Ⅴ 狂乱の御座船(1)

「――ひやっはあぁぁぁーっ!」


 先端の口火を切ったのは、むしろ狂戦士ベルセルク以上に狂気じみた顔のパウロスだった……。


「おらあっ! どうした? どうした? それでも狂戦士ベルセルクかあ?」


 嬉々とした彼は狂喜乱舞して短槍を繰り出し、獣の人相になった偽聖職者に素早い刺突を浴びせかける。


「ガルルル……」


 しかし、押されてはいるものの、運動能力を強化した狂戦士ベルセルクはそのすべてをカットラス(※船戦に向いたサーベル)で払い退けている。


「…うぐ……やるな……」


一方、それ相応の腕ながらも武芸ではパウロスに劣るアウグストは、反対に賊の猛攻をまともに食らい、カットラスの連打を愛用のブロードソード(※レイピアよりは幅広の当世風戦争用長剣)で辛くも防いでいた。


「ガウウウウウウ…!」


「…うく……うっ……しまっ…!」


 やがて、その激しい斬撃を受けきれなくなり、勢いよく振り下ろされた鋭い刃がアウグストの無防備な頭上へと迫る。


「アウゥッ…!」


 しかし、アウグストの頭蓋がかち割られるかと思われたその瞬間、賊の腕には一本の矢が突き刺さり、まるで負け犬のような悲鳴をあげて後方へと退く。


「フゥ……すまん。危ういところだった」


 九死に一生を得たアウグストは安堵の溜息を吐くと、その矢の飛んできた方を見上げて礼を言う。


「どういたしまして。副団長にはいつもお世話になってますから」


 その矢を放った人物――いつの間にやらメインマストのシュラウド(※縄梯子状のロープ)に登っていたオルペは、竪琴リュラー型の半弓の弦を爪弾きながら、おどけた調子でウインクをしてみせた――。




「――ガウワウゥッ…!」


「ワオォオーン…!」


「フラガラッハ!」


 他方、二人同時にカットラスを振り上げて襲いかかってきた賊に対し、ハーソンは魔法剣を放り投げるとタクトを振るうかのようにしてそれを操る。


「ギャウッ…!」


「アウゥッ…!」


 すると、風車のように高速回転しながら宙を舞う古代異教風の剣は、ハーソンの手の動きに合わせて縦横無尽に飛び回り、四方八方、思わぬ方向より斬りつけて二人の強化された肉体を切り刻む。


「ガルルルルッ…!」


 防御しきれずに斬り伏せられ、甲板に膝を突く同胞二人を見ると、今度は彼らの頭目――ファムールが騎兵用のサーベルを振り上げ、強靭な脚で床板を蹴って突進して来る。


「フン…!」


 それにもハーソンはすぐに反応し、手元に戻った魔法剣を再びファムールへ向けて勢いよく放り投げる……だが、獣のような彼の動きはそれを遥かに上回っていた。


「なっ…!」


 俊敏な動きで飛んでくる〝フラガラッハ〟をすり抜けると、そのまま距離を詰めて一気呵成にサーベルで斬りつける。


「くうっ……」


 ギィィィィィーン…! と船上に鳴り響く、一際大きな甲高い金属音……咄嗟にハーソンは腰の短剣を抜くと、その青白く光る刃でその一撃を受け止めていた。


 その短剣も古代異教の遺跡で見つけたもう一本の魔法剣で、危険が迫ると刃が光って知らせてくれる〝スティング〟というものだ。


「ナカナカイイ剣ヲ持ッテイルナ……ダガ、俺ノ剣モ負ケテハオランゾ……」


 しかし、その魔力を秘めた刃を以てしても、狂戦士ベルセルクと化したファムール…否。おそらくそれが本体なのであろう。そのしわがれ声からして完全に悪魔アンドラスに乗っ取られているその者の一撃を受け止めきることはできない。


「……っ! ……くっ……疑似魔法剣か……」


 肥大した筋肉が生み出す強靭な力で押し込まれたサーベルは、その刀身を焼けた鉄の如く橙色オレンジに輝かせ、ハーソンの肩に触れると同時に純白の陣羽織サーコートを一瞬で燃え上がらせる。


 ハーソンの魔法剣のように恒久的なものではないが、今はそのサーベルにも不和の侯爵アンドラスの持つ〝燃える剣〟の力が一時的に宿っているのである。


「…ぐぅ……戻れ! フラガラッハ!」


 その高熱で物体を斬り裂く真っ赤な剣はさらに甲冑にまで食い込み、肩に焼けるような痛みを覚えながらハーソンは魔法剣の名を呼ぶ。


「…フン! ……イイ判断ダ、人間」


 その声に、高速回転で舞い戻った〝フラガラッハ〟が斬りつけると、ファムールであった者・・・・・は焼けた剣でそれを弾き、用心して一旦、距離をとった。


「焼けた剣とは恐れ入った……」


 一時の休戦……焼けてボロボロになった陣羽織サーコートを力任せに破き捨てると、その下から筋肉隆々の裸体を一枚板で打ち出した、パレードアーマー風のキュイラッサーアーマー姿をハーソンは披露する。


「悪魔憑きの狂戦士ベルセルク……いわば、悪魔が受肉したようなものか……これは、いつも通りのフラガラッハの戦法では太刀打ちできんとみえる……」


 そして、戻ってきた〝フラガラッハ〟の柄を右手で握りしめると独り言ちながら、左手に移した〝スティング〟ともども、その切先をファムールへ向けて再び身構えた――。

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