二章. 〈龍ヲ追ウ者〉

25.憧憬―1『〈ドラゴン・チェイサー〉―1』

 いつしか季節は春から夏になっていた。

 ローレンシア大陸西部域の国々のうち、どちらかといえば南方に位置するサントリナ王国は、しかし、ぜんたいに国土が高地がちなためか、真夏であってもそううだるほどの暑熱に苦しめられることはない。

 北を山脈、東を大河、西が湖沼地帯で南が海――言ってしまえば、一種どんづまりのような不便な立地であるにもかかわらず、王国が大陸の保養地と目されているのは、ひとつにはそれが理由であった。

 と、

 それはともかく、王国空軍少佐ハーラン・デュリエルは、なんとなくというには少々ムリがあるほど足しげくジヴェリ機械製作所を訪れるようになっている。

 ひとつにはもちろん、ひょんなことから知り合ったエルフの少女ミーシェルの癒しと言うか、かわいらしさが理由ではある。

 が、それと同じくらいの割合で、彼自身もテスト飛行に立ち会った軽飛行機の評判の良さ、評価の高さに、その機体をうみだした会社そのものに興味や関心をひかれたからだった。

〈エアリエル〉

 審査の結果、正式に山岳保安庁に採用された軽飛行機は、やはりというか、噂されていたとおりに陸軍も観測・連絡機として購入を決定した。

 あまつさえ、その使い勝手の良さや整備の容易さがうけたのか、海軍や空軍までもが、いつの間にか自軍用に制式採用したという――名も知れぬちいさな会社がつくった機体としては、予想外のヒット作となっている。

 だから、ハーランが所属している空軍基地でも〈エアリエル〉の姿は時折目にすることがあり、さすがに自分で操縦桿をにぎることまではしなかったものの、実際の使い勝手について関わっている人間たちに感想をきいたものである。

 すると、パイロットはもちろんのこと、整備兵たちの反応も、まず例外なく絶賛で、当然と思う反面、やはり、少なからず驚いた。

 いわく、

 操縦性は素直そのもので、多少ムリをさせても大丈夫。まるで空を飛ぶロバのようだというのがパイロットたちの評。

 整備面でも点検をキチンとこなしていれば故障もしない、手間の掛からない良い子というのが整備兵たちの言だった。

 製作者たち――ジヴェリ機械製作所勤務者以外の部外者として、はじめて〈エアリエル〉に触れた身としては、嬉しく思うのと同時に、どうしても、『マジか』とならざるを得ない。

 なんと言っても、その設計主務者が無名の、自分などより年若い、内気で可憐なエルフの少女なのだから。

 結果、

 どうにも彼ら、ジヴェリ機械製作所の面々との縁を一度限りのものとしてしまう気にはなれなかった。

 せわしない軍務の隙をうようにして、何くれと理由をこじつけジヴェリ機械製作所に足を運ぶようになってしまった。

 そういう事となったのだった。

 が、

「ミーシャならですよ」

 今日はあいにく、この会社をハーランが知るきっかけとなった少女は留守だった。

 すっかり顔なじみとなった工員たちの一人が、油にまみれた手をひらひらさせながら少女の行き先を教えてくれる。

 声や態度に親しみの念があるところから、決して不敬というわけではなかったが、王族に対するものとしては、やはり、ぞんざいなそれは対応ではあった。

 そう。

 ハーランが王族――それも傍系ではなく直系の、いわゆる王子様であることは、今ではジヴェリ機械製作所内にあっては周知の事実となっていた。

 ハーラン本人にしてみると、別に隠しだてするようなことではないが、同様にふれてまわらなければならないことでもない。

 正直なところ面倒くさいから、成り行きまかせにしていたら、いつとはなしに身分のことは知れわたっていたのである。

 最初のうちは、やはり身構えてしまうところのあった工員たちも、しかしミーシェルやクラム、そして社長のモルトの彼に対する接し方や、なによりハーランの正体を知らなかった頃の自分たちの応対を考えると、今更と思うようになったのか、今では彼が顔を見せても大して特別扱いするようなこともなくなっていた。

 なにより現状がそんな悠長な対応をゆるさない。

 これまで大手メーカーの下請け、部品製造くらいしか請け負ったことのなかった会社が、軽飛行機とはいえ官公庁御用達、くわえて陸海空の三軍からも発注をもらえたというビッグチャンスをものにしたのだ。

 異数の出世ぶりに社内が活気づくのはもちろんのこと、当然のことながら目がまわるくらいに忙しい。

 仕事をするため会社に来ているのに、雲の上の存在とはいえ部外者にはちがいない人間をいちいち気にして遠慮していたのでは、まともにノルマがこなせない。

 また、(軍務に就いている期間は、王族としての特権は停止されているので当然なのだが)お付きの人間がくっついてくる、護衛の人間が周囲をかためている、マスコミ関係者が常にその動静をうかがっている――一般庶民が抱いている王侯貴族のイメージが、実はそうではないのだとわかったからということもある。

 だから、最近ではハーランの扱いは、なにが面白いのか、こんな小さな工場にしょっちゅう遊びにやってくる物好きな軍人さん、といったあたりで落ち着いていた。

 もちろん、この物好きな軍人さんの一番のお目当てが、設計主任であり社のマスコットでもあるミーシェルなのだということも、ジヴェリ機械製作所に勤務する人間なら誰もが知っている。

 わかってないのは当の少女本人くらいなものだろう。

 が、

 それにしたところで、ハーランとミーシェルが話題にしているのは飛行機のこと、ドラゴンのこと――そのほとんどが空を飛ぶことについてばかりであったから、身分違いの恋だ何だと、ゴシップにもなりかねない生臭い事態にはおよそ陥りそうもなかった。

 男と女と言うよりは、仲の良い兄妹といった感じなのである。

 だから、周囲もある意味風変わりなこの二人をほほえましく思って見まもっているわけなのだった。

 さて、

 留守を告げられたからといって、別に少女に用事があったわけではない。

 が、さりとて工場で何かすることがあるわけでもなかったから、ハーランはかるく礼を言って身をひるがえした。

 わざわざここまで来たのだから、このまま帰るのももったいない。

 ミーシェルをさがしてみようという気持ちになっていた。

 その背中に声がかけられる。

「すンません、少佐殿。ミーシャに、散歩に飽きたら戻ってくるよう伝言お願いしていいスか?――暗くなるまでには戻ってくれって」

「了解」と、ハーランが片手をあげてこたえると、あざ~っス、と、音便形の感謝の言葉がかえってきた。

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