26.憧憬―2『〈ドラゴン・チェイサー〉―2』

 ミーシェルの行き先として教えてもらった『丘』は、カラントゥール市から自動車で三〇分ほどの郊外にあった。

 今では公園感覚で市民が利用している場所だが、元をただせばカラントゥールの街が工業都市として発展するきっかけとなった炭鉱――その跡地である。

 現在、カラントゥールの市民は、そこを丘、丘と呼びならわしているが、正式な地名は旧ラプセル炭坑記念緑地という。

 ラプセルというのが、廃坑となった当の炭鉱の名称。

 良質の無煙炭を産出する優良鉱だったが、やがて採掘量が減り、採算が合わなくなって閉山された。

 そして一〇年ほど前、放置され、荒れるにまかされていた廃坑を、かつてそこで働いていた坑夫たちが、カラントゥール市民の憩いの場となるよう整備しなおしたのだ。

 役目を終えた炭鉱が、人々の記憶にとどまりつづけるよう願っての行動だったらしい。

 もっとも、せっかくの正式名称は、長ったらしいという理由で、市民からは『丘』としか呼ばれないケチはついたのだが。

 とまれ、

 そこはまた、ハーランとミーシェル、クラムの三人が初めて出会った――ハーランがやむなく乗機を不時着させた場所でもあった。

 後に教えてもらったところによると、ミーシェルは息抜きによく丘へ行くらしい。

 そして、

 あの日もそうだったのだ。


「さて……」

 自動車からおりたハーランが腕時計に目をやると、そろそろ昼も間近な頃だった。

「ミーシャはどこかな」

 ひとりごちると歩きだす。

 地面を突き固めて作られてある順路の左右は、夏のこととて一面に草が生い茂り、ゆるやかに起伏をくりかえす大地は放牧場のようにも見える。

 あの日――ミーシェルとはじめて出会った日と同様、所々にかんぼくが取り残されたようにはえている以外、目にうつるのは風になびく草原だけだ。

 この広がりの一体どこにミーシェルがいるのかはわからないが、視界を遮るものも特にない。

 地平線まで見渡せそうというのは大げさにしても、パイロットだから視力は良いのだ。

 距離が遠くても、これだけ見晴らしが良ければ見のがすことはないだろう。

 加えて、平日のせいか人影もなく、時折、風と鳥のさえずりが聞こえてくる以外には、音らしい音もない状況なのである。人違いをやらかす心配もない。

「ま、そのうち見つかるだろ」

 ぽつんと立っている案内標識――電柱のように長い棒杭に腕木が四方につきだして付けられてあるそれに従い、ハーランは廃坑となった炭鉱そのものに、まずは足をむけてみた。

 だんだんに高度をあげる坂道をのぼりつづけると、やがて木製のさくに行く手を遮られる。

 順路はそこで左右にわかれていて、柵の向こうは深い竪穴になっていた。

 ちいさな街ならすっぽり中におさまってしまう程のひろがりをもつ、奈落のように深い穴。

 旧ラプセル炭鉱。

 露天掘りで採掘がすすめられていた炭坑は、すり鉢状に大地をえぐった底に、今では雨水がたまり、緑色の池になっている。

 死火山の火口のように荒涼としたそこも、かつては人々の喧噪と活気で溢れていたのだろう。 

 掘り返され、地肌がむきだしになった廃坑を、木柵越しに見おろしながら、その縁に沿ってハーランは歩を進める。

 そうして一〇分ほども歩いて、ふたたび夏草が茂る草原に出た。

 知らず、胸の中に澱んだ陰の空気を吐き出して、ぐるりと大きく左右を見わたしてみる。

 太陽の光に目を細め、そしてハーランは、彼方にミーシェルの姿を見つけた。


 ミーシェルはいた。

 ハーランが自動車を停めた場所から、旧ラプセル炭鉱本体を間にはさんで反対側――ゆるやかに起伏する草原の、とある頂に立っていた。

 見晴らしは良いが、距離があるせいか、それともミーシェルからすると、やや斜め後ろの方向になるからか――近づくハーランに気づく様子はない。

(……?)

 ある程度の距離まで近づいた時点で声をかけようとして、ハーランは首をかしげた。

 少女の様子が妙だったからだ。

 ミーシェルは身体の前方に両手をつきだし、拝むとも体操しているともつかぬ仕草をくりかえしていた。

 何をしているのか、疑問に思いながら目をこらすと、なにやら彼女の手もとから小さなものがクルクルと回転しながら空に向かって飛び上がっていくのが見てとれた。

 空に舞い上がるそれを、つられてハーランも目で追いかける。

 竹トンボだった。

 竹トンボを繰り返し繰り返し、なんだか一生懸命にミーシェルは飛ばしているのだった。

 そして、その様子というかポーズがまた、彼女らしいというか一種独特だったのである。

 竹トンボの軸を両手ではさみ、シュッと勢いこめて両の掌をこすりあわせて宙に舞わせる。

 そこまでは普通一般に見慣れたそれだが、なぜだか竹トンボが手から離れるその瞬間に、飛ばす本人も一緒にピョンとちいさくジャンプするのだ。

 シュッピョン。

 シュッピョン。

 シュッピョン。

 それを律儀というか、毎回毎回くりかえすのである。

 どうやら、そこまでの一連の動作が少女の中ではワンセットになっているらしい。

 そして、

 そうやって繰り返し繰り返し宙にはなっている竹トンボが、

 舞い上がり、

 羽根の回転がにぶり、

 力が尽つきてポトリと落ちる。

 飛行の一部始終をジーッと見つめて、少しの間なにか考えているのか小首をかしげ、それからおもむろに拾いに行く――そんな行動をそれこそ際限なくミーシェルは繰り返しているのだった。

 遊んでいる……わけではないようだ。

 そう受け取るには、少女の様子はあまりにも真剣すぎた。

 が、

 それでは、彼女が何をやっているのかとなると、正直、見当もつかない。

 しかし、とにかく一生懸命なのはわかるので、なんとなく声をかけづらくて、その場に立ちつくしていると、

 唐突に、それまで吹いていたのとは異なる方向に向きを変えた風にあおられ、宙にはなたれた竹トンボがハーランの方にとんできた。

「あ……!」

 当然、竹トンボを追う少女もハーランに気づく。

 ずっと見られていたのだと悟って、ミーシェルの頬があかくそまった。

「こんにちは」

 竹トンボをひろい、はいと手渡してやりながら、ハーランは少女に挨拶をした。

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