。


「――うごっ…!」


「セヤアッ! 俺たちの古代イスカンドリア拳闘術、たっぷりと味合わせてやるぜ!」


 レイピアで突いてくるフランクルの銃士隊に、兄カリストが長い脚を鞭のようにして回し蹴りを食らわせば……。


「ぐはっ…!」


「オラ! オラ! オラ! オラぁっ! エルドラニア一の拳闘士、オスクロイ兄弟とは俺達のことだあっ!」


 近衛兵の槍を掻い潜って、弟ポルフィリオはパンチの連打を食らわす。


「あ~あ、鼻の骨と肋骨も折れておる……あれだけ手減をしろと言っておるだろうに……」


 また、兄弟の容赦ない暴行を受け、次々と甲板上に倒れ行く両国の者達を、アスキュールが文句を口にしつつも端から順々に診て回っている。


「ほんとに誤って殺さなければいいんじゃがのう……他に適任者はおらんかったんか?」


 まあ、怪我の度合いはともかくとしても、とりあえず死んではいないようである。


「やっぱ、俺達がエルドラニア…いや、エウロパ世界最強だな、弟よ!」


「その通りだ、兄貴! 俺達の拳闘術にかなうやつは世界中どこにもいないぜ!」


 だが、バッタバッタと兵を薙ぎ倒し、そんな図に乗った台詞を兄弟が口にした時のことだった。


「んぐっ…!」


 突然、パーン…! と乾いた音が鳴り響いたかと思うと、兄カリストの胸で火花が散り、彼はその衝撃に倒れ込む。


 見れば、少し離れた位置にいる銃士の手に持つ短銃の銃口からは白い煙が上がっている……文字通り〝銃士隊〟だけあって、マスケット銃を携帯している者もいるのだ。


「兄貴っ! クソっ! 兄貴の仇いっ! オララララっ!」


「ぐへっ…!」


 唖然とする弟ポルフィリオは、一転、顔を怒りに赤く染めると、飛びかかって撃った銃士を瞬殺する。


「ごはっ…! ゴホゴホ……バカ野郎、勝手に殺すな! 当世風の分厚い胸当てのおかげで助かったぜ」


「なんだ、生きてたのかよお! 俺ぁてっきりもうダメかと……」


 だが、死んだかと思われたカリストは咳き込みながら起き上がり、胸当て鎧にめり込んだ弾をポルフィリオに見せる。どうやら対銃弾用に作られている当世風の鎧に救われたようだ。


「飛び道具なんか使いやがって……危なくてしょうがねえ! 近衛兵は後回しだ。まずは銃士隊の方から片づけるぞ!」


「おう、兄貴!」


 立ち上がったカリストはその危険性を認識すると、弟とともにまずは銃士隊の方へと突っ込んでゆく。


 だが、またもパーン…! と甲板上に鳴り響く乾いた銃声……。


「うおっ! また撃ちやがった……飛び道具まで使われたら死人を出さねえのは難しいぞ?」


「せっかく手加減してやってるってのに、こっちの苦労も少しは考えろってんだ!」


 辛うじて誰にも当りはしなかったものの、いつ犠牲が出るかもわかったものではない。


「ルシュリー枢軸卿をお護りしろーっ! 全員突撃ぇ~き!」


 その上、不和の公爵アンドラスの影響を受けた待機中の銃士隊までが、橋板を渡ってフランクルのガレオンから続々と新たに乗り込んで来たりもしている。


「チっ…次から次へとゴキブリみてえに増えやがって……これじゃ埒があかねえ……」


「こりゃ、魔女の姉ちゃん・・・・・・・に早くなんとかしてもらわなきゃ、さすがの俺達でもお手上げだぜ……」


 なるべく双方、被害を出さずに制圧しろというその戦い方の難しさに、オスクロイ兄弟はなおも格闘を続けながら、まったく同じ彫像のような彫りの深い顔を渋くした――。

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