14.邂逅―14『〈エアリエル〉―6』

「どうしてあんなモノが……」

 疑問がそのまま言葉となって口からもれる。

 機首側の席――クラムに声をかけられ、そちらを向いた。

 そこにハーランが見たのはカメラ――どう見ても映画撮影等でもちいるカメラに間違いなかったからだった。

 客席と同様、横並びに設けられている最前列の席のうち、右側――本来、副操縦士が座るべき座席が撤去され、カメラはそうして出来たスペースに設置をされているようだ。

 そして、クラムは、というと、そのすぐ後ろ――いちばん前の客席ではなく、カメラと客席の間の床面に直接座りこんでいるようだった。

 カメラも映画撮影用の機材となれば、サイズは優に大人が一抱えするくらいとなる。

 当然、重量もそれなりの筈で、だから取り付け具合にグラつきがないか等の確認をしていたのだろう。

 それが、いつまでたってもハーランが席に着こうとしないから、声をかけてきた。

 身体をねじり、搭乗口の方を見ながら、いかにも面倒くさそうに着席を促してきたということらしい。

 もとより無理やり同乗を認めさせた身である。

 じーっととがめるような凝視の前に、ハーランはばつの悪い思いでそそくさと手近な――いちばん後ろの席に腰をおろした、の、だが、

 とまれ、

 ハーランが、ふぅと吐息し、身体の重みをあずけると、椅子の座面がぐッとたわんだ。

 座席は最前列の二席をのぞき、客用のそれはいずれも布張り。

 座面、背もたれともに、厚手の帆布が張られたパイプ椅子だ。

 一見してチープ。しかし、外見とは裏腹、つくりは意外にしっかりしていて、ハーランは思わずニヤリとなった。

(ははん、少しでも重量を軽減しようって工夫だな。しかし、安っぽい見かけの割りに座り心地はなかなか)

 別にレビューを頼まれているワケでもないのに、座面にかける体重を変化させたり、ことさら身体をかたむけ背もたれの強度を確かめたりと、いろいろ試す。

 やはり、ビョーキかも知れない。

 と、

「このカメラは――」

 そんな、目新しいオモチャにはしゃいでいる、まんま子供のようなハーランに、ふいにクラムが話しかけてきた。

 と言っても、べつに彼の方に振り向くでない。前を向いて作業をつづけながらの事である。

「このカメラは、テスト飛行の様子を記録するため用意したものです。撮影した情景を映画の空撮シーンに提供するという交換条件で映画会社から借りています」

「え? あ、ウン。そうなんだ」

 なるほどね、とは思いつつ、生返事をかえしたハーランは、そこで再び目を見開くこととなる。

 依然、カメラをいじりつづけているクラムの隣の席にミーシェルが腰を降ろしていたからだ。

 別にミーシェルが隠れて見えなかった等でもないのに、今の今まで気づいてなかった――見えているのに、認識できていなかったのだった。

 目新しい飛行機に夢中になるあまり、一種、視野狭窄きょうさくをおこしていたとも言えるだろう。

「え……? は……?」

 思わず、疑問がそのままかたちとなったにも似た声をこぼす。

 目をまンまるにしたまま、マジマジと見た。

 ハーランの座る席からすると、キツい勾配のついた上り坂の行き当たり――操縦士席の向こう側には青空しかない。

 その青空を背景にしてミーシェルが、おそらくは計器類を確認しているのだろう――小刻みに首をうごかしていた。

 よくよく耳をすませれば、チェック項目を読み上げているのか、何やら小声でブツブツ言っていたりもするようだ。

「まじか……」

 座っている席、やっている事――それらを考え合わせれば、導きだされる答はひとつ。

「ミーシェルさんが、この機体を飛ばす、のか……」

 そういう事になるのだろう。

 いやいや、まじか、とハーランは再び呟いていた。

 産業が発展し、技術が発達するのにともない、確かに女性たちが社会へ出て行く度合いも増しつつはあった。

 魔法が世の中をうごかしていた時代から、その衰退に反比例するかたちで伸張してきた科学が主軸となった現代は、構造的に大量の都市労働者を必要とするようになっていたからだ。

 が、

 とはいえ、旧来の意識までもが同時に刷新変革されたわけではない。

 女性の地位は、相も変わらず男性にくらべて多分に低いままであり、経済面ではさくしゅされ、種々の権利は制限されたままであり続けていた。

 高等教育をうけられる女性は少なく、それを活かした職業に就ける人数は更に限られるというのが、どの国においても変わらぬ現状だったのである。

 だから、

「ミーシェルさんが、この機体を飛ばす……?」

 まさかに飛行機の操縦などということが、エルフの少女に出来るなどとは予想だにせず、知らず、ハーランは問いともつかぬ、独り言ともつかぬ呟きを口からこぼす事となったのである。

「降りるんだったら、今のうちですよ」

 誰聞こえる筈でないその声をしかし、耳ざとく捉えたクラムがそう言ってくる。

 見れば、わざとらしい爽やかな笑顔でもって、斜め後ろに座るハーランに、ひたとその目をあててきていた。

 不安に思ったのなら、とっとと降りろ――そう言わんばかりの眼差まなざしに、さすがに、ちょっとカチンとくる。

 しかし、

「まさか」そんな真似などするものか――そう言おうとした矢先、

「どういう意味よ」と、ブスリとした少女の声が割ってはいった。

 内心の不機嫌さを隠そうともしていない声。

 猛獣(とまではいかないが)の唸りのような声である。

「ちょっと人が外してるすきに、隠れて何かコソコソ話していると思ったら、今度はわたしのが信用ならないとでも言うつもりなの? 言っときますけど、わたしの方がクラムよりも先に飛行免許を取得してるのよ。飛行時間だってわたしの方が長いし、わたしの方がこのを操縦するのはいんだから! だいたいクラムはいつもいつも――」と、続けてツンケンツンケン言いたてはじめた。

「ミーシャミーシャミーシャ……」

 さすがにたまりかねたか、姿勢を元に戻したクラムが降参とばかり両手をあげるが止まらない。

「エンジン始動するぞぉ。準備いいのかぁ~?」

 ゴンゴン! と機体の外板を叩く音と同時に、からそう声をかけられなければ、少女のうっせきの吐露は、一体いつまで続いたものやら、きっと知れなかったに違いない。


 そして、

「行きます!」

 外部で待機していた作業員たちにより、エンジンが眠りから呼びさまされて機首の二翅プロペラが回転をはじめる。

 ブレーキの解除された機体が滑走路上を移動し、離陸を開始。ぐんぐんスピードをあげて疾駆しはじめたその直後、

 照れ隠しか否か、少し大きすぎとも思える少女の声とほぼ同タイミングで、軽飛行機はふわりと空に舞い上がった。

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