6.邂逅―6『ジヴェリ機械製作所―3』
三〇分後。
サントリナ王国空軍少佐ハーラン・デュリエルは、トラックの荷台の上にあった。
ガタゴトとトラックの走行とともに揺られながら、同じく荷台に乗っている男たち同様なにをするでなくボンヤリと頬を風になぶらせている。
自動車がないのだった。
ほとんど全身ずぶ濡れになった彼がシャワーをあびて、さいわいにも背格好が似ていたから服はエルフの青年のものを借りて、
半泣きで、とにかく平謝りの少女をなだめ、とりあえず今日のところは帰ろうということになって、ハーラン、ミーシェル、そしてクラムの三人が玄関から出ると、そこに停めてあったはずのハーランのスポーツカーがなかったのだった。
盗まれたのではない。
とんでもない展開だったが、誰が、
なぜなら、
「まさか……!」
そう呟いたミーシェルが、突然、身をひるがえし、駆けだしていったのである。
どこを目標と見定めたのか、青年ふたりの前を横切ると、今、そこから出てきたばかりの建物――事務棟の中には戻らず、壁に沿ってその前面をぱたぱたぱたっと駆けていった。
そして、くるりと角をまわって姿が見えなくなる。
わけがわからないながら、ハーランとクラムも少女の後を追いかけた。
事務棟の前をミーシェル同様横切って、角をまわると陰に隠れてもう一つ、体育館数棟分の大きさはあるだろう建物が視界に入ってくる。
ジヴェリ機械製作所のメインとも言うべき工場棟だ。
ミーシェルの姿はどこにもない。
しかし、ハーランと前後して走るクラムには、そろそろ彼女が向かった先がわかったらしい。
事務棟と工場棟を隔てる路地の奧には目もくれず、開け放たれたままになっている工場棟のドアをくぐった。
ハーランも後に続く。
そして見た。
工場棟の中に運び込まれ、ボンネットと言わずトランクと言わず、開口部という開口部をすべて開けられ、ほとんど部品単位にまでバラバラにされてしまった愛車の哀れな姿を。
それはハーランが自動車から離れていた時間からすると、いっそ見事と言ってかまわないほどの手際であった。
青年ふたりは言葉をうしなった。
呆気にとられてしまったのである。
が、
ミーシェルの怒鳴り声によって、自失状態から引き戻される。
「信じられない!」
キンキンと耳に痛い少女の怒声が、広い工場内にひびきわたった。
確認するまでもない。
少女は激怒していた。
まだ持ちつづけていたモップをまるで槍のようにドンと床に突き立て、片手を腰にあてて辺りを
スポーツカーのまわりには四、五人ほどの男たちがいた。
ジヴェリ機械製作所の社員――工員たちなのだろう。皆うなだれて、ミーシェルにまともに目をあわそうとしない。
まるでイタズラがみつかった悪ガキたちが、教師にお説教をくらっている様そっくりだった。
ミーシェルが声をはりあげた。
「どうして……、どうしてこんなことができるんですか!? これってお客様の物なんですよ! 勝手に動かすだけでも論外なのに、断りもなくこんなバラバラにしてしまって……!」
いったい、どうお詫びするつもりなんですか!――少女は、おとなしげな風情からは信じられない剣幕でまくしたてる。
「だ、だってよぉ……」
仲間内の力関係か、同僚に脇をつつかれた工員の一人が、おそるおそるに口をひらいた。
「この
ハーランが乗ってきた、そして、自分たちがバラバラに分解した自動車をさして言う。
「見ればわかります」
言い訳にもなっていない繰り言を口にしかけた工員を、しかし、
貧乏クジをひかされた男は、ますますその身をちいさくする。
が、
「いや、だから社長が……」
それでも、なお上目づかいにおずおずと言いつのった。
「社長が? 社長がなんです?」
「いや、だから社長が
もぐもぐと工員がそう言った、その途端、
「
振り向きもせず、少女は声をはりあげた。
同時に、すこし離れた場所でカランと金属が床に落ちる音がする。
見れば小柄な、しかし、屈強な体格の男が身体をちいさくかがめ、足音をしのばせて現場から遠ざかろうとしているところだった。
それが少女の鞭打つような声の響きに思わず手にした工具を取り落とし、しまった! とばかり体を硬直させている。
その場に居合わせた全員の注目をあび、数秒の沈黙の後、ぎぎぎ……と軋み音がきこえてきそうなスピードで、社長と呼ばれた小柄な男はミーシェルの方に振り向いた。
「や、やぁミーシャ」
いかにも今、気がつきましたと言わんばかりのヘタな芝居でわらってみせる。
そのムリヤリな愛想笑いをうかべる小男を見て、ハーランは目をまるくした。
「……ドワーフだ」
緊迫した空気に口もはさめず、傍観者の立場で成り行きを見ていた彼は、ジヴェリ機械製作所の社長が、鋼の妖精ドワーフだと、そこで初めて知ったのだった。
とまれ、
「本当なんですか?」
視線と声の温度をいっそう低くしてミーシェルが質問する。
体の向きを変え、ひたと相手を正面に見据えて視線をはずさない。
かわいそうに、見るからに
ミーシェルとは祖父と孫ほどにも年齢に差がありそうだったが、まるでヘビに睨まれたカエルのように血の気の失せた顔から汗をしたたらせている。
それでも、なんとか言葉を絞り出したのは、いっそさすがと言うべきか。
「だって、儂も実車を見たのははじめてじゃったし……」
レンスポルト社のモデル〈427〉なんじゃぞ。すごく珍しい自動車なんだから仕方ないじゃないか、とブツブツ言う。
「本当、なんですね……?」
確認する少女の声が更に底冷えするものとなった。
ゴクリ。
期せずして、その場に居合わせた男どもが一様に唾を飲みくだしたなか、
とうとう、
「馬鹿ァ~~!」
一声そう叫ぶと、少女はわぁわぁと声をあげ、手放しで泣きはじめた。
先程の、自分のしでかした不始末に思い詰めてもいたのだろう。
泣かせた奴が絶対悪いと、誰もが思う子供泣きの体で泣きだしたのだった。
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