5.邂逅―5『ジヴェリ機械製作所―2』

 ハーランが通されたのは応接室とおぼしき一室だった。

 おぼしきと言ったのは、部屋の場所やつくりからして、そこが客人を迎えるための場所だと判断したものの、現状はまるで倉庫そのもの。

 壁と言わず床と言わず、とにかく到るところに荷物や道具、本に書類の類が積まれ置かれて、座る場所さえろくにないという有様だったからだ。

 どうやら、この会社にはあまり来客がない――使われることのない部屋のようだった。

 ただ、ハーランにとってはどうでも良い。

 持参した花束をわたし、お礼と称して少女を食事にでも誘おうなどと考えていたからである。

 が、

 彼をこの応接室に案内した少女当人が、まず室内の惨状を目にして立ちすくみ、首筋まで真っ赤になって、どもりどもり少々お待ち下さいと頭をさげると、なにを言うより早くパタパタと廊下をはしって建物の奥にきえてしまった。

 そして、ほとんど次の瞬間、両の手に持ちきれないくらいの掃除用具一式をかかえて再登場し、室内の清掃やら片づけを大車輪で始めてしまったとあってはどうしようもない。

 早々に辞去するタイミングを逸し、山のような掃除用具に加え、どうやってここまで持ってこれたのか――少女に押しつけられるようにして渡されたティーカップを手に、ただ呆然と立ちつくすより他なかった。

 そして、

 ようやく少女が室内の清掃に一区切りつけ、彼の方に向きなおってくれたところで、しかし、お約束とでも言うべきか、

「ミーシャ」

 なにやってるの?――そう言いながら戸口から顔を出したのは、やはり過ぐる日、少女にクラムと呼ばれていたエルフの青年だった。

「こんにちは」

 仕方がない。

 少女だけではなく、この青年にも迷惑なり手間なりをかけてはいるのだ――ハーランはかるく頭をさげた。

 それに対して、一瞬、目をまるくはしたものの、初めて会った日同様、部屋の中を見てすぐに状況を把握したらしい。

 ふゥと息をもらすと、やれやれといった様子でかぶりを振り、スタスタと少女に近づき向き合うと、エルフの青年は、やにわにパチンとりょうてで相手の顔をはさみこんだ。

「ホント、一時にひとつのことしかできないと言うか、なにかに夢中になると馬車馬みたいにまわりが見えなくなっちゃうんだからな、ミーシャは」

 そう言いながら両の手をぶにぶにと動かす。

 そして、自分の顔をおもちゃにされたミーシェルがむくれ、文句を口にするより早く、

「そろそろ出かける時間だよ」

 そう付け加えた。

 その一言を耳にした途端、少女の表情が一変する。

「あ~~!」

 思わず笑ってしまうような情けない、驚きの声とも悲鳴ともつかない声をあげると、血相を変え、青年の手をふりほどいた。

 そして、すっかり血の気の失せた顔で、壁に掛けてある時計、来客であるハーラン、自分の格好と、それから正面に立っているクラム――視線を一瞬も一つ所にとどめることなくきょときょととさまよわせ、あまつさえ「どうしようどうしよう」と、まるで恐慌状態におちいった小動物よろしく右往左往しはじめた。

「ど、どうしたの?」

 突然のこの少女の奇行、様変わりに、さすがにハーランも驚いた。思わず(ほとんど反射的に)落ち着いて、と少女の肩を抱きとめそうになる。

 そこに、

「仕事です」

 二人の間に割り込むようにして、そう答えをかえしてきたのは、訊ねられた当の少女本人ではなく、彼女に混乱の因となる一言をなげかけたエルフの青年の方だった。

 そして、ふぅと、またちいさく吐息する。

「仕事の途中なんですよ、この子は、まだ。それをすっかり忘れていたので慌てているんです」

 なるほど。

 なんとなく納得して、ハーランは青年から少女へ視線をもどした。

 ミーシェルは、依然、たいへんたいへんどうしようどうしようこまったまよったと、ウロウロじたばたしている。

 それを見ていたら、

(ふぅ……)

 期せずして、エルフの青年同様、ため息と言うほどではないが吐息が胸をついてでた。

「仕方がないですね」

 微苦笑する。

「先日のお礼をと思っていたのですが、今日のところはこれでおいとましましょう」

 そう言わざるを得なかった。

「申し訳ありません」

 ハーランの言葉にクラムも頭をさげる。

 そこに、

「ま、待って!? 待ってください!」

 そんな青年ふたりのやりとりを聞きつけたのか、「待って待って」と言いながらミーシェルが駆け寄ってきた――と言うか駆け寄ろうとして、

 とんでもないことをやらかした。

 ただでさえ泡を食っているところに加えて、予想外の成り行きによほど慌てたのだろう。

「わざわざお越しいただいたのに、そんな帰るだなんておっしゃらないで」などと言いながら、青年ふたりが向き合って立つ場所に駆け寄ろうとして、床に置いてあったバケツに足をひっかけ、ガン! と思い切り蹴とばしてしまったのだ。

 そして、

「あ……」

 蹴った場所か、それともタイミングか、力よわい少女がつまづいたはずみに蹴とばしただけの筈のバケツは、(あまり水が入っていなかったということもあるかもしれないが)きれいな放物線を描き、予想外の距離を飛翔して、ハーランにどすんとぶつかり、その内容物をぶちまけた――ほとんど頭の先からずぶ濡れにしてしまったのだった。

 が、

「で、殿!」

 一瞬、その場の空気が凍りつき、シンと静まりかえったにもかかわらず、クラムの発したその叫び声は、落下したバケツがガラガラと床にころがる音、ミーシェルのあげた魂消たまぎるような悲鳴にかきけされ、ついに誰の耳にとどくこともなかった。

 そして……、

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