15.邂逅―15『〈エアリエル〉―7』

「レンスポルトのモデル〈427〉って、一体いくらすると思う?」

 どれくらいの間、沈黙が続いたろうか――ハーラン、ミーシェル、クラムの三人を乗せた軽飛行機が、巡航高度に達して一息ついた頃、おもむろにクラムがそう切り出した。

「え? え? 唐突に、なに?」

 面喰らった感じでミーシェルが目をパチパチとしばたたかせる。

 言われた言葉はわかるが、質問に至るながれがわからない――そんな感じ。

 しかし、そうして混乱する様子の少女にかまわず、クラムは問いを繰り返した。

「デュリエル少佐がまで乗ってこられただよ。憶えてるだろう?――ほら、いくら?」

 隣に座るパイロット役の少女をつっつくように返答を求めた。

「う……、あ、えぇ……?」

 振られた思いもしない問いかけに、ミーシェルはとまどい、自分でも意味不明の声をもらすばかりである。

 が良いのか、つい今の今までプンスカ腹を立てていたのもどこへやら――律儀に訊かれたことに対する答を探し求めている。

 質問したのは自分の方のはずなのに――わたわた混乱している頭の中で、そんな思いがちらとよぎったが、それはともかく、

 操縦操作が一段落し、後方の席に座るハーランの様子をそっとうかがって、そして、ミーシェルはクラムに小声で呼びかけたのだった。

 ズバリ、

「クラム、約束は?」と。

 飛び立つ前にクラムが言った、『もう時間がないから、はなしはですることにしよう』という言葉の履行を催促したのである。

 離陸直後のせわしない時間が過ぎて、気分もかなり落ち着いた。

 とりあえず、作業的にも精神的にも余裕ができたから、懸案を片づけることにしたのだ。

 それは、もちろんミーシェルも、クラムが自ら口にした言葉をたがえることなどないと思っているし、信じている。

 自分が幼い頃からの――血こそつながってはいないが『兄』なのだ。ひどい喧嘩をした時でさえ、信頼の念が揺らいだことはない。

 しかし、やはり事が事だけに一刻も早く説明の言葉を聞きたくて、居ても立ってもいられなくなった。

殿

 飛行機の影で、なにやら会話をしていたクラムとハーラン。

 あの時、クラムが口にした言葉は一体どういう意味だったのか?

 もしも、自分の聞き間違いなどでなく、言葉の意味のその通りなら……、

 そんな相手にはたらいてしまった非礼の数々を一体どう償えばいいというのだろう……?

 考えただけでも、全身から血の気がひいて、頭の中が真っ白にとんでしまいそうになる。

 それなのに……、

「ほらほら、早くしないと後ろのお客様に気付かれちゃうよ。ほら、いくら?」

 まったく関係無いことを、クラムはしつこく訊いてくるのである。

 ミーシェルの混乱は頂点に達した。

「いくらって、いくらって……」

 頭の中がぐるぐる定まらないまま、へどもどと言葉を紡ぎ出す。

 そして、

「それは、珍しい自動車だから凄く高い……」と言いかけて、そうして、そこでようやく理解が追いついた。

 クラムが本当に言いたいことが何かわかったのだった。

 ミーシェルの目が、こぼれそうなくらいに大きく見ひらかれた。

 叫び声をあげなかったのが自制の結果だとしたら、実に大したものと言えただろう。


 レンスポルト社のモデル〈427〉。 

 それは、サントリナ王国の北の隣人、アーカンフェイル山脈の向こうに位置するイスタリア帝国――列強諸国の最右翼たる大国が、世界に誇るスポーツカー・メーカーであり、またその生産車だった。

 失敗作である。

 レンスポルト社がつくったスポーツカーは、どれも高性能であることで知られていたが、モデル〈427〉はやりすぎた。

 排気量が七〇〇〇CCに達するエンジンを搭載し、四〇〇馬力を超すパワーでもって、〇~四〇〇メートルを一二秒で駆け抜け、最高時速二八〇キロを叩き出すパフォーマンスを実現した。

 あまつさえそれをクローズド・サーキット専用ならばともかく、交通状況も路面状態もドライバーの技量さえもが一定しない世間に向けて一般販売してしまった。

 結果、公道を走る自動車としては、あまりに危険すぎるだとのレッテルが貼られ、早々に製造販売が打ち切られることとなったいわく付きのモデルだったのだ。

 性能を追求しすぎたあまりの悲劇(?)というか、とにかく、それだからこそ、レーサーやマニア、コレクター、果ては投資家たちの間ではプレミアがつき、今では途方もない値段で売買されるまでになった車種だったのである。


「……そんな希少な自動車をだよ、いくら将校とはいえ一介の軍人が乗りまわせる筈がない」

 そうだろう? とクラム。

 感情をまじえぬ淡々とした口調で言ってくる。

「どうして社長もミーシャも他のみんなも、そこに気がまわらないのか、ボクにはそっちの方が不思議だよ」

 真性の機械バカばかりがウチの会社には揃ってるということなのかな? と、そこではじめて笑ってきたが、今のミーシェルには腹を立てる余裕もない。

 離陸前、クラムが口にしていた『殿下』という言葉が、あらためて、途方もない重さでもってのしかかってきていた。

「じゃ……、じゃあ……」

 質問しよう、確認しようとするものの声がふるえて言葉にならない。

「その通り」とクラムが言葉を継いだ。

 聞きたくもない事実を告げてきた。

「ハーラン・デュリエル空軍少佐のフルネームは、ハーラン・ガード・アダマンシャースラ・デュリエル。

おそれおおくもかしこくも、我がサントリナ王国プレドセドニク王室の第四王子にして現エルサリオン公爵であらせられる。

「そうですよね、殿?」

 そういう説明の言葉の最後は、ミーシェルに向けてのものではなかった。

 機体の後方の座席に座るハーランをまっすぐ見つめて言ったものだった。

 窓から外の景色を眺めている振りをしていたハーランは、そう問いかけられて、ゆっくり振り向く。

 ミーシェルは気づいていないようだったが、会話する二人の声は、電源がオンにされたままの機内通話機インカムにより、客室でもその一部始終が伝わっていた。

 ばつがわるそうな表情で、唇をとがらせ、ちぇと舌打ちをすると、一言、

「お見事」とハーランは言ったのだった。

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