Ⅳ 謀略の会談(1)

「――やはり、信じてはもらえませんでしたな……陛下との謁見すら許されませんでしたし……」


 提督への警告はイーデスに任せ、自分達は御座船の王と枢軸卿の近習へ警戒を促しに向かったハーソンとアウグストであったが、案の定というべきか、彼らの疑念は一笑に付されてしまった。


「預言皇庁の使節が偽者などと話、普通に聞けばよまよいごとにしか聞こえないだろうからな。殊に信仰心篤きスシロウデス枢軸卿では疑ることすら罪だと言い出しかねん……イーデスの方もおそらく同様だろう。さて、どうするか……」


 渡した橋板を伝って御座船からアルゴナウタイ号へ戻る傍ら、渋い顔でぼやくアウグストにさも当然とばかりに答えると、ハーソンは腕を組んで考え込む。


「そうだな……身内が信じてくれないとなれば、あとはご本人に当たるしかないか。噂に聞く性格の御仁なら、むしろ率先して話を聞いてくれるやもしれぬ……ティヴィアス! もう一度、ケートス艦隊の方へ向かってくれ。まずはサンタ・エウラリア号に置いてきたイーデスを拾う。急げ! もう時間はないぞ!」


「アイアイサー!」


 そして、わずかの逡巡の後、自分達のとるべき行動について考えを固めると、再びティヴィアスに船の移動を命じた――。




 それよりしばらく後……。


 バルカーノの沖合、ケートス艦隊の重武装ガレオンとアルゴナウタイ号が円陣を組んで周囲を固める中、黄金色に輝く預言皇の御座船と瀟洒な造りをしたフランクル王国のガレオン、そして、預言皇庁使節のキャラベルが一堂に会する。


 御座船を挟む形でフランクルのガレオンと預言皇庁のキャラベルが左右に並び、双方から伸ばされた豪華な装飾の橋板を渡って、ルシュリー枢軸卿とヴェントレスカ司教、それにそのお付きの者達が御座船へと移動する。


「――これはこれは、ようこそおいでくださいましたルシュリー枢軸卿。このカルロマグノ、今回のご足労に感謝いたします」


 枢軸卿にしか許されない緋色の平服を着た、いかにも老獪な顔のその人物に、山吹色のスリット入りプールポワン(※上着)に白いキュロットという装いの若き王は、穏やかな微笑みを湛えながら歓迎の言葉を述べる。


「同じレジティマムの枢軸卿だというのに初めてお目にかかりますな。シメハス・デ・スシロウテスです」


 また、そのとなりに立つ、やはり緋色の平服を纏った厳格そうな老人スシロウデスも、少々嫌みを含んだ台詞で敵国の枢軸卿を歓待した。


「これはカルロマグノ陛下。ご尊顔を拝し恐悦至極に存じあげます……確かに。ビーブリストの鎮圧に手を焼くこのご時世、もっと早くにこうして会談の機会を持つべきでしたな、スシロウデス枢軸卿」


 対してルシュリーも、敵国の王に礼を尽くして挨拶をした後、思ってもみないようなことを張り付けた笑顔で教会の同輩に返した。


 聖職者とはいえ、ともに国政を担ってきた人物……どちらも食えぬ者同士だ。


 だが、長年の宿敵同士とはいえ、今回の会談にお互い他意のないことは、各々護衛の者達を周囲から遠ざけ、無防備に対面してるこの状態がよく物語っている。


 儀仗用の槍を携え、黒いベレ(※ベレー帽)と黄色いプールポワンにハーフアーマーを着けたエルドラニアの近衛兵はもちろん、鮮やかな青い陣羽織サーコートに羽根つきの黒いつば広帽をかぶったフランクルの護衛銃士隊も、それぞれの主人の背後に距離をとって控えている。


 唯一、ルシュリーの傍に控えているのは、武器を何一つ帯びることのない、フードを目深にかぶった黒い修道服姿の者が一人だけだ。


「ああ、この者は我が国随一の博識を誇る神学者ゆえ、ビーブリスト対策を講じるための助けになろうかと連れてまいりました。何分、禁欲生活を送る隠修士なので、このような格好でのご無礼、お許しくだされ」


 その人物を訝しげにカルロマグノ達が見つめているのに気が付くと、ルシュリーはそう言って彼を紹介する。


「ほう。隠修士の方ですか? もしや必要最低限の言葉以外、けして口をきかぬ沈黙の誓いを立てておられるのですかな? なんと殊勝なお心がけ。聖職者でありながら俗世にまみれたこの身がお恥ずかしい……」


 それを聞くと、自身も敬虔な信仰心と清貧な生活を旨としているスシロウデス枢軸卿は、どこまでも寡黙なその隠修士にいたく関心を寄せている様子だ。


「それは頼もしいですね。よろしくお願いいたします……預言皇庁の方々もようこそおこしくださいました。急な話だったというのに使節を派遣していただき、御礼申しげます」


 一方、カルロマグノは黙ったままの彼に短く挨拶をすると、今度は預言皇庁の使節団の方を向いて感謝の意を伝える。


 彼らはルシュリューよりもさらに無防備に、護衛の者を誰一人従えず、5名の聖職者のみで御座船に乗り込んできている。


「預言皇の侍従を務めるヴェントレスカと申します。こちらこそ、このような機会をもっていただいたことに、真に・・神に仕える者として御礼申し上げます」


 その聖職者の中から一歩前に出た、使節団の正使であるヴェントレスカ司教が、やはり穏やかな笑みを浮かべながら両者に返礼を述べる。


「特にルシュリー枢軸卿……こうしてあなたに近づく、絶好の機会を与えてくれたことにはね!」


 しかし、次の瞬間。予期せぬことが起こった……不意にヴェントレスカは袖から一本のナイフを引き抜き、間髪入れずにルシュリー枢軸卿へ襲いかかったのである。


「死ねえっルシュリーっ! 同胞達の無念を思い知れっ!」


「ひっ……!」


 迫りくる鋭利な刃に、キザな口髭を蓄えたルシュリーの顔がひきつる……護衛の従士隊は離れた位置におり、賊徒と彼の間を阻む者は誰もいないのだ。


 思わぬ一瞬の襲撃……その暗殺は成功してしまうかに思われた。



 

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