13.邂逅―13『〈エアリエル〉―5』

「それって一体どういう意味……?」

 クラム(ついでに、夢からハッと目覚めたように我に返ったハーラン)が、声のした方に目をむけると、ミーシェルがそこに立っていた。

 どうやら軽飛行機の向こう側――若者ふたりからは死角になっている側から来たものらしい。

「ミーシャ、どうして……」

 さすがに呆然とクラムが口をひらくが、すぐに気をとりなおしたようだ。

「飛行計画書は?」

 いつもと変わらない口調でミーシェルに訊ねた。

「ちゃんと出してきた」

 つめたい声でミーシェルが答える。

「言われた通り、ちゃんと出してきたよ。そしたら管制事務所の人に、会社から電話が入ってたよって言われたの。伝言をことづかってくれてて、内容をメモしてくれてたから預かってきたの」

 ほら、これ。デュリエル少佐に宛てた伝言――そう言いながら、手にしていた紙片をクラムとハーラン二人の前につきつける。

「自動車を勝手に分解してしまったおびに、ちゃんとした仕事がしたいんだって。

「それで、交換部品の取り寄せだとか色々あって、思ってたより時間がかかりそうだから、できれば明日いっぱい猶予ゆうよがほしい。なので、デュリエル少佐の都合が悪いようなら連絡をくださいって」と、メモの中身を口にして、そこでミーシェルは目つきをきついものにした。

「それで? もう一度訊くけど、いまのは一体どういう意味なの、?」

 そう呼びかけられて、クラムの目許がかすかに、しかし、確かにひきつった。

 ミーシェルが、彼のことを姓で呼ぶのは本気で怒っている時だったからだ。

 クラム・クラムキン・リュード。

 ジヴェリ機械製作所で技師長をつとめる彼の、それが本名なのだった。

 幼い頃からミーシェルとは本当の兄妹のようにして、共に育ってきたである。彼女のことなら誰よりもよく知っている。

 クラムは瞳を閉じると、致し方なしといった感じでおおきく吐息した。

「バケツの水をかけてしまった件は、これでチャラに願います」

 ハーランの方に向き直ると、唐突にそう言った。

「もう時間がないから、はなしはですることにしよう」

 次にミーシェルに対してそう言うと、そのまま軽飛行機に乗り込んでしまう。

「ちょ、ちょっと、クラム……!」

 ミーシェルが叫ぶが、当の相手は既に機上の人となっている。

 一瞬、ハーランと見つめ合った後、「もう!」と唇を尖らせつつ、結局、少女もクラムの後につづくよりなかった。

 一方、

「……おぉ、広い!」

 クラム、ミーシェルに続いて軽飛行機の機内に入ったハーランは、思わずそんな歓声をあげている。

 正直なところ、クラムからバケツの件をこれでなかったことにと言われた時は、カチンときた。

 是が非でもレベルで未知の機体に乗せてほしくはあったが、だからといって相手の弱みや落ち度(それもクラムのではなく、ミーシェルの、だ)を取引材料にして強要しようなどとは思いもしていなかったからだ。

 そんな卑怯なマネなどするものか! 馬鹿にするなと、だからふんがいしたのだが、考えてみれば(みるまでもなく?)、期せず舞い込んできたチャンスなのには違いない。だったら向こうの気が変わらないうちに既成事実化してしまうかと、コロリと機嫌をなおし、軽飛行機の搭乗口――機体後部左側面にあいた開口部からいそいそ身体を乗り入れた。

 そして、機内の様子に思わず目をみはることとなったのだ。

 実にゆったり幅広い――常の自分が座している仕事場コクピットのそれとは全然ちがっていたからだった。

 ハーランは空軍の戦闘機パイロットである。

 戦闘機とは、何を置いても性能優先の飛行機械。

 物理的にも機能的にもぜいにくと見なす部分はとにかく削り、こそぎ落とされている。

 だから、その操縦室コクピットは、とにかく狭い。

 機体そのものは傍目にどんなに大きく見えようと、その実、これ以上小さくできないコンパクト化された機体に人ひとりが座るにギリギリサイズの座席を押しこんである。

 窮屈きゅうくつきわまりないどころか、身動きもろくにままならない。

 機体正面面積の増大――空気抵抗が増えることを設計者が嫌うが故のことであったが、そんな優しさのない乗り心地に慣れてしまった身にとって、軽飛行機の内部は実に広大快適なものと感じられたのだ。

 たぶん、大面積、かつ張り出し窓にも似たかたちに成形されたキャノピのおかげもあったろう。

 天板に自動車のサンルーフよろしく採光窓が設けてあるのも大きいはずだ。

 明るく開放的、かつ見晴らし良好な機内――それが、『閉じ込められた』という印象を薄めているのだ。

 ハーランは視線を右方――機尾の方へとめぐらせた。

 機内に設置されてある座席は、三……、いや、六か。

 搭乗口から遠い側の座席は固定されているが、手前側のそれは乗り合いバスの補助席のように壁側に折り畳まれている。

 客の乗降の際には、そうして通路を確保する設計らしい。

(とすると、搭乗員をふくめて、この軽飛行機は八人乗りということか。単発機にしては規格外と言うか、かなりなものだ)

 予想していたよりも多い収容者数に、すこし驚く。

 とまれ、

 そうして機外につづき、機内のあれやこれやについても、子供のように好奇心に目を輝かせ、あちらこちらに目をはしらせるハーランだったが、あまりに夢中になりすぎたのか、グラリとバランスを崩し、よろけてしまった。

「おっとっと……!」

 それを搭乗口のへりを掴むことで立て直し、「いや、まったく……」と誤魔化すように口の中に呟きをこぼす。

(にしたって、なんともこうばいが急だよなぁ)

 外から見ていた通り、飛行前の――着陸姿勢をとっているこの軽飛行機は、現在、ともすれば機首から機尾の方向に向け、転げていきそうなくらいにキツい傾斜がついている。

 機内を移動するのはもとより、一度着席したなら再び立ち上がるのにかなり苦労しそうと思えるくらいの角度である。

 加えて、小型機だから当然なのだが天井が低い。

 女性や子供ならともかく、機内では男は身体をかがめる必要があった。

 まぁ、その点は、機体を設計・製造した側も理解しているのか、見れば、うんていよろしく天井に機体の前後方向に沿いりが取り付けられている。

 それを移動のアシストに使えということなのだろう。

(実際、そうじゃなければ、いっそ四つん這いの方が楽に移動できるだろうな)

 まぁ、空に上がればそんな欠点も気にはならなくなるんだろうが――頭のなかで、ハーランがそう思った時だった。

「お乗りいただけたのなら、速やかに席についてくださいね」

 機首の方から多分にウンザリ気味の声をかけられ、「すまない」と謝罪しかけたハーランは、そこで思いもしなかったモノを見て、「えっ?」と驚きの声をあげたのだった。

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