Ⅱ 争乱の予兆(3)
「伝令!? な、何事だ!? ま、まさか、ルシュリー枢軸卿はすでに……いや、でもあれはバルカーノの方角からだの……」
タイミングが良いといおうか悪いといおうか、この状況でのその言葉にアウグストはさらに慌てふためく。
見れば、一艘の中型船が猛烈な速度でこちらへと近づいて来て、すぐに真横へ並んでしまう……アルゴナウタイ号もかなりのスピードが出る高速艇だが、〝ジーベック〟というラテンセイル主体の小回りの利く船に横帆を増設し、兵装を排して軽量化したことによりさらなる高速化を実現したエルドラニア海軍の伝令船である。
それが友軍の証拠には、〝神の眼差しと護教の十字剣〟を組み合わせたエルドラニア帝国の国章が白い横帆に赤く染め抜かれている。
「かような火急の知らせ~! 如何なる要件っすか~!?」
伝令船のフォアマストの頂に設けられた
その巻き毛の金髪に褐色の肌をした細マッチョの青年――羊角騎士団の
身軽でなければ務まらぬ役目柄、その装いも通常の団員達とはかなり異なり、白の袖なしチュニックに膨らみのない白のキュロット(※かぼちゃパンツ)を履き、その上から古代風の胸当てと武器はショートソードだけを着けると、マント代わりに羊角騎士団の紋章が入った白のスカーフを首に巻いている。
また、兜も伝令を司る神ヘルメスを思わすような左右のこめかみに羽根を付けたキャバセット(※ツバのない帽子型の兜)であり、肩からは書簡を入れるための革鞄を斜にかけている。
イーデスは脚の速さばかりでなく記憶力にも優れ、長い文章も口頭で伝えられるのでハーソンにスカウトされたのであるが、やはりプロフェシア教の認めていない〝前世の記憶も持つ〟という秘密を抱えており、彼もまた〝異端〟の烙印を押されかねないこのエウロパ世界のはみだし者だ。
「バルカーノのケートス艦隊本部より連絡~っ! 今回の歴史的会談を祝し、急遽、預言皇庁よりも使節の船が来訪するとの連絡あり~っ! また、ルシュリー枢軸卿と使節に礼を尽くすため~! 当初の予定改め、皇帝陛下とスシロウテス枢軸卿も御座船にて出航~っ! 海上での会食を催し歓迎なされる由~! 加えてこの両船の警備にも当たられたし~!」
伝令船は帆を巧みに操り、ぴたりとアルゴナウタイ号に速度を合わせるとイーデスに答えてその命令を伝える。
「了解したっす~! 任務、ご苦労さまーっす~! 団長~っ! 聞こえたっすか~!」
本部からの命令を伝え終え、再び速度を上げて去り行く伝令船に返答すると、イーデスは下を向いて甲板上のハーソンに体育会系なノリで声をかける。
「ああ! 聞いていた! 大丈夫だぁーっ! ……にしても、また厄介な時に……ま、陛下のご性格ならばさもあらんか。そもそもバルカーノを会談場所に決められた時から、そんな船遊びをするつもりだったのやもしれんな……」
上を向いてイーデスに答えたハーソンンは、その急な予定変更に美麗な金色の眉をひそめて少々困ったような顔をする。
「なにを悠長なことを! プロスペロモ殿の見た夢で血の海になっていたのは船の甲板。ということは、何かあるとすればこの海上でということになりましょう! 賊の襲撃があるやもしれぬというのにそんな所へ皇帝陛下まで……それに預言皇庁も余計な使節など急に寄こさんでも……これでは賊の標的を増やすようなものではないか!」
対してアウグストは事態がさらに悪化したことを察し、暢気なハーソンの発言にますます声を荒げる。
「皇帝陛下と預言皇庁の使節の登壇……ますます最悪の未来が近づいてきています……」
ハーソンの背後でメデイアも、伝令がもたらした新たな要因に
「ハッ! もしや、あの〝神の眼差し〟と王冠は、預言皇庁の使節と陛下の身にも危険が及ぶことを暗示していたのやも……」
「そ、そんなことになれば、フランクルとの戦どころかエウロパ全土が大混乱に陥るぞ! 〝死〟と〝戦争〟……それは、そういう意味だったのか……」
また、この状況の変化を知ると、プロスペロモは血の気の失せた顔で自分の見た悪夢に新たな解釈を加え、イシドローモも鳥占いの結果を再解釈する。
「なんじゃか、お茶をしている場合でもなくなってきたようじゃの……」
他方、勝手にお茶の時間にしようとしていたアスキュールも騒ぐアウグストの声を聞きつけ、ハーブパンケーキを手にしたまま神妙な顔つきで話に加わってくる。
「僕の演奏もおあずけみたいですね……残念」
同じくオルペも緊迫するその場の空気を察知すると、
「ヘン! おもしろくなってきたじゃねえか。任務ってのはやっぱりこうでなくっちゃな……」
パウロスも素振りしていた短槍を肩に担ぐと、そう嘯いて狂暴な顔に不敵な笑みを浮かべる。
「どうしやす、団長? このまま合流地点へ向かいやすか? それとも引き返して陛下の御座船の警護に当たりやすか?」
「いや、このまま予定通りに向かってくれ。プロスペロモの見た夢からして、もし本当に襲撃があるのであれば、それはやはりルシュリー枢軸卿のいる場所だろう」
それまでの話を聞き、勇ましい海の男の顔になって尋ねる操舵手のティヴィアスに、団長ハーソンも鋭い眼差しで進行方向を見据えながらそう答える。
「皆も気を引き締めて周囲の警戒に当たってくれ! ここからは何が起こるかわからん! 少しでも不審に思うものを見つけたらすぐに報告しろ!」
「了解!」
そして、威儀を正すとよく通る大声で檄を飛ばすハーソンに、団員達も皆、声を揃えて緩んでいた甲板上の空気を一変させた――。
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