19.邂逅―19『〈エアリエル〉―11』

「地上班、地上班、聞こえますか? こちら飛行班、ミーシェルです。狼煙を視認しました。これより上空を旋回します。最終確認をお願いします――どうぞ」

 ミーシェルが手にしたマイクにそう言った。

 見れば、確かに言葉通り、〈エアリエル〉の進行方向すこし左手の山腹から、うっすらと煙が上空にむけて立ち昇っている。

 ほぼ無風にちかいのか、たなびくことなく真っ直ぐ空へくゆらせていた。

「こちら地上班。今、そちらを確認した。状況は先程と変わらない。……落ち着いていけよ、ミーシャ。大丈夫だ、クラムもついてる。いつも通りにやればいい――どうぞ」

(うん。なんだ……?)

 ハーランはパチパチ目を瞬いた。

 男性の声。

 通信機越しに伝えられてきた声。

 うたた寝をしていた自分が目を覚ますきっかけと多分、同じ人間の声だろう。

 そう気づいて、しかし、その声と今の状況との関連がよくわからなかったからだった。

 あの狼煙を折り返しの目印として引き返すのか――そう思う。少し大げさだな、とも。

 が、

 続くミーシェルの言葉に思わず青ざめた。

「こちら飛行班。了解です。応援ありがとうございます。状況を確認できしだい飛行班は着陸テストにはいります。交信終わり」

 は……? となった。

 あの少女は今なんと言った?

 ?――そう言わなかったか?

 あわてて窓から眼下の様子を観察する。

 開けた場所があるのか、それとも自分の聞き違い――一縷いちるの望みを抱いてのことだ。

 しかし、案の定というか木々のこずえが見えるばかりで、およそ滑走路らしき場所は見いだせなかった。

 やはり聞き違いか――ハーランがそう思った矢先、機体がバンクし、ぐーんと大きな旋回にはいった。

 Gに押されて身体が横方向にズレようとするのを反射的に座席の縁をつかんで食い止め、体勢を立て直す。

 視線を前方にもどせば、斜めにかしぐ機体の中、ミーシェルが席から身をのりだすようにして地上の様子を凝視していた。

 マジか!?

 そう思う。

 Uターンではない!? 本当に着陸!? でも、どこに!?

 想念が乱れるなか、ミーシェルの隣のクラムはと言えば、これが泰然自若と揺るぎなく、まわしはじめたのらしいカメラの操作などを取りおこなっている。

 その冷静振りがなんとも憎らしかった。

 窓越しに見える景色は、依然、山また山。

 斜め前から真横、そして後方へと、機体が旋回するにつれ、狼煙が見える方向は変わっていったが、目にうつるのは一面の木々が綾なす緑だけな事実は変わらなかった。

 どんなに目を凝らしても、飛行機が安全無事に着陸できる滑走路などどこにも無い。

 しかし、操縦桿を握るミーシェルは、着陸地点の状態に問題ないと判断したらしい。

 わずかに緊張の色はあるものの、平素とさして変わらぬ表情でクラムに二言三言はなしかけている。

 そして、片手にマイクを握り、客室の方をふりむくと、

「これより着陸にかかりますので、シートベルトの着用をお願いします」と頭をさげてきた。

「わかった」

 コクリと頷いて返すと、ハーランは早速シートベルトを装着する。

 慣れ親しんだそれと異なり、二点式のそれに頼りなさと不安をおぼえるが、ここまできたら、と腹をくくった。

 波に揺られた小舟のように、機体が二、三度、右に左に繰り返し傾く。

 おそらく、こちらを見上げている地上班(?)への合図に翼を振ってみせたのだろう。

 それが終わると〈エアリエル〉は狼煙に背を向け、いったんその場から遠ざかった。

 そして、ある程度の距離を飛行し、くるりとターン――着陸態勢に移行する。

 目指しているのは、とある山の中腹のようだ。

 高度がしだいに落ちてゆき、山肌を覆う樹林の先端がどんどん近づいてくる。

 と、

 その時になって、ようやくハーランにもミーシェルが目指す先が視認できた。

 初等教育の子供たちが通う学校の校庭をさらに狭くしたような空き地である。

 ちらと見かけはしていたが、まさかそこに降りる事になるとは思わなかった。

 林業関係者が材木をばっさいした跡地かと思った、木々のわずかな隙間であった。

 うたた寝していたハーランは知る由もないが、地上班がそこを滑走路と呼ばずに『広場』と称したのもむべなるかな。

 確かに、それなりに平坦ではあるようだったが、山腹の傾斜地という立地は動かしようもなく、長辺でさえ二〇〇メートルに満たないような空き地だったのだ。

「ムリだ! あんな……!」

 思わず、そんな悲鳴じみた声がもれてしまう。

 なまじプロとしての技量、また知識があるだけに、ミーシェルやクラムが〈エアリエル〉でおこなおうとしているテストの難易度がわかってしまうのだ。

 そこから飛び立つ離陸であれば、まだ何とかなるだろう。

 しかし、着陸を安全になすには絶対的に距離が足りない。

 着地後、滑走路内で止まりきれずにオーバーランしてしまう。

 生い茂る樹木のなかに突っ込み、激突するに間違いなかった。

 しかし、機体は容赦なく高度を下げてゆく。

 こういう時、なまじ飛行機の操縦について詳しいことは不幸のタネでしかない。

 はっきり言って怖い。

 他人に自分の生命を預けてしまっている現状が怖くてたまらない。

 知識と経験があるぶん、自分を待ち受けている運命がわかるのだ。

 しかし、意地があった。

 おなじ飛行機に乗っている民間人が平然としているのに、軍人であり王族でもある自分が取り乱すのはみっともなさすぎる。

 と、

「殿下にご説明するのをうっかりしていました」

 なにを思ったか、そこでクラムがハーランに話しかけてきた。

「この〈エアリエル〉は、山岳保安庁が一般公募した救難飛行機――それに採用されることを目的として作られたものです。そして、要求書の中で特に重要視されていたのが、短陸性能と不整地への離着陸性能の二点でした」

「……だから?」

 ハーランが問い返すと、クラムはかすかに笑ったようだ。

「だから、あとはご自分で体験なさってください」

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