Ⅳ 謀略の会談(4)

「いきなりみんな、どうしちゃったんすか?」


「やつの召喚した不和と争いを司る悪魔の力だ。お互い長年の敵国同士。その力のよって、内に秘めていた憎しみや敵意といった負の感情が一気に噴出したといったところだろうな……」


 こうした異常な状況を前にして、傍らのイーデスが不思議そうに尋ねると、さもありなんとハーソンは渋い顔で答える……この御座船の甲板上で、ハーソン達羊角騎士団の者達だけはいまだ正常な精神状態を保っていた。


「マズイな。こちらの第二手こそが真の狙いだったか……用心して、メデイアに二重の魔除けをかけておいてもらったのがせめてもの救いだが……」


 そう……ハーソンが誰に言うとでもなく呟いたように、相手が凄腕の魔術師であるらしいことを考慮し、念のため、メデイアの作った魔導書『ソロモン王の鍵』にある〝火星第五のペンタクル(※円盤型の魔術武器)〟という魔除けの護符をそれぞれ身に着けるとともに、ソロモン王の72柱の悪魔序列64番・豹公ハウレスを召喚して悪魔を避ける魔術をかけておいてもらったのである。


「イーデス、ティヴイアスにすぐ来るよう合図だ! キャラベルの動きが気になる。それからおまえはケートス艦隊の所へ行って、絶対近づかないよう伝えろ。しのごの言ったら陛下の勅命だと嘘を吐いてもかまわん。見たところ、不和の悪魔の効果範囲はこの御座船の周囲だけのようだが、艦隊まで巻き込まれたらそれこそ大惨事だ」


 それでも、いつまでも困ったままでいるわけにもいかないので、ハーソンは矢継ぎ早に指示し始める。


「了解っす! 一度、〝勅命〟って言葉、使ってみたかったんすよね……んじゃ、御座船なので畏れ多いっすが、非常事態なんで失礼するっす!」


 言われたイーデスはハキハキとした声で返事し、一番近いメインマストの頂上へするすると猿のように登っていくと、首に巻いていたスカーフを外して旗のように大きく振ってみせる……。


 すると、ケートス艦隊とともに離れた位置で周囲の警戒に当たっていたアルゴナウタイ号がすぐに反応し、旋回すると帆を広げてこちらへ向かい出す。予め、何かあった時にはそういう手はずに決めていたのだ。


「わかってくれたようっね……んじゃ、次はケートス艦隊っす! ボート、お借りしま~す!」


 それを確認すると、イーデスはまたするするとマストを下り、今度は御座船に設置してあったボートを意外にある腕力で勝手に海へと落とし、それに飛び乗るや恐ろしい速さでオールを漕ぎ出す。


「おまえ達を連れてきておいて正解だったな……オスクロイ兄弟は銃士隊と近衛兵の相手だ。なるべく怪我のないよう気絶させろ。命を落としてはまた紛争の種になるからけして殺すなよ? アスキュールは怪我した者の手当てだ。陛下と枢軸卿二人は……まあ、さすがにご自身で戦いには加わらんからいだろう。殴っておとなしくさせるわけにもいかんしな……」


 そうしてイーデスが全速力でケートス艦隊へ向かう間に、ハーソンはカリスト・デ・オスクロイとポルフィリオ・デ・オスクロイの双子の兄弟、さらに医者のアスキュールにも指示を出す。


 オスクロイ兄弟は古代イスカンドリアより伝わる古式拳闘術の遣い手で、その徒手空拳での戦闘スタイル柄、甲冑は古代イスカンドリア風の胸当てとつるんとした丸いヘルメットだけで、陣羽織サーコートは着けず、騎士団の紋章入りの白マントも極端に短いものとなっている。


 加えて脚技の得意な兄カリストは長い脚にプレートアーマーの脛当て、拳打に長じた弟のポルフィリオはやはり長い腕に籠手を装着しているところが、まったく同じ古代の彫像のような顔をした二人を見分けるためのポイントだ。


「団長、とにかく殺さなきゃいいんだよな?」


「ま、あばらの一本や二本……いや、五、六本折れるのは勘弁してくれよな」


 好戦的な性格の二人は、アキレス腱を伸ばしたり、拳を鳴らしたりと準備運動をそれぞれしながら、ちゃんと命令をわかっているのかも怪しい言葉を返している。


「ほんとに手加減しろよ? 大怪我されては後が面倒じゃ」


 そんな兄弟に、アスキュールも眉間に皺を寄せながら、信頼していない様子で釘を刺す。


「他の者は賊の相手だ。こちらは生死を問わん。プロスペロモとイシドローモはキャラベルから増援が渡ってこないよう固めてくれ……メデイア! 状況はわかってるな! 対抗魔術を早々に頼む! 悪魔の力が働いている限り、このふざけた騒ぎは収まらん! 下手をすればそれこそ戦争勃発だ!」


 続けざま、残るアウグスト、パウロス、オルペ、イシドローモ、プロスペロモにもそう命じると、さらにいつの間にやらフランクルのガレオン船の船縁に立つ、メデイアの方を向いて大声を張り上げる。


 彼女もまた、有事に迅速な対応が取れるよう、こちらの船に乗り移っていたのだ。


狂戦士ベルセルクとはいえ、今回は一応、生身の人間なだけまだましか……」


「さあて、久々に楽しませてもらおうか……」


「んじゃ、本業のお仕事と参りますか……」


 ハーソンのめいに、これまで人外の者・・・・と戦う機会の多かったアウグストは溜息混じりにそう呟き、対してパウロスは凶悪な笑みを浮かべて舌舐めずりをすると、オルペは暢気にも毛伸びなんかしてみせている。


「占いの結果はこういうことだったのか……」


「やはり、予知夢通りになってしまうのか……」


 一方、いよいよ現実味を帯びてきた自分達の予知に、イシドローモとプロスペロモは目に見えて不安げな表情を浮かべている。


「はーい! 直ちに~っ! 急いで行いますんでお待ちくださーい!」


 また、メデイアは手を振ってそれに答えると、早々、ガレオン船の船尾楼へと消えてゆく。


「よし、ゆくぞ! けして悪夢を現実のものとさせるな!」


 すべてのお膳立てを整えると改めて皆を鼓舞するように声をかけ、ハーソン自らも狂戦士ベルセルク化したファムールに対して愛用の魔法剣を構え直した――。

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