18.邂逅―18『〈エアリエル〉―10』

 ミーシェル、クラム、ハーランの三人をのせた〈エアリエル〉は、飛び続けた。

 どうやら、離陸してからずっと北を目指しているようだ。

 パイロットとしての目で見た周囲の状況から、ハーランはそう判断している。

 どこへ向かっているのか、いくつもの街や村を眼下にしたが、そのいずれにも付近に滑走路らしきものはなく、ミーシェルにもクラムにも着陸可能な場所をさがす様子はなかった。

 しかし、このまま行けば、行く手に待つのはアーカンフェイルの山並みである。

 これまで以上に飛行機が着陸できる場所などないだろう。

(どこかでUターンするんだろうな)

 航続距離の実測でもしているんだろう――ハーランがそう考えていたのも、だから、妥当と言えば妥当であった。

 飛行機は飛び続ける。

 離陸した直後はとにかく、それが一段落すれば、あとは一定の高度、一定の速度を保って、ただただ飛び続けるだけ。

 となれば、いくら飛行機が好きでも、やはり、飽きがくる。

 天候は安定していて、飛行は順調そのもの。

 わるく言うなら、単調で退屈な飛行である。

 景色を眺める他に気を紛らわす手段もない。

 しかし、その景色も単調退屈なものなのだ。

 機内の様子は観察し終え、煙草も吸えない。

 時間がつぶせる何かがどうにも欲しかった。

 が、

 だからと言って、

 操縦士席にて飛行機の操縦をおこなっているミーシェルに話しかける――雑談の相手になってもらうというのは迷惑だろうし、

 カメラの出番はまだ先なのか、手持ち無沙汰そう、でこそないが、余裕はまだありそうなクラム相手に会話するのも嫌だった。

 結果、ひたすらジッと席でおとなしくしているより他はない。

 自然と、

(眠い……)

 しきりにもよおすようになったアクビを噛みころす。

 睡魔と戦わなければならない事となってしまった。

 とりあえず、であれ、自分の身分にまつわる件が落着し、ミーシェルとある程度もとの通りに会話ができるようになったことも大きかったろう――ホッと安堵した反動もあるに違いない。

 やがて、自分ではシャンと起きているつもりだが、コックリコックリ、ハーランは船を漕ぎはじめたのだった。

 自身で操縦桿を握る常であればおよそ考えられないが、そこは乗客身分の気楽さである。

 なにも責任を負う必要がない。なにも決断する必要が事もない。ただただノンビリ過ごしていればそれで良いのだ。

 眠くもなろうというものだった。

 そうして、

 更に、どれほど飛び続けたのか――眼下にひろがる景色がそれまでの平地から、やがてなだらかな起伏のつらなりへと変わり、さらに山地に踏み込もうかといったあたりで動きがあった。

 おもむろにクラムが片手をもちあげると腕時計に目をやったのだ。

 そして、口をひらくと、操縦士席のミーシェルに、「ミーシャ、そろそろ連絡を」と言った。

 それに対してコクリとひとつ頷きをかえして、少女は通信機のマイクに手をのばす。

 プリセットしてあったのか、すぐに交信をはじめた。

「地上班、地上班、聞こえますか? こちら飛行班、ミーシェルです。飛行班はあと一〇分ほどで目的地に達する予定です。そちらの状況はどうですか?」

『繰り返します』――ミーシェルがそう言いかけようとする端に、ほぼ間髪いれず、で応答があった。

 いかにも待ちかねたという感じである。

「こちら地上班。感度良好だぜ、ミーシャ。現在、目標地点はほぼ無風。の清掃も完了してる。小石の一個も無いほど綺麗にしておいた。目印の狼煙のろしもあげてるし、準備は万端だ。いつでも来い――どうぞ」

 応じる相手――地上班の声が、客室スピーカーからも伝わってくる。

 インカムがスイッチを切られることなく、ずっとオンのままなのだ。

 別にがなりたてるというほど音量が大きいワケではない。

 しかし、そこはさすがに現役軍人と言うべきか――ウトウトの段階を通りすぎ、微睡まどろみの世界に沈みかけていたハーランは、このやりとりで意識を覚醒状態に浮かびあがらせた。

「ありがとうございます。飛行班、了解しました。交信終わり」

 ミーシェルが通信終了を告げる声に、座席のうえで姿勢をただすと周囲あたりをグルリと見まわした。

 うたた寝から醒めた時点で既に意識は明瞭らしい。

 機外へ出っ張った窓に身をもたせかけて外を見た。

 自分の置かれた状況の確認作業をおこなったのだった。

 次いで腕時計に目をやるとわずかに眉をそびやかす。

 ふたたび身体を窓に寄せると慎重に外を観察する。

 何かが引っ掛かるのか、不審げな顔になっていた。

 眼下の景色は、すっかり山地のそれになっている。

 つい、といった感じで、その唇から呟きがもれた。

「……すこし眠っている間にも更に先に進んだようだが、とうにUターンして復路についているべき時間じゃないのか……?」

 この機体は、そこまで航続距離が大だというのか……?

 あらためて視線を前へともどす。

 機内前方――操縦席 (とカメラ)の二人を見れば、クラムはカメラの方へかがみこみ、ミーシェルはきょろきょろ視線を機体の進行方向、左右にはしらせている。

 あとはグルリとターンするだけだろうに、雰囲気がやけにものものしい。

 そうして見ている間だけでも、時間の経過とともに、緊張感がじわじわ高まっていくのがわかる。

 機体のトラブルであるとか、アクシデント関連ではなさそうだ。

 どちらかと言うと、なにやらが間近に迫っている――そんな感じだ。

 しかし、(今更)いったい何をやるというのだろう……?

 ハーランは首をかしげざるを得なかった。

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