Ⅲ 疑惑の使節(4)

「ティヴィアス! 今度はケートス艦隊の旗艦サンタ・エウラリア号へ近づけてくれ!」


「……どうでしたかな? ここから見ていた感じでは特に不審な点はないように思えましたが……」


 挨拶を終え、操舵手に指示を出しながらハーソンが戻ってくると、フォアマストの下で様子を覗っていたアウグストが早々に様子で尋ねた。


「……いや、むしろ疑念は深まった。これは、ひょっとするとひょっとするかもしれないぞ?」


 だが、アウグストの受けたイメージに反し、ハーソンは眉をひそめるとますます不審感を募らせている。


「ええ!? 身形みなりも預言皇庁のそれでしたし、受け答えも堂々としているように感じましたが……」


「確かに見てくれは整っていたし、一見、話に筋は通っていたが、あの預言皇の侍従という男は羊角騎士団の名を聞いても団長の俺が聖騎士パラディンであることを知らない様子だった。自分で言うのもなんだが、預言皇庁で叙任を受けたこともあり、少なくともあそこの人間達にはよく知られた話だ。もっとも歳が若いから、最近になって預言皇庁に来たという可能性もありえなくはないが……」


 驚くアウグストにハーソンは険しい表情を浮かべてながら、何か考えごとをしているかのように顎に手をやってそう答える。


「それでも、預言皇庁内の人間についてはよく知ってるようだったが……二人はどう感じた?」


 続けてハーソンは、ともに挨拶をしたイシドローモとプロスペロモにも尋ねてみるのだったが。


「いや、知ってるなんてもんじゃありません。モルターティ枢軸卿は確かに侍従長を務める有名な人物ですが……ナンノッタローベなんていう枢軸卿はどこにもおりません! それを、あの侍従を名乗る男は〝もちろん、元気にしています〟などと言って退けたのです!」


 イシドローモは血の気の失せた顔で、小刻みに瞳を震わせながらそう返答を口にした。


「やはりあれはカマをかけていたのか。わしもそんなやつ知らなんだので、おかしいと思ったわい……」


 どうやら口裏を合わせていたわけでもないらしいが、薄々は感づいていた様子のプロスペロモもひしゃげた顔をさらに歪め、ヴェントレスカ司教への疑念をよりいっそう強めている。


「そうか……メデイア、占いの結果はどうだ?」


 彼らの反応を確認すると、さらにハーソンはマストの影に隠れるようにして立っていたメデイアにも尋ねてみた。


「駄目です。魔術的な防壁が張られているようで何も見通せません。やはり、かなりの魔術師があの船には乗っているものと……」


 その問いに、彼女は静かに首を振って不首尾に終わったことを報告する。じつは挨拶をして探りを入れる傍ら、魔術的にも密かに真偽を確かめるよう、メデイアに指示を出しておいたのだ。


「となると、彼が預言皇庁の魔法修士並みの術者であることだけは本当のようだな……だが、彼らが本物の使節でない疑いはかなり濃厚になった。そもそも、急に預言皇庁から使節が派遣されるようになったというのも、よくよく考えれば奇妙な話だ。プロスペロモの予知夢や占いの結果のこともあるしな……」


「しかし、他に船団を潜ませている様子も見えませんし、あのキャラベル一艘ではたとえ突撃をしたとしても艦隊の集中砲火を浴びるだけですぞ? 仮にあの使節が賊だったとしても、やはり襲撃することなど不可能のような……」


 キャラベル船の一団が偽の使節であることを確信するハーソンに対し、アウグストは同様に疑念を深めつつも、船を隠すような島嶼もない水平線を見渡しながら、その現実とのギャップに疑い切れずにいる。


「アウグスト、おまえがあの使節の一員だったとして、兵力に頼った戦術が使えない場合、どうすればルシュリー枢軸卿を殺れると思う? 唯一、できるとしたらどんな状況だ?」


「私があの使節だったらですか? うーむ。そうですなあ……力押しができないとなれば、最早、直接会談する時を狙うしか……ってまさか!?」


 それでも意味深な口調で質問を投げかけるハーソンの言葉に、アウグストも唯一無二のその方法に思い至った。


「そのまさかだ。今、目の前に並べられているすべての事象から読み解くに、そう考えるのがむしろ一番自然だ。大胆極まりないやり方ではあるが、逆に最も確実で、兵力に劣る者ならば選ぶべくして選ぶ手段ともいえる」


「い、いや、ちょっと待ってください! 皇帝陛下は御座船でルシュリー枢軸卿と預言皇庁の使節をお出迎えになるという話でしたな!? も、もし、そこを狙ってくるのだとすれば……それこそルシュリー枢軸卿ばかりか陛下の御身も危険ではございませぬか!?」


 重ねて駄目押しの説明をするハーソンに、そのことを思い出したアウグストは俄かに慌て始める。


「ああ。こうなっては証拠を掴むまで待っている余裕もないな……」


「バルカーノの港が見えてきました~っ! 御座船もいるっす~っ!」


 と、その時、頭上からそんなイーデスの声が聞こえてくる。


 ハーソン達、上甲板の者達も覗えば、遠く金色に輝いているようにも見えるガレオン船が一艘、バルカーノの陸影を背景に浮かんでいる。


 船体に隈なく施された黄金の金具がそのように見せているのであろう……間違いなくバルカーノの軍港に置かれている御座船の内の一艘だ。


「もう時間もないようだな。ここまで来れば、キャラベルがヤケクソで砲撃してくる可能性もまずないだろう……イーデス! 下りて来てくれ! 至急伝令を頼みたい!」


「はーい! なんなりと~!」


 御座船の姿を認めると、ハーソンはマストの頂を見上げて大声でイーデスを呼び寄せる。


「急いで旗艦にいるイニエスターロ提督へ以下のことを伝えてくれ。預言皇庁の使節は賊が偽装したものである可能性非常に高し。充分、警戒されたし…と。もし、その根拠を聞かれたならば――」


 そして、すぐさまシュラウド(※マストを支えるための縄梯子状になったロープ)を伝ってするすると下りて来たイーデスに、ハーソンは提督への言伝を簡潔に伝えた。


「――知らぬ間に下じゃそんな大変なことになってたんすか!? 了解っす! ちょっくら行っていくるっす! ……伝令~い! 提督に火急の知らせゆえ、失礼するっす~!」


 すると、ずっとマストの上にいて状況を把握していなかった彼はさすがに最初こそ驚いていたが、すぐにハキハキと声で返事を残すと、ちょうどティヴィアスの舵取りで横につけた旗艦サンタ・エウラリア号へと船縁から跳び出してゆく。


「うわっ!? 向こうから跳んで来たのか? やっぱすげえな、羊角騎士団の者は……」


「いやあ、大したことないっすよ。それより、イニエスターロ提督はどこっすか? うちの団長より大事な伝令っす!」


 さすが強脚を誇る伝令役メッセンジャー……両船を隔てる海も跳び越えてあちらの甲板へ着地すると、驚く水夫に提督への目通りを頼んでいる。


「よし。ティヴィアス、今度は急いで御座船へ向かってくれ! 全速力でだ! ……ああ、だが、襲撃だと誤解されないよう礼儀正しくな」


「がってんしょうちの助でさあ!」


 イーデスが無事、旗艦へ渡ったのを確認すると、ハーソンはティヴィアスへ再び命じ、自分達は国王カルロマグノとスシロウデス枢軸卿の乗る御座船の方へとアルゴナウタイ号を疾走させた――。

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