Ⅲ 疑惑の使節(3)

「――うーむ。服装を見るに確かに預言皇庁の者達のようではあるが……」


 向かって来るキャラベルへこちらからも近づき、ティヴィアスの巧みな舵取りによってぴたりとその左舷へアルゴナウタイ号をつけると、その上甲板に立つ水夫や聖職者の姿がよく観察できる。


 イシドローモが呟いたように、帆や舵を操る水夫達は青いシュミーズ(※シャツ)と芥子色のバ・ド・ショース(※半ズボン)、赤い腰帯の衣装で統一されている……直接の兵力を持たない預言皇庁が用いている〝シュヴィッツ契約者同盟国〟の傭兵水夫の制服だ。


 また、その中に混じるケープ付きの黒地に赤い刺繍の入った平服と緋色の腰帯を巻く聖職者達も、やはり彼らのよく知る預言皇庁に仕える者の装いである。


「ようこそおこしくだされましたーっ! エルドラニアの騎士として、心より歓迎いたしまする!」


 そんな、見たところは預言皇庁の使節にしか思えないその一団へ、ハーソンは何気ない風を装い、海を隔てた弦側の船縁越しに大声を投げかけた。


「私は今回、皆さまの護衛を務めさせていただきますエルドラニア国王カルロマグノ一世配下、白金の羊角騎士団・団長ハーソン・デ・テッサリオです! 以後、お見知りおきを!」


 ハーソン達の役目柄、警護対象に加わった彼らへ挨拶をするのはなんらおかしなことではない。


「それはそれはご丁寧に。伝統ある羊角騎士団の御高名は常々聞き及んでおります。私は預言皇の侍従を務めるヴェントレスカと申します。エルドラニアとフランクルの記念すべきこの会談、本来ならば預言皇の名代として、侍従長のモルターティを寄こすべきところ、なにぶん多忙につき、私のような新参の若輩者が遣わされたこと、ご勘弁願いたい」


 すると、その中でも司教クラスの地位を示す赤紫の平服を着た青年が、向こうの船の縁に近寄って穏やかな声でそう答えた。


 細身の長身だががっしりした体つきの、色白でウェーブがかった金髪の好青年だ。


 その若さで司教クラスというのは少々珍しい気もするが、本人も新参と言ったように叙階されたばかりなのかもしれないし、名家の出身者だったり、預言皇の寵愛を受ける侍従ならばありえない話でもない。いや、むしろ預言皇の侍従で今回の使節の代表ともなれば、それくらいの地位の者でなければ逆に変だ。


「ああ、侍従長のモルターティ枢軸卿は一度お会いしたことがあります。お懐かしい名じゃ……」


 残りの四名の聖職者も集まってきて居並ぶ中、そのヴェントレスカと名乗る侍従の返した言葉に、やはりさりげない自然体でプロスペロモが呟く。


「ああ、これは失礼をいたしました。こちらは騎士団員のプロスペロモ・デ・シオスとイシドローモ・デ・アルゴルタです。我らはそもそもが護教のための騎士団ですが、二人はもともとフランチャイコフス会の宣教師をしておりまして。ゆえにこうして預言皇庁の御使者をお出迎えできることがなんともうれしく、ともに挨拶がしたいと申し出た次第です」


 イシドローモの呟きに、訝しげに彼を見つめるヴェントレスカ司教に対して、ハーソンはさもそれが思わず出た独白であったかのように、そう断りを入れながら背後に控える二人を紹介した。


「ほう。左様で……さすがはイェホシア・ガリールの正しき教えを異端から護るための騎士団。レジティマム教会に対して信仰心の篤いお方が多いご様子ですね」


 ハーソンの紹介に、ヴェントレスカ司教は二人を交互に見つめ、穏やかな笑みを湛えながら手を組んで神への祈りを捧げる。


「まことにあの頃が懐かしいことよ……ああ、懐かしいといえば、ナンノッタローベ枢軸卿はお元気ですかな? 何かと目立つ御仁のこと、相変わらずかとは思いますが」


 今度はイシドローモが、またも恍けた芝居で思い出したかのように尋ねた。


「ああ、ナンノッタローベ枢軸卿ですね。もちろん、お元気にしておりますよ。お二人は彼ともお知り合いなのですか? どうやら預言皇庁にいる枢機卿をよくご存知のようですが、もしや、預言皇庁で神への奉仕をなされていたこともおありで?」


 カマをかけるようなその問いかけにも、ヴェントレスカ司教は淀みなく答え、逆に二人を試すかの如く訊き返してくる。


「ああいえ、私どもなぞは宣教師をしてた折に幾度か預言皇庁へ行く機会があった程度でして……」


 それにはイシドローモたちの方が、むしろ焦って言葉を濁してしまう。


「そうだ。失礼ながら後学のためにお聞きしたい。お見受けしたところ、この武装もないキャラベル一隻でイスカンドリーアからミッディラ海を横断してきたご様子。ガリガリー海賊も出る海を護衛もなしに来られるとは、やはり高名な魔法修士の方が魔導書の力を用いておられるのでしょうか?」


 そんな二人の様子を見てか、助け船を出すかのように今度はハーソンがぶしつけな質問をしてみる。


「高名かどうかはともかくとして、この船には私が魔導書『ソロモン王の鍵』などを用いて、賊の目を欺く悪魔の力を宿しております。じつは私も魔法修士の出身でして。やはり、神の遣いの船に物騒な大砲は似合いませんからね。ま、本当ならばガレオンのような威厳ある船を用意すべきところなのでしょうが、あいにく急なことで、私のような若輩にはこれしか空いておりませんでしたので」


 だが、その核心を突く質問にも、若き司教は自嘲するかのように苦笑いを浮かべながら、まさにハーソン達の疑問を晴らす、そんな答えを口にしてみせる。


「おお、魔術的な防衛はあなた自らが……これは恐れ入りました。イスカンドリーアからの船旅、それではなおいっそうお疲れのことでょう。もうすぐバルカーノの港も見えてきます。以降の警護は我らが承りますゆえ、この先はどうぞごゆるりと、心穏やかにお進みください」


 その返答に疑念のすべてが払拭されたのかどうなのか? ハーソンは安心させるかのようにそう告げると、慇懃にお辞儀をしてバルカーノの方向へ手をかざしてみる。


「それはなんとも心強い。ハーソン卿と申されましたか? では、残りの道中、よろしくお願いいたします。お言葉に甘え、私は少々休ませてもらいましょう。どうぞ皆さまにも神の御加護があらんことを……」


 ハーソンを倣ってイシドローモとプロスペロモの二人もお辞儀をすると、ヴェントレスカ司教はハーソン達に向かって手を掲げ、幸運を祈念してからその場を辞して行った。








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