12.邂逅―12『〈エアリエル〉―4』

(おやまぁ……)

 クラムはちょっとポカンとなった。

『真実、これは革命的だ!』――同僚との内緒話を終え、注意をふたたびハーランに戻した矢先に相手がそう叫んだからだ。

 いやいや、いい歳をした大人、しかも軍隊の士官が人目もはばからず、そんな醜態(?)をさらすのはダメだろう――そう思うと同時に、製造にたずさわった者の一人として、自社製品にそこまでの高評価を与えてもらったというのは、やはり、正直うれしくもあり、面映おもはゆくもあった。

 とまれ、

「しかも! しかもだ!」

 もう何度目なのか――ハーランが、またぞろ声を張り上げる。

「その短距離離着陸も、滑走路がきちんと舗装されている一級、二級規格の飛行場が備えるそれだけでなく、不整地をならした程度の広場までもを対象としているだろう事がまた素晴らしい!」

 言って、主翼の付け根あたりから、外側に向かって、ウン! と踏ん張るようなスタイルで取り付けられた主脚のを掌でパンと叩いた。

「不整地への着陸を考慮するなら、着地後、機体が停止するまでの地上滑走を安全安定に保つため、不規則なバウンドに備えてショックアブソーバーの衝撃減衰率を大としなければならない。つまり、衝撃を吸収するシリンダーのストローク幅を大としなければならない」

 主脚パイプをすりすり撫でさすりながらハーランは言う。

「必然的に主脚は長大なものとなり、それは機体へ取り付けるための支障となるが、主翼を高翼配置にしておけば、その問題も解決できる。タイヤに低圧のものを採用してもいるし、主脚間のを十分以上に確保してもいる。なんと配慮の行き届いたことか」

 一人でウンウン頷いた。

「そして、なによりエンジンだ!」

 叫ぶや、何の前触れもなく、大股で機体前方へノシノシ歩いて行った。

 ウンザリ顔になりながら(仕方なく)ついていったクラムが追いつくと、ハーランは大直径の二翅プロペラの根方に立っていた。

 木製のそれに掌をあてて、伸び上がるようにしてカウリングの――そこに収められてあるエンジンを覗きこもうとしている。

 プロペラの回転軸を中心として、そこから自転車タイヤのスポークみたいに放射状にシリンダーが配置された金属の塊。

 放射状エンジン、或いは、星形エンジンと呼ばれる空冷式の航空機用エンジンである。

!」

 WOW! という感じにハーランが叫ぶ。

「なんて珍しい選択だ! 我が国はもちろんのこと、居ならぶ列強諸国においても、ほとんど採用例のない空気冷却式航空エンジン! およそ、他に使えそうな液冷エンジンもあっただろうに、敢えて空冷エンジンをこの軽飛行機の主機として組み込んだ!――何故か!?」

 不意にグリンと首がめぐらされ、何かにかれたような眼つきで凝視をされて、クラムが上体をのけぞらせる。

「空気抵抗の増大等、考えられうる不利をおしても、発動機に空冷式を採った理由は、ひとつは重量!――エンジンそのものもだが、ラジエター等の冷却系が簡素化できることによる機体重量の軽量化! 重量あパワーウェたり馬力イトレシオの改善、滑走路面じめんに対する負荷減少……、と、目算ではあるが、おそらくは百キロ乃至ないし二百キログラムほど軽減できただろう結果得られた積載重量ペイロード、航続距離の増加と、不整地、軟弱路面におよぼす負担軽減なのだと目されること!

「ふたつめは整備、また維持の容易性!――十分な保守作業メンテナンスを常に受けられるのなら問題はないが、もしもそうでなければ点検を要する箇所は少ない方が良いに決まっている! 地上要員メカニック作業時間ワークロード削減や機体の維持費を抑制することにつながるからだ! そして、空冷/液冷のエンジン比較をするならば、その性能面での優劣はともかく、こと整備面においては、面倒をみるべき箇所や部品の点数からして、空冷式に軍配が上がる! そのメリットをこの飛行機の設計者は重視したのだ! 素晴らしい!」

 万歳三唱するみたいにハーランは叫んだ。

「実用機であること! コンセプトデザインの段階から実機製作の段階に至るまで、ひとつの理念を完遂させる!――この機体は、それを見事に形と為している!」

 そして、一歩を踏みだす――クラムの方へ。

「マイナスはある! 当然だ! たとえば、大きな揚力を得るため、また、不整地路面への離着陸を可能とならしめる為、異常なまでに機首を高く持ち上げた着地姿勢がまさにそうだ! しかし、その弱点さえも、機体外板から横におおきく出窓のように、せり出し成形されたキャノピが補っている! たとえ離着陸時の前方視界をみずからの機首がさえぎる邪魔物となろうとも、操縦席にあるパイロットは、出窓の方へ身体をもたせかければ、完全にではなくとも前を見ることは可能だろう!――こうした工夫、使用者に対する配慮が実に尊い! 素晴らしい!」

「か、過分なお言葉、ありがとうございます。今の評価は設計者にも伝えましょう。きっと喜ぶことと思います」

 拳をふたつ、胸の前に握り、そうぼうをアブナくらんらんとさせて、ジリジリにじり寄ってくるハーランに、さしものクラムも腰が退けた様子で、礼の言葉を口にしつつも後ずさる。

「――というワケで乗せてくれ」

 ほとんど息のかかる距離まで寄ると、ハーランは言った。

「は……?」

 反射的――投げかけられた要求に虚を衝かれたクラムが目を瞬かせると、ガシッとばかりに肩を掴まれる。

「この機体、これから飛ばすんだろう? だったら、私もいっしょに乗せてくれ」

 完全に熱に浮かされている声、ヤバさ満点の笑みが貼り付いた顔、痛いくらいにギリギリと肩を握りしめる手で、つらっとムチャを口にした。

「な、な……ッ!?」

 繰り返され、言葉の意味が脳に浸透したクラムが立ちすくむ。

 しかし、なんとか体勢を立て直し、ハーランの手をやんわりであるが、断固として引きはがすと断った。

「そういうご無理をおっしゃられても困ります――殿!」

 いっさいの表情を消し去った、こわいくらいの無表情になり却下する。

「確かに、この飛行機は今からテスト飛行をおこないますが、まったく危険がないとは申せません。殿の大事な御身に万が一のことがあっても責任を取れませんのでご遠慮ください」

 取りつく島も無い口調でそう言った。


「それって一体どういう意味?」

 震えを帯びた少女の声が、そう訊いてきたのはその時である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る