31.憧憬―7『〈ドラゴン・チェイサー〉―7』
ハーランの目の前に〈ドラゴン・チェイサー〉はあった。
正確には実物大の
実機製作の前段階で、形状や使い勝手を確認するために作られるものだ。
要求仕様に沿って製作された飛行機が、
主として機体形状の変更が対象となるため、切ったり、盛ったり、削ったり、足したりが容易な木材で作られる模型であった。
回り道のように見えて、実はこうした叩き台を経て実機の製作をした方が、最終的にはよりスムーズに開発は進むのである。
とまれ、
〈ドラゴン・チェイサー〉の実物大模型は、試験棟正面の機材搬入口の方を向いて――ということは、建物横の通用口から入ってきたハーラン、ミーシェル、クラムの三人には機体の側面を見せるかたちで鎮座していた。
常夜灯が灯されている程度で、内部のほとんどが闇に沈んでいた試験棟内部は、今は水銀灯に
表面をすべらかに磨きぬかれたモックアップもまた、やわらかな木目に光をはじかせ、静かに
しばらくの間、誰もなにも言わなかった。
関係者であるミーシェルとクラムの二人はともかくとして、〈ドラゴン・チェイサー〉をはじめて目にするハーランが、まったく言葉を発しなかったからだ。
ハーランは、
全長11メートル。全幅13メートル。全高4.5メートル。
詳細な
参考までに数値をあげれば、ハーランが部隊で運用試験をおこなっている最新鋭機の機体寸度が、全長9.9メートル、全幅8.8メートル、全高2.6メートル。
評価試験中のその機種が、やや小ぶりである事実を差し引いても、今、目の前にある〈ドラゴン・チェイサー〉ははるかに大きい。
一人乗りの飛行機としては巨人機と形容していいサイズなのだった。
更に加えてミーシェルのスケッチにあった通り、単発単座の機体としては異例の前輪式の降着装置レイアウトだ。
見慣れた尾輪式――犬がお座りをしたような降着姿勢ではなく、後のジェット機時代になって当たり前となる機体が水平を保ったままの降着装置が、〈ドラゴン・チェイサー〉を実際よりも更に巨大に見せている。
水鳥のように長い主脚のせいで、胴体が全体的に見上げなければならない高所にあり、それが見る者をして二階建ての建物を前にしているような気分にさせる。
大きな機体を更に大きく感じさせる結果となっているのだった。
やがて、
「……大きいな」
一言だけ、呟くようにそう言うと、ハーランは機体の周囲をぐるぐるとまわりはじめた。
先日、試験飛行に向かう〈エアリエル〉をはじめて目にした時と、まったく同じリアクションである。
立ったりしゃがんだり、様々な角度から、ためつすがめつ、飽くことなく、しかし手は触れることなく、機体のあちらこちらを見てまわる。
一方で、
クラムから叱られずにすんで安心したのか、誰もなにも言わないので退屈したのか――ととっと弾むような足取りで、ミーシェルがクラムの隣からハーランの後ろへと駆けていった。
青ざめていた顔色も元にもどって、なにが嬉しいのかニコニコしている。
別に話しかけるでなく、さりとて〈ドラゴン・チェイサー〉のモックアップを見るでなく、ほんのすこしの距離をおいて、親犬の足もとにつきまとう仔犬のように、ハーランの移動するあとをついてまわる。
〈ドラゴン・チェイサー〉の観察に没頭しきっているハーランは、そんな少女に気づかないのか無言のまま。
まるで
そんな二人の様子をしばらく眺めて、それから、ひとつ肩をすくめると、クラムは建物の壁沿いに置かれている机の方へ歩いて行った。
卓上には、ハーランとミーシェル――二人が訪ねてくるまで、常夜灯をのぞけば唯一の照明であったスタンドライトに照らし出された何枚もの図面や書類が置いてある。
クラムは、机に向き合うと、もう一度、〈ドラゴン・チェイサー〉のまわりを周回している二人を見つめ、ふぅと吐息をもらすと、中断していた仕事にもどっていった。
そうして、
どれくらいの時間がたったのか。
きりが良いところまで作業をすすめて、とりあえず今日はここまでと、クラムが仕事の手を止めた時、
呆れたことに、ハーランとミーシェルの二人は、まだ〈ドラゴン・チェイサー〉の周囲をぐるぐる歩きまわりつづけていたのであった。
ハーランもおかしいが、飽かず、それについて回っているミーシェルもおかしい。
いくら飛行機大好きといっても度が過ぎていると言うか、ちいさな子供でもあるまいし、社会的な身分のある大人としては、どこか変態性すら感じさせる振る舞いである。
(ミーシェルの方は、まだ子供であるから仕方がない)
「……お茶にしませんか」
やれやれ――そう思いながらも声をかけると、二人ながらに身体がビクンと跳ね上がった。
それから夢から覚めた人間のように、すこしボーッとした表情で、エルフの青年の方を見る。
完全に
「そんなに夢中にならなくてもいいのに……」
すこしおかしくなってクラムは苦笑するが、彼の余裕もそこまでだった。
つかつかと彼の直前にまで、いっきに詰め寄ってきたハーランが、物も言わずに腕をむんずと掴んできたからだ。
そして、そのまま〈ドラゴン・チェイサー〉の方へ引っ張っていく。
まったくの無言で、かつ、有無を言わさぬ
「な、なにを……」するんですか、と言いかけたクラムに一言、
「説明を頼む」
それだけを言った。
憑かれたような目つきのままだった。
まんま、〈エアリエル〉を初めて見た時同様の反応だった。
どれだけ飛行機が好きなんだと呆れるが、見れば相変わらずくっついてまわっていたミーシェルも、そんなハーランの熱にあてられたか、隣でうんうんと頷いている。
説明するなら、君も適任だろうに、それをこっちに振ってくるというのは何なのか。
揃いも揃って、この(飛行機)バカどもが――そう思いながら、エルフの青年は、
「わかりました。参りましたよ、まったく……」
深々とため息をついたのだった。
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