Ⅱ 争乱の予兆(2)

「じつは……星占いをしてみたところ、今回のこの会談、凶相が出ているのです。具体的なことまではわかりませんが、人の〝死〟や〝争い〟に関わる、何か大変な凶事が起る可能性があると……」


 ハーソンの問いに、メデイアはベールの下で美しいその顔を暗く曇らせると、手にした占星板ホロスコープの上に紫の瞳を落としたままそう答える。


「凶相……?」


 魔女であり、占星術にも長けたメデイアのその言には、ハーソンも俄かにその表情を厳しくして彼女の言葉を聞き返す。


「じつは団長、拙僧の占いでも……」


「いや、じつはその……わしも例の夢で……」


 すると、メデイアの発言に触発されたのか、さらに二人、暗い顔をした者達がハーソンの前に歩み出た。


「昨日、念のため占ってみたんだが、拙僧の方でも大凶と出た。それも、それが示すところはやはり〝死〟と〝戦争〟だ……」


 その内の一人、ラテン系の浅黒い肌に黒い瞳、オカッパの黒髪をしたオジサン団員が、額に冷や汗を浮かべながら目をまん丸く見開いてそう言葉を続ける。


 彼の名はイシドローモ・デ・アルゴルタ。もともとは宣教師で、騎士団内の宗教儀礼を司る役目も担っているのだが、そのややぽっちゃりな身には修道士のローブのような、フード付きの白い陣羽織サーコートを纏っている。


 しかし、その出自は太陽神を崇拝していた古代異教の民族らしく、代々一族に伝わってきた〝鳥占い〟を特技とするという、宣教師にしては異端審問にかけられてもおかしくないような秘密を抱えていたりもする男だ。


 まあ、その特技がハーソンに気に入られ、こうして騎士団に引き抜かれたわけなのだが……。


「〝死〟と〝戦争〟……それは、わたしの占い結果とも同じ……」


 イシドローモの話に、メデイアは占星板ホロスコープを強く握りしめると、細く美しいその眉の根をいい知れぬ不安に歪ませる。


「わしもその……このようなこと、レジティマムの教義に反するので申し上げにくいのですが……昨夜、また予知夢を見たのです……恐ろしい悪夢を……」


 もう一人、丸坊主で口と顎に髭を蓄え、灰色をした両の目の内、左側だけが異様に小さい奇妙な顔のこの団員の名はプロスペロモ・デ・シオス。


 こちらももと宣教師で、やはり団内の宗教儀礼を司る役目を担っているのだが、フード付きの白い陣羽織サーコートに包まれた体はイシドローモより大柄だ。


 そんなプロスペロモもイシドローモ同様、ある特殊能力を隠し持っている……それが〝よく当たる予知夢を見る〟ということだ。


 しかし、プロフェシア教レジティマム派の教義においては、そうした〝神の啓示〟的なものを授かることができるのは、この世で唯一、はじまりの預言者イェホシア・ガリールより脈々と預言者の資格を受け継いできた〝預言皇〟のみとされている。


 ゆえに予知夢を見るなどといえば異端の烙印を押されかねず、この異能はけしておおっぴらには広言できない、むしろ彼にとっては迷惑な才能だったりするのだ。


「恐ろしい夢……それはどのようなものだった?」


 左右大きさの違う眼を小刻みに震わせ、血の気の失せた顔で告げるプロスペロモにハーソンは尋ねる。


「真っ赤な……真っ赤な血に塗れた船が見えました……すごく立派な、王の御座船のようなガレオン船です……その甲板が血の海に染まり、その真ん中には、やはり血の色で真っ赤に染まった、司教の平服を着た人物が倒れていました……それに、血だまりの中には〝神の眼差し〟と豪華に装飾された王冠も……それから、その船より見える大陸は紅蓮の炎に包まれ、軍馬の嘶きや、人々の泣き叫ぶ声が暗黒の雲とともに世界を覆い尽し……」


 まるで幻視をして黙示録を執筆したという、イェホシアの直弟子・十二使者の一人イヨハンの如く、プロスペロモは焦点の合わぬ目をして譫言を口走るかのようにそう告げる。


「血塗れの司祭……それは、まさかルシュリー枢軸卿の死を表しているのか? そして、〝神の眼差し〟と王冠……さらに燃え盛る大陸が、それによって起こる預言皇と皇帝権力の失墜、エルドラニアとフランクルによる大戦おおいくさを暗示しているのだとしたら……メデイア、イシドローモの占いも重ね合わせると少々捨て置けぬ凶兆ではあるな……」


 二人の占い結果に続き、プロスペロモの夢の話も聞くと、いよいよそれがただの杞憂には終わりそうのないことをハーソンは確信する。


「そ、それはまことなのですか!? で、では、何者かにルシュリー枢軸卿が殺されると!?」


 そこへ、それまで団員達を叱責していたアウグストもいつの間にやら話を聞きつけ、驚いた様子で食いついてくる。彼もハーソン同様、これまでに見てきて三人の予知能力には信頼を置いているのだ。


「三人が三人とも同じような予知に到った以上、そうした凶事が起る可能性は極めて高いと思われます……ですが、それはあくまで可能性。確定した未来ではありません。わたし達の行動次第でその最悪の未来を変えることも不可能ではないかと……」


 詰め寄るアウグストに、メデイアは言い訳をするようにしてそう答える。


「あくまで可能性って……それにしても一大事ではないか! だが、我らの働き次第でなんとかできるやもしれぬのだな? こうしてはおれん。すぐに各方面に知らせて警備を強化しなくては……」


「まあ待て。占いや夢が根拠だなどという話、誰が信じる? 我らはこの三人の力を知ってるからすんなり聞き入れられたが、他の者達は確たる証拠がなければ動かすことはできん。まずは犯人を突きとめ、その証拠を掴むことが先決…」


 焦るアウグストに、まずは落ち着くように言うハーソンだったが……。


「伝令ぇ~い! 伝令ぇ~い!」


 その時、海上を吹き抜ける潮風に乗って、そんな微かな声が右舷後方より聞こえて来た。

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